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2019/10/21

『ジョーカー』を観てきました

映画『ジョーカー』を観てきました。あとのネタバレゾーンに行く前に書いときますが、面白かったです。

近年、アメコミの世界観をバックボーンにした映画がたくさん作られているようですね。私は良く知らない、それ以前にそう映画にも行くほうでもないのですが。映画としてはそういう「アメコミ映画」が一ジャンルをなしていて、ヒット作も多いようですが。
本作は『バットマン』の世界のバットマンの代表的敵役・『ジョーカー』の誕生にまつわるお話とか。ジョーカーに関しても数年前に観た『ダークナイト』でのジョーカーの姿しか知らないのですが。ただ、あのジョーカーは強烈で、だから今回のジョーカー誕生にまつわる映画も見てみようかと思った次第。

ほんと、面白く観ました。以下、ネタバレを気にせず思うように感想を書いていきますので、ネタバレご用心です。

↓ネタバレ注意

うん、先に言っておくと、私はジョーカーにかなりイレコんで観ていた部分もあります。そしてその「イレコミ」がとても危険であるとも同時に感じながら。そういうちょっと不安定な気分で本作を観ました。

『タクシードライバー』トリビュートの部分が興味深かったです。たぶん、『ジョーカー』が好きな人なら『タクシードライバー』も好きになるでしょう。私がそうだし(笑)。タクシードライバーのロバート・デ・ニーロ演じるトラヴィスもまたジョーカーのように孤独で狂気の世界に入り込んでしまった人物。

『タクシードライバー』トリビュートなのは、そのデ・ニーロが出演しているという部分。それから、劇中しばしばジョーカーは指鉄砲で自分を撃つしぐさをします。それは『タクシードライバー』のラスト、デ・ニーロがジョディ・フォスター演じる少女娼婦がいる娼館を襲撃し、そこにいる人たちを皆殺しにしたあとにやってきた警官に見せた、自分を指鉄砲で撃つしぐさへのオマージュかと思います。襲撃の最後、デ・ニーロは自分を銃で撃って自殺しようとするのですが、銃は弾を撃ちつくしていて、カチカチという音だけが響きます。たまにジョーカーが自分を空の銃で撃って見せるのもそのトリビュートかもしれません。

そしてクライマックス、ジョーカーがデ・ニーロを撃って、その撃った反対側からほとばしった血しぶきが壁に散るのも、デ・ニーロが最後の相手を射殺するシーンを下敷きにしてると思いました。(勘ぐりすぎかな?)
その『タクシードライバー』をオマージュしつつ、その主役のデ・ニーロを撃つというクライマックス。その演出意図はちょっとわからないんですが。孤独の中、狂気の世界に入っていく人物の物語として、『ジョーカー』は『タクシードライバー』を超える新しいスタンダードを目指したんじゃないかなとも思います。

『タクシードライバー』で、そのような殺人事件を起こしたトラヴィスは英雄として世間に迎えられます。それにリアリティがどれだけあるのかは分からないのだけど。欧米ではペドフィリアは日本以上に強烈なタブーだと聞きます。だから、警察に通報もせず、そのような一方的な殺戮を行ったトラヴィスは「英雄」になったのかな?そしてジョーカーも「英雄」になって、彼を讃える人々が暴動を起こしたし。

ジョーカーが唆した暴動、あれは日本では起きるのかな?って思いました。こんにちの日本で「ジョーカー」が現れたら、かれをこの国の支配層&富裕層をやっつけるヒーローとして見ることはないのではと思います。むしろジョーカーに罵詈雑言を叩きつけてうさ晴らしをする人が多いのではと。

むしろ日本ではあんな暴動は起きないのでは?と思いました。良くも悪くも今の日本では。学生運動から暴走族まで、「反逆」をウリにした人たちが暴れ、それに共感し、時には尻馬に乗って暴れる人々がいた時代はもう過去のものになってしまったのではと思います。
むしろこの国の豊かでない層は、この国の支配層が生活保護や福祉を切り捨てていくのも「ざまぁみろ」と手を打って喜び、自分たちを抑圧し、貧しくしていってるこの国の支配層&富裕層を支持しているように見受けられます。「月収14万」を嘆く人たちに向かって「俺の手取りはもっと低いぞ」とマウンティングしていってるようです。もちろんそういう人たちは「ノイジーマイノリティ」なのかもしれませんが。

被支配層&非富裕層はむしろ「分断と対立」状態に陥り、支配層&富裕層を相手に戦おうとせずに、同じ階層内での叩きあいに没頭しているのではないかと。ただ一度だけ、ある悲しい事件で、「上級国民」なる用語がその犯人を叩くキーワードとしてバズった事がありますが。逆にいえばそのくらいしかこの国の支配層&富裕層に対する対抗意識は感じられません。

米国では「富裕層による富の独占」がしばしば報じられているようですし、その問題意識がある程度は共有化されているようですが。私もそれを論じた米国の本(もちろん和訳だけど)を読んで感銘を受けたのですが。どうやらこの国ではそういう意識はまだまだ低いようです。この国の支配層は民衆を「生かさず殺さず」にする按配が上手なようで、「分断と対立」を煽る手法がお上手のようで。だから、この国では、この国の支配層&富裕層に対する叛旗もまた揚がりにくいのではと。

暴動を起こせ、それこそ劇中のように街で暴れ、車に火をつけて回れと私は言ってるのではありません。まだこの国では「民主主義」は機能していると思うので、せめてその「民主主義」で民衆の味方の代議士を議会に送り込み、我々民衆が昨日より明日のほうが豊かで楽な人生を送れると「希望」を持たせて欲しいと思うのです。残念だけど、今の日本はそれさえもできてない。
民衆に購買力がつかないと、物も売れない、デフレスパイラルが進行するだけですしね。それが回りまわって富裕層もいつかは苦境に立つのでしょうが。でもこの国の漁業、資源の回復を考えずにやらずぶったくりする姿を見ると、目先のカネのために将来酷い目に遭うことは人々は気にしないのかなとも思います。

なんか、ジョーカーを英雄視して、彼に似た道化のお面を着け、彼に続けと暴動を起こす人々の姿を見て、そう思いました。

彼が始めて人を殺すシーン、私も快哉を感じましたよ。それは彼らが女性をからかっているのをやっつけたからではなかったと思います。それは暴力を「正当化」する口実程度のことで、やっぱり彼らが偉そうにぶいぶい言わしている連中であるから、それを憎んでいるせいだと思います。そういう感覚があると自分は自分に認めます。そうしないとそれが奇妙な「正当化の回路」を通って妙なところから噴きだす可能性がありますし。自分の中のそういう部分はそういう部分として認め、監視下に置き、暴走しないように気をつけないといけないと思っています。

彼の二番目の殺人はちょっと正当化できないのではと。母親の死に見舞いに訪れた彼の元同僚をジョーカーは殺してしまいます。彼に拳銃を渡した張本人ですが。
私は彼がジョーカーに拳銃を渡したのは、その拳銃が彼か彼の近しい人が犯罪に使った品物で、あとから犯人に仕立て上げるつもりだったではないかと思ったのですが。しかしそういうこともなく、買えばけっこう高いだろう拳銃をジョーカーにプレゼントしてしまっていて。のちに彼がその拳銃でトラブルを起こしたとき、彼ばばっくれるのですが。でもそのくらいはしょうがなかったのではと。少なくとも殺すほど怨むものでもなかったのではと。

本作は幻想シーンが多いと思いました。そしてそれがちょっと分かりづらかったです。

まず幻想と分かりやすい、自分が今見てるテレビショーの観客で、飛ばした野次がきっかけで、彼がスポットライトを浴びて舞台に上げられるシーン。このレベルの「虫のいい幻想」は自分も良く見るので、ちょっとぞっとしたのですが。こういう狂気に駆られていく人間はそういうありえない幸運で自分がいつか救われると毎日をごまかして生きてるのかな?まさに自分がそうだけど、と。

アパートの同じフロアに住む黒人の母子家庭の母親と仲良くなるシークエンスはちょっと分かりづらいです。デートしたり、ジョーカーの母親が倒れた時、ジョーカーに付き添って一緒に母の病室にいたシーンもありますが。あれはどこまで本当で、どこから幻想だったのか。仲良くなってるはずなのに、その女性の部屋に勝手に上がりこんで怒られたり。デートから帰ってきたあと、ジョーカーが母親から「いい匂いがする」って言われるのですが、あのシーンがあるとするとあのデートもほんとうにあったと思いますが、でもそのあとでその、女性の部屋に勝手に入り込んで怒られるシーンがあったし。それ見るとそこまで親しくはないようだし。

時代はいつごろなんだろって思いました。全体的な雰囲気は米国のグッドオールドディーズ、50年代とかそこらあたりを感じたのですが。しかしジョーカーの家のテレビはカラーだし、ビデオデッキもあるようなので、最低でも80年代になるのかなぁと。
しかし、貧困家庭にしては、そこそこのサイズのカラーテレビもあるし、ビデオデッキもあって、そう貧困でもないのではと思いました。あたしなんかテレビは14インチだったし、ビデオデッキは悩みに悩んで5万くらいの時に買ったかな。もちろんジョーカーはコメディアン志望で、だから芸の資料用にかなり無理をしてビデオデッキを買ったのかもしれませんが。

本作はジョーカー誕生秘話であるととともにバットマン誕生秘話でもありました。
ここらへんはアメコミに疎い私なのですが……

うん、『ジョーカー』、楽しみました。ただやはり彼が底辺の人々に支持され、彼のお面をつけた人たちが暴動を起こすという流れは、現代の日本ではあまりリアリティがないと思いました。そして孤独の中、狂気にとり憑かれ、犯罪に走る姿、それは私もそうなってしまいそうな部分があって、気をつけないとと思いました。
まぁしかし、「『ジョーカー』を見ちゃうと刺激が強すぎて、自分の狂っている部分もおかしくなって引きずり込まれるかな?」って、本作を観るのに二の足を踏む部分がありましたが、そこまでは引き込まれる事はなかったです。
そういう部分が大きい映画は、やっぱり私にとっては『タクシードライバー』でしたし、『タクシードライバー』を超えてのめりこむ映画にはまだ出会えてないなと。

ざっくりと調べると本作は『キング・オブ・コメディ』の影響も受けているようです。『キング・オブ・コメディ』はAmazonプライムでプライム会員無料で見られるみたいですし、『タクシー・ドライバー』のマーティン・スコセッシ監督とロバート・デ・ニーロのコンビが『タクシー・ドライバー』のあとに手がけた作品みたいですし、そのうち見たいと思っています。

最後になりましたが、『ジョーカー』、おススメ映画だと思います。
それは当然だと思います。

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