『マイマイ新子と千年の魔法』

日曜日は新宿ピカデリーで劇場アニメ『マイマイ新子と千年の魔法』を観てきました。
マイミクさん大おススメの一本、ということで。

日本冒険小説協会(“ハードボイルド”小説と冒険小説のファンクラブ)というところにお世話になって二十数年、もう三十年くらいになります。内藤陳会長(浅草芸人のたぶん最後の世代)はよくご自身のことを「オレはおススメ屋だ」と仰っています。「評論家」などと呼ばれるのをとてもお嫌いになっています。おススメ屋、つまり、見つけた面白本なんかをおススメする人。
そういう会長の薫陶を受けて、ちょっとはマシな人間として生きてこれてます。日本冒険小説協会会員なんて看板を掲げる資格があるのかは自信がないけど。

だから、誰かの「おススメ」というのにはちょいと弱いのです。
また、私も、自分が見つけたイイ物は“おススメ”する人間でありたいと思います。
ま、そういう方向で、マイミクさんの大おススメだった本作も観てみました。

ほんとは土曜日観に行くつもりだったんですが。
しかし、観に行くつもりの回を改めてチェックするともうやってません。入りが悪いみたい。
しかし何で遅い回から上映をやめるんだろう。サラリーマンが平日観に行ける7時前後の回も早々に上映がなくなってて、観に行くなら土日(私の勤務先は土曜日出社があるので最悪日曜)しかありません。

という訳で、日曜日観に行くしかなくなって。しかし、日曜日は何もないはずだったから、「ラリブプラス」の凛子ちゃんとのデートを入れてしまっていて。しかたないのでDSの内蔵時計をいじって早めにデートは済ましちゃいました。リアルタイム性が売りの「ラブプラス」なので、そういうことはあまりしたくなかったんですが。

そういう事をグダグダやってたので、到着は上映時間ギリギリ。でもまぁ大丈夫だろうと思ったら、切符売り場は長蛇の列。オンライン予約しとくんだったです。
入場は予告編の最中、本編上映には何とか間に合いました。

『マイマイ新子と千年の魔法』。時代的には昭和三十年代初頭。舞台は山口県防府市、かつては周防の国の国府があったところ。清少納言も幼少期、父親の赴任に伴って防府で国で暮らしていたそうです。
新子はおはなしの始まりのころは小学校三年生。額の真ん中にマイマイ(つむじ)があって、だからマイマイ新子。そのせいでいつも前髪がハネてます。
ちなみにあたしも新子と同じところあたりにつむじがあります。しかも左巻き。昔は新子みたいにいつも前髪がはねていました。でもさすがにトシのせいか生え際が少々薄くなっていて、つむじも目立たなくなりましたが。

ある日、東京から貴伊子という女の子が転校してきます。町の工場に赴任してきた医者の娘。母親は亡くなっていて、父ひとり娘ひとりみたい。
転校したばかり、クラスでも浮いていて、ひとりぼっちの貴伊子。しかし新子のおかげでみんなと溶け込め、友達もできて。
しかし、ある事件が起きて…。というおはなしでした。

うん、面白かったです。派手さはなかったけど、そのぶんずしりと“届く”気がしました。

(以下、半可通がエラそうにちょっとネタバレしつつ雑感を書いていきますので)

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夜想上映会『アリス』

土日と2日連続の渋谷行きでした。
2日目はアップリンクさんへ。ヤン・シュヴァンクマイエル『アリス』の上映会。
二夜連続の夜想上映会の2日目だそうです。
日比谷カタンさんのライブつきというので行ってきました。

一昨年あった「ヤン&エヴァ・シュバンクマイエル展」に『アリス』の小コーナーが作ってありました。『アリス』未見の私はちょっと残念でした。だから『アリス』は観たいと思っていて、今回日比谷カタンさんのライブつきで『アリス』が見られて嬉しかったです。

ヤン・シュバンクマイエルの映像作品を初めて見たのは四谷三丁目時代のイメージフォーラムの上映会。渋谷に移ってからも続いていますが、イメージフォーラムでは毎週末に実験映画の上映会をやってました。

あのころ実験映画を見まくってました。なぜだというと…。
日本冒険小説協会の仲間は映画マニアが多いです。公認酒場「深夜+1」でもマニアックな映画話が多くて、あまり観てない私は話にあまりついていけませんでした。今から観まくっても話についていけるレベルにはなれないなぁと思っていたのですが。

ちょうどそのころ、イメージフォーラム主宰で日本冒険小説協会全国大会の映像とか撮っていただいていた、会の古参、かわなかのぶひろ先生の上映会があると伺って。
ま、最初はお付き合いという感じ、どうせ退屈するだろう、面白くないだろと内心思いつつ、上映会に行きました。
しかし、けっこう面白くて。いわゆる「物語」的な面白さじゃなくて、イメージ的な面白さというか、目の離させなさがあって。

その時こう思いました。「劇映画じゃ会のみんなにはかなわない。でも、実験映画の世界ならみんなより詳しくなれる」と。今考えると妙な迷走っぷりですが。
んで、イメージフォーラムに足しげく通うようになりました。もう20年以上前の話になりますか。

ヤン・シュバンクマイエルの短編集も足しげく通っていたころに見たプログラムのひとつ。
奇妙な味のクレイアニメとか。そのプログラムもまた20年近く前のものになるかと思います。
ま、深夜+1で実験映画の話しても解る相手がほとんどいないってのに後になって気がつきましたが。わざと孤立を深める奴…。

しかしまぁ日比谷カタンさんがヤン・シュバンクマイエルがお好きと伺ってこれもまた不思議なご縁のひとつかと。『対話の可能性』という曲名を聞いてちょっと心に引っかかったり。その大昔の上映会で見たような記憶があって。
シュヴァンクマイエルの『対話の可能性』というタイトルを憶えていたのは、「対話の可能性なんてねーよ!」と孤立していたせいもあるかしら?

ただほんと、そういうきっかけですからシュバンクマイエルの長編はほとんど見てないのですが。
数年前あったイメージフォーラムであったシュヴァンクマイエルの上映会も結局『悦楽共犯者』を見ただけですし。

まぁとにかく『アリス』が日比谷カタンさんのライブつきで見られるのはとても嬉しいものです。

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映像の地下水脈#15

土曜日は渋谷のイメージフォーラムに、かわなかのぶひろ先生主催の上映会「映像の地下水脈#15」を観てきました。
今回のプログラムはゲスト作品として
『記憶と記録の間で』(堀美臣+鈴木敏明/ビデオ/31分/2009)
かわなか先生の新作として
『新宿伝説2 マレンコフがいたのだ』(かわなかのぶひろ/ビデオ/70分/2009)
の2本でした。

会場を渋谷のイメージフォーラムに移しての『映像の地下水脈』も2回目になります。

『記憶と記録の間で』。映画界に身を置いている、あるいは置いていた、皆さんが「自分たちの作品を作ろう」と会津で撮影した作品だそうです。
ただ、「作品」としてはあえてまとめず。映像もドキュメンタリー的なの、イメージ的なの、あるいはメイキング的なの、と混ざっていて、方向性のある「作品」としてはあえてまとめてないようです。昔話を語るおばあさん、お祭りの風景、会津の自然、ひょっとこのイメージ映像、打合せをするスタッフの皆さん。

イメージ映像も“キメ”を避けた、普通ならボツになるショットをあえてつかっているそうです。カメラにお尻を向けてウンチをするツバメの雛、産卵前に木から落ちてしまうモリアオガエル。また逆に狙ってないのにいいタイミングで屋根から雪が落ちたり。そういったのは「神の采配」かな?

堀美臣さんは撮影中にすでに癌にかかっていらしたそうで、作品の完成を待たずして亡くなられたそうです。

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真利子哲也『イエローキッド』

昨日は横浜の東京藝術大学大学院映像研究科馬車道校舎に真利子哲也さんの映画『イエローキッド』を観に行ってきました。藝大の卒業制作とか。

真利子哲也さんはイメージフォーラム出身の方。『極東のマンション』と『マリコ三十騎』という映像作品を拝見しています。だいぶ前のことでもうあまり憶えていないのだけど。自分や家族、身の回りのことをモチーフにしたセミセルフドキュメンタリー作品だったと記憶しています。

『極東のマンション』。自分と家族をモチーフにした作品でしたか。鬱屈した日々。ロープで体を結わえてマンションから飛び降りるシーンを憶えています。
『マリコ三十騎』。真利子さんの法政大学時代。真利子さんはある先生にその珍しい苗字からすると海賊の末裔かもしれないと言われ。古文書から海賊・真利子がある場所に三十騎を率いて上陸したというくだりを見つけ。そのイメージ映像。海岸でわっしょいわっしょいする半裸の男たち。
市谷の法政大学の旧学生会館?ゴミゴミとしたカオシックな、でもかつての学生の息吹の伝わる建物。しかし学生会館は新しい小じゃれた高層ビルのが建って、旧学生会館は取り壊し間近。その小じゃれた新学生会館に褌姿で乱入して駆け回る真利子さん。

まぁ、そのくらいしか憶えてないし、記憶違いもあるかもしれません。違ってたらごめんなさい。

法政大学の学生会館の件は、その大講堂の杮落としが演劇実験室◎天井棧敷の『盲人書簡』だったこともあり、また演劇実験室◎万有引力の『盲人書簡』や何度かライブにも訪れた場所でもあり、その件に関する部分を興味深く拝見しました。

なんていうのかな、その2作は「フリチン映画」として私的にカテゴライズしています。「フリチン映画」。鬱々としたエネルギーを持て余し、思わずフリチンでわーーっとやってしまったり、無茶してしまう作品に私がつけた名前です。イメージフォーラム付属映像研究所の卒展でも年数本は見かけていたのですが、ここ数年はそういう作品がだいぶ減ってきている、あるいは見かけないこともあり、ちょっとさみしいのですが。ただ鬱々としてフリチンになることもできない忸怩たる私からすれば、ある意味とても尊敬している作品群なのですが。

その真利子さんが法政大学から東京藝大に入り、その卒業制作としてこしらえたのが『イエローキッド』だそうです。

連休最終日の夕方、横浜の東京藝大馬車道校舎へ。

横浜らしい、風情のあるビル街に校舎はありました。なんか重厚で立派な校舎だなぁと思ったら、旧富士銀行本店横浜支店のビルを改装した建物らしいです。大金庫とかあります。
こういうのを大事にするのは横浜らしいです。いい感じです。東京だと丸の内とかに風情のある古いビルがたくさんあったのですが、都庁移転の再開発でそんなビルはほとんど全滅してしまいましたし。

どうやら映画祭の1プログラムとして本作は上映されるようです。
さて、おはなしは。

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今さらヱヴァを見てきました

という訳で、昨日は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を見てきました。
ほんと、今さらですが。

私はどうも人ごみが苦手で、封切直後の大混雑状態はあまり行きたくないなと思っていました。そうやってズルズルしているうちに上映館もなくなり、そろそろ劇場で見られる最後の頃合っぽい状況なので、やっとこさ重い腰を上げて。
…といっても前作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』はけっきょく映画館に見に行かず、先日のテレビ放映で見たのですが。

どうもエヴァにはアンビバレントな感情を抱いています。
だから「見たい」という気持ちと「見たくない」という気持ちがせめぎあってます。自分の中では。

何度か書いていますが。旧シリーズを知ったのは日本冒険小説協会公認酒場・深夜+1で働いていたある方からでした。その人がおススメしてくれる本とか映画はアタリが多くてあてにしていた人なんですが。最初のテレビシリーズが放送中のころでした。

そのころパソコンを買って、パソコンショップとかも出入りするようになったのですが。ソフト売り上げ上位にエヴァのソフトがありました。なんだろうと思って手にとって見たら画像とかちょっとしたアクセサリーソフトが入っているくらいのものなんですよね。ゲームとかじゃない。こういうのが売り上げ上位になるの?って不思議な感想を持ちました。

ま、そういうこともあってアパートの近所のレンタルビデオ屋でビデオを借りてみました。
第1話、包帯姿の綾波レイに妙な既視感を感じて。あ、これは筋肉少女帯の『何処へでも行ける切手』じゃないかって思い出しました。あのころ筋肉少女帯にハマっていて。中でも『何処へでも行ける切手』は大好きな曲でした。
あとからほんとにキャラクターデザインの方が筋肉少女帯のファンで、綾波レイの元ネタが『何処へでも行ける切手』だったと知って驚いた次第。

ビデオはいつも貸し出し中で、後の方の巻はなかなか借りられませんでした。
けっきょく全話見られたのは旧劇場版公開前の再放送の時じゃなかったかしら。
劇場版は最初のと2番目のを見ました。全部で3作でしたっけ。さすがに最後まで付き合わなかったけど。

いや、最後まで付き合えなかったのは、前述したアンビバレントな感情という部分もあったかと。

エヴァンゲリオンの面白さ、いや、「惹かれる部分」にはいろいろあると思うのですが。お話の面白さ、散りばめられた謎、それらの見せ方の巧さ。そして、そ れ以上に、オタクが抱え込んでいる“傷”を“痛痒”く刺激してくる部分があるのではないかと。カサブタを剥がす魅力というか。痛みと同時にそうせずにはいられない衝動もあるというか。その“痛痒さ”がまずアンビバレントの原因かと。

それは例えば碇シンジの父親・碇ゲンドウとの葛藤。父親から見捨てられ、ただ道具として扱われるシンジ。
父親との確執。それは時代によらず“息子”が直面するものなのかもしれませんが。
しかし、オタク第一世代あたりの年代にとってはさらに「大きな物語」の喪失というのも絡んできて。

「大きな物語」。それは自我の支えの問題でありますが。かつて機能していた「自我の支え」。人はひとり存在できるものでなく、何らかの「自我の支え」が必要で。それがかつては「大きな物語」、つまり、国家や民族や宗教や、何らかの政治的運動、そして家族。地縁血縁といったもの。それらが「自我の支え」としてかつては機能していたのですが。その崩壊がオタク第1世代あたりの年代を直撃したと。それによって“傷”を受けた人々の一部はオタクという「小さな物語」に行ったと。そう理解しているのですが。

オタク第2世代以降はどうかは解らないけど。でも「『大きな物語』の喪失と『小さな物語』への耽溺」はオタクにとっての“原罪”ならぬ“原傷”として第2世代以降にも伏流しているのではないかと思うのですが。

ま、「新世紀エヴァンゲリオン」は意識的か無意識的か解りませんが、そういう“傷”を刺激するつくりになっていたと。私はそう感じたのですが。

生きる目標を示さず、嘘でもいいから「お前にはエヴァに乗って全人類を救うという大切な使命があるのだ!」とでも熱く語って送り出してくれればいいのに、ただエヴァにシンジを乗せるゲンドウ。
ただ、それはゲンドウなりの誠意かもしれないけど。だってゲンドウも結局は、彼の目的は、「人類補完計画」を利用して、自分を受け入れてくれたただひとりの女性、エヴァの事故で消滅した碇ユイを復活させる事でしたし。“人類”の事とかどうでもよかったのだし。

また逆に言えば、「大きな物語」を与えてくれるはずの“父親”も、けっきょくは自分の「小さな物語」にかまけるだけだったという言い方もできますが。喪われた父親の威厳。反発する事も従う事もそれに値しない。
ゲンドウもちゃっちゃと赤城母子のどっちかと再婚すればよかったのにねぇ…。

登場人物もそれぞれに心に傷を抱えていて、そこらへんがこちらの心の傷も刺激してくるのだろうかと。

そして結局旧版ではヘタレなままのシンジ。何らかの解決を示さずに。もちろん「大きな物語」への回帰は作者的にも許せなかったのでしょうが。そして、さらにオタクに対する同属嫌悪からか、オタクをシメるシーンを入れた旧劇場版。「大きな物語」を信じていないのに、“現実”に帰れなんて言われても困るじゃない。だいたい作者自体がどれだけ“現実”を信じているのかしらって思いました。

あとそれと迷走して破綻した旧テレビ版ですね。旧劇場版も第1作では完結できなかったし。
そこらへんもアルチザン的な意味でどうよという思いがありました。

そういった部分が好悪相半ばする“アンビバレント”な感情を抱かせた部分かと。
だから「見たい」という感情と「見たくない」という感情があって。

いや、まぁ、エヴァ解説本は山ほど刊行されましたし、そこらへんの解説は私が拙い事書くまでもないかと思いますが…。

ま、ただ、そこらへんのアンビバレントな感情はやっぱり薄れてきてますかね。
もう素直に面白い作品として見られるようになってきたかもしれません。最近は。
だから映画館に足を運んだ、と。

行った上映館はミニシアターぐらいの規模の映画館でした。スクリーンも小さめ。やっぱり大スクリーンでやってる間に見に行くべきだったかもしれなかったです。それで値段は普通の料金でしたし。いっそのことDVDレンタルか名画座にかかるまで待つべきだったかもしれないけど。やっぱりスクリーンで見たいものですし。

今回、最終回上映ぎりぎりに入館して、終映後は物販コーナーが終わっていたのでパンフレットとか入手し損ねました。また機会があれば入手しましょう。

(以下思いつくまま書いていきますので、ネタバレとかもしてしまうかもしれません。ご注意)

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『へんりっく 寺山修司の弟』

土曜日はシアター・イメージフォーラムのレイトショー、『へんりっく 寺山修司の弟』の初日を観てきました。公式サイトはこちらです。

時間を勘違いして一時間前にシアター・イメージフォーラム着。副都心線が送れたので、間に合わないと思ったのですが…。
最近、時間とかの勘違いが多いです。老化しつつあるのかなぁ…。
ま、いつも通り出掛けにグダグダして思っていた上映間際着になるところをかなり早めに到着したので、整理券番号早いのを貰えたのですが。

『へんりっく 寺山修司の弟』は、寺山修司の右腕として活躍された森崎偏陸さんのドキュメンタリー。寺山修司の御母堂、寺山はつさんの願いで九条今日子さんとともにはつさんの養子となっているので、戸籍上も寺山修司の弟となっています。だから、戸籍上は寺山偏陸かと。

…ということをいち寺山修司ファンの知識として持ってはいましたし、写真展などお伺いしたこともありますが。でも、偏陸さんご自身のことはあまり知らないのですが。
寺山修司没後も寺山修司関連のイベントでご活躍されたり、アートワークの現場でスタッフとしてご活躍されているということぐらいしか存じ上げておりませんでした。

その、偏陸さんにフォーカスをあてた作品という事で。
トークショーで「偏陸さん主演」という言葉がチラッとあって、それが印象に残っています。
今までほぼずっと裏方だった偏陸さん主役の映画。

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映像の地下水脈#14

土曜日はシアター・イメージフォーラムに映像作家のかわなかのぶひろ先生主催の映像作品上映会「映像の地下水脈#14」を観に行ってきました。

上映作品はかわなか先生の旧作として
「キャンバス」(16ミリ/12分/1997年)
新作として
「アーティストメモリー#3 サヨナラ粟津潔」(DV/34分/2009年)
若手ゲスト作品として平岡香純+白井剛史さんの
「スマイルビスケッツ」(60分/2009年)
でした。

「映像の地下水脈」上映会は今回から場所を渋谷のシアターイメージフォーラム3階の実験映画上映などに使われるスペースに移して開催されるようになりました。

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『下落合焼とりムービー』

昨日は京橋のフィルムセンターで『下落合焼とりムービー』を観てきました。
物故された映画人の追悼上映プログラム「逝ける映画人を偲んで 2007-2008」の一本です。赤塚不二夫と制作の向井寛城が対象となる逝ける映画人になるようです。
フィルムセンターによる本作の紹介はこちら
日本映画データベースによるスタッフ&キャスト表はこちらになります。

本作は漫画家の赤塚不二夫が制作と脚本をやった映画です。
先日、銀座の松屋での赤塚不二夫展も楽しく拝見しましたし、巡り会わせというか、ちょうどタイミングを合わせるように本作の上映もありましたし。
それと、もう二十数年来お世話になっている、日本冒険小説協会・内藤陳会長ご出演の映画というのも観ようと思ったきっかけです。

本作は大昔、それこそ20年以上前にビデオで見た記憶がありますが。
もうほとんど憶えていませんでした。

まぁ、そういう理由でフィルムセンターへ。
お客さんはけっこう入っていました。

さて、おはなしは…
(以下ネタバレゾーンにつき)

主役は所ジョージみたいです。

彼が通うのは大日本下落合大学。校内で刃傷沙汰や銃殺刑が当たり前にあるような大学。どうやらその学長は日本のドンと繋がってるらしく。
所ジョージはある女生徒から、学校の地下金庫にある学長の裏金を強奪する計画を持ちかけられます。なぜだか。

ま、物語がグイグイ進むというスタイルじゃなくて、あちこち寄り道しまくって、コントシーンとか歌のシーンとか挟み込まれます。
お約束かもしれませんが、学長の娘とデキちゃう所ジョージ。
まじめに考えれば突っ込みどころ満載のストーリーですが、ギャグですし。

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映画『巨人と玩具』

昨日は久しぶりに京橋のフィルムセンターで映画を観てきました。
開高健原作の『巨人と玩具』です。
『巨人と玩具』のフィルムセンターによる本作の紹介はこちら
日本映画データベースによるスタッフ&キャスト表はこちらです。
フィルムセンターの「逝ける映画人を偲んで 2007-2008」特集の1本です。
1958年の作品とか。

フィルムセンターでは定期的に「逝ける映画人を偲んで」という特集を組みます。文字通り、近年物故された映画人、俳優、監督、スタッフが関わった映画を故人を偲んで上映するという番組です。フィルムセンターの作品紹介で、赤字で示されている方がその対象となった、物故された映画人のようです。本作では準主役の合田竜次を演じられた高松英郎がその対象となる、物故された映画人のようです。
作品によってはその対象となる映画人が複数の場合もあります。

『巨人と玩具』、開高健の原作を読んだ事はあります。もう大昔、高校時代の頃ですが。
読書感想文の課題で開高健の『裸の王様』が出たのですが。どこの文庫かは忘れてしまいましたが『裸の王様』といっしょに収められていたのが『巨人と玩具』でした。
これが私の開高健初体験でした。

読書感想文の課題だった『裸の王様』はどんなお話だったかすっかり忘れてしまいましたが、『巨人と玩具』のことはかすかに憶えています。

2つのシーンを、はっきりとではないですが、憶えています。

ひとつは主人公の同僚の、暇さえあれば会社で模型を作っていた同僚が、仕事のストレスのあまり、作りかけの模型を壊してしまうシーン。あのころ私はプラモマニアで、だから、せっかく作っていた模型を壊すって行為、人がそこまで追い詰められてしまうことに酷く驚き、痛切に感じたのではないかと思います。だから印象に残っていたのではと。

もうひとつは主人公が信号が赤で、車がビュンビュン走っている横断歩道に飛び出したい衝動を必死にこらえるシーン。横断歩道に何か落ちていて、車に踏まていて、それを拾おうとしたのかなぁ。はっきりとはしないのですが、そういう記憶がかすかにします。
そのシーンで刷り込まれたのかもしれませんが、私もそういう衝動を感じるときが時々あります。そういう“モノ”が関わっている部分も。その、“モノ”が痛々しい様子である様、どうやらそれに私は反応するようです。道端に落とされたか捨てられたぬいぐるみとか見つけると心が痛みますし。

まぁ、そういうトリガーが私の心に埋まっているようです。

さてと、映画の話。
(以下ネタバレゾーンにつき)

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偏陸さんの映画

マイミクさんから教えてもらったのですが。偏陸さんを描いたドキュメンタリー映画が公開されるそうです。
タイトルは『へんりっく 寺山修司の弟』とか。
公式サイトはこちら。『美代子阿佐ヶ谷気分』のワイズ出版さんの制作になるようです。

偏陸さん。寺山修司の右腕として活躍された方。
寺山修司没後、九條今日子さんとともに寺山修司の母はつの養子となり、まさに「寺山修司の弟」となられた方。(かなりの紆余曲折があったようですが)
また荒木経惟他様々な方々の「縁の下の力持ち」として活躍されている方であります。
その、偏陸さんのドキュメンタリーであります。7年がかりの撮影とか。

個人的にも偏陸さんとお会いした事があります。
ほんと、雑魚のトト交じりな経験でありますが。
大好きな方であります。

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