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2019/03/18

青蛾館公演『毛皮のマリー』ラ・ママ版

この週末は東京芸術劇場シアターウェストで青蛾館さんの『毛皮のマリー』のラ・ママ版の公演を拝見してきました。寺山修司の『毛皮のマリー』、ラ・ママ公演での特別版を基にした物になるそうです。

簡単な(?)感想など。

『毛皮のマリー』は寺山修司主宰の演劇実験室◎天井棧敷の初期の演目になるのかしら。登場人物が美少女役も含めてすべて男性という趣向の演目です。それと対になるのが『星の王子さま』という演目で、登場人物は男役含めてすべて女性というお芝居だったそうです。

ラ・ママというのはニューヨークの実験劇場だそうです。あまり良くは知らないのだけど。寺山修司はそこのオーナーにかわいがられていたとか。天井棧敷に在籍され、のちに東京キッドブラザーズを立ち上げた東由多加も公演を行ったそうです。
ちなみに渋谷にもラ・ママというライブハウスがありますが、どういう関係なのかなと思ってます。天井棧敷に在籍していらして、今はその衣鉢を継ぐ演劇実験室◎万有引力を主宰されているJ・A・シーザーさんのライブもちょくちょくやってますから、なんらかの関係はあるのではとは思うのですが。

今回は寺山修司没後35周年、青蛾館創立35周年記念公演になるそうです。という事は青蛾館さんもまた寺山修司死去を受けて創立された劇団さんなのかしら。まったく存じ上げないのですが。

今回はそのラ・ママ版の『毛皮のマリー』とオリジナル版の『毛皮のマリー』を同時にかけていらっしゃいます。両方とも演出は寺山偏陸さん。
偏陸さんは寺山修司の右腕として活躍された方。ある寺山修司展で天井棧敷公演のスタッフの役割分担の書き付けで「偏陸」と書かれたものも拝見したことがあります。

そして、寺山修司没後、寺山修司の御母堂・はつさんの願いで九條今日子さんとともにはつさんの籍に入り、文字通り「寺山修司の弟」となられた方です。
九條さんは寺山修司元婦人でいらして、寺山との離婚後も天井棧敷の制作として活躍され、寺山修司の活動を支えた方であり寺山没後も当時を語るトークショーなどの活動をされてきた方です。九條さんのトークショー、楽しかったです。九條さんは惜しくも5年前に亡くなられてしまったのだけど。

偏陸さんが演出という事で、興味しんしんでした。…といってもちょいと手元不如意なのでオリジナル版は諦めて、こちらのラ・ママ版だけを拝見することにしました。

『毛皮のマリー』は何度か観ています。演劇実験室◎万有引力公演で1度、あと、美輪明宏の『毛皮のマリー』も観ています。美輪明宏は初演時のマリー役でもありました。『毛皮のマリー』初演時は、トラブルがあって用意した大道具が使えずに、急遽美輪明宏の住まいから什器を持ち込んで舞台を作ったそうです。そういう意味でも美輪明宏の世界だったようです。確かこの春も美輪マリーがあるんじゃなかったかしら。それも観に行けたらよかったのだけど……

このラ・ママ版はどうなってるのかなとワクワクしながら池袋の東京芸術劇場へ。
(以下ネタバレゾーンにつきご注意)

今回、角川文庫(Kindle)版の『毛皮のマリー』を事前に読んでみました。たぶんこれがスタンダード版になると思うのだけど。

男娼・毛皮のマリー。彼は欣也という美少年を息子としてお屋敷(かどうかは分からないけど)に暮らしている。マリーは欣也を家に閉じ込めている。マリーは時折、世界各地から集めた蝶を部屋に放ち、欣也はそれを捕まえて遊んでいる。その時、その小さな部屋はインパールの高地やアマゾンのジャングルになる。(この考え方は好きなんですけどね。読書はまさにそう思うし。)
ある日、紋白という美少女がマリーの屋敷に忍び込んでくる。彼女は欣也に外の世界があることを教え、一緒にマリーの屋敷から家出しようと持ちかける…。というお話です。

オリジナル版とラ・ママ版の大きな違いはそのラストだという話で。

オリジナル版は紋白が盛んに家出をそそのかすけれど、なかなか踏ん切りがつかない欣也はパニックを起こし、思わず紋白を絞殺してしまいます。紋白の死体を残してふらふらと屋敷から出て行く欣也、しかし、マリーの呼びかけに応じて欣也は屋敷に戻ってきてしまうと。そういうラストでした。

それを読んだ私は、「ラ・ママ版では欣也の『家出』は成功するのかな?欣也と紋白、手に手をとってマリーの元から出奔するのな?」と思ったのですが、そうではありませんでした。

ラ・ママ版では、紋白の方が欣也を絞殺してしまいます。そして、寺山修司のお芝居によくあるように、メタな展開に入ります。紋白役の方が私は紋白を演じている俳優に過ぎないと述べ、自分の私生活を語り、そしてそれさえも台本に書いてあることをしゃべっているに過ぎないと語ります。この展開は他の寺山芝居でも見た記憶があるのですが。虚構と現実の入れ子模様。

紋白に首を絞められながら、欣也は「僕が消えたら君も消えてしまう」(記憶で書いてるので正確にはそうでないと思いますが)と叫びます。そう、今回改めて気がつかされましたが、紋白は欣也が見ている幻影なのでしょう。紋白が突然現れたのもそれで腑に落ちます。『毛皮のマリー』をロジックで考えるなら。いや、オリジナル版のマリーではマリーが紋白の死体(?)に気がつくようですが。

「事実と真実は相反するもの」というような意味の台詞もありました。これもまた寺山の虚構論の真骨頂かなと。ただ、近年は事実に反することを「歴史の真実である」と吹聴する輩が増えてほんとに困りものではあるのだけど。
ただ、「人は究極には脳内の『虚構』を生きている」という人間観は私にとって最もしっくりする考え方になりました。人は『物語』を生きていると。

今回、紋白役が中村 中(あたる)さんという方でした。男性から女性に性転換した方になるのかしら。舞台では女性にしか見えなくて。「女性が出る毛皮のマリーか!そういう趣向も面白いなぁ」と思って観ていたのですが。おきゃんで、騒々しくて、かわいらしくて、とても素敵でした。

そして今回、紋白が欣也の幻影なら、確かに紋白はペニスのついた女の子がふさわしいのかも知れないなとふと思いました。欣也はマリーに閉じ込められて育てられたのだから、女性についてはぜんぜん知らないのではと。ヘンリー・ダーガーの描く少女たちのように、紋白はペニスのついた少女だったのかもしれないなと。だから『毛皮のマリー』は美少女役も含めて全員男性がキャスティングされるお芝居だったのかなと。

開演前と終演のときに雑踏の音が流れるのが面白かったです。寺山修司の映画『田園に死す』のラストを思い出しました。あの、一家の食事のシーン、壁が倒れると、そこは新宿の雑踏の中だったという、あのシーン。まさかあの音源ではないとは思うのですが、ひょっとしたら……

今回、アフタートークがありました。青蛾館の主宰者であり、今回マリー役ののぐち和美さん、紋白役の中村 中さん、そして元ピンクレディーの未恵mieさんのお三方でした。小さいころ、テレビで拝見していたピンクレディーの未恵mieさん、寺山修司関連のイベントでよく拝見します。不思議なご縁です。あのころの団欒(だったのかな?)はもう戻らないのだけど。
前述のように、ここで初めて中村 中さんがトランスジェンダーの方と知って魂消ました。

という方向で、今回のラ・ママ版『毛皮のマリー』、とても楽しかったです。できたらオリジナル版も拝見したかったし、美輪マリーももう一度観たかったのですが。そこがちょっと残念かな。でも、とても楽しかったです。

あ、あと、冒頭、マリーの髪型がもろにペ○スでした。偏陸さんらしいなぁと思いました。

P.S.マリーがおかまに目覚めたのはある食堂で女給さんたちに混じってただひとりの男の子だったからだそうです。寺山母子は親戚の経営する古間木の「寺山食堂」に身を寄せていた時期もあったそうで、その設定はそのころの経験が元なのかしら?とふと思いました。

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