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2019/01/21

馳星周『ゴールデン街コーリング』

『ゴールデン街コーリング』(馳 星周:著 角川書店:刊 Kindle版)読了。
馳さんが日本冒険小説協会公認酒場・深夜+1で働いていらしたころの経験を下敷きにした小説です。読了。

私も日本冒険小説協会の末席をうろちょろしていたころがあります。ただ、私は、「日本冒険小説協会を代表して」何かを語れるレベルの者ではありません。むしろ、私のレベルで「日本冒険小説協会ってこの程度の人間の集まりか?」なんて思われるのはとても嫌です。私なんかとはとても比べ物にならないすごい人間の集まりだったんだぞ!!と強く強く主張します。馳さんもそのおひとりかと。

もちろん本書はあのころの馳さんの経験を下敷きにしたフィクション、「小説」であります。それは肝に銘じとかないと。だいたい本作では内藤陳・日本冒険小説協会会長をモデルにした『斉藤 顕』なる人物は本書では「小太り」と描写されています。ほんとうの会長はそれがネタになるくらい痩身でした。ここらへんも「これはフィクションである」という馳さんの断り書きなのでしょう。

日本冒険小説協会は、2011年の暮れに会長が逝去され、翌2012年春の第30回全国大会で解散するまで、30年ちょっと続いた団体です。まぁ、本好き、映画好きのゆるい酒飲みの団体であったと思います、私にとっては。

日本冒険小説協会公認酒場・深夜+1や毎年春の日本冒険小説協会全国大会で馳さんとお話をしたくらいの事はあります。ただ、特に親しいって訳ではありませんでした。全国大会やお店の外でのお付き合いもなかったです。その程度の関係でありました。本書を読んで改めて理解しましたが、私は馳さんが好きになるスジの客ではありませんでしたし。

馳さんが深夜+1で働いていたころをモチーフにした小説を連載されていることは一昨年の暮ぐらいに知りました。どんな小説かとても気になったのですが。今回、単行本になって出てくれて、嬉しかったです。もっと先だと思っていましたから。

角川書店の本書の紹介に
『「日本冒険小説協会公認酒場」と銘打ったバー〈マーロウ〉のアルバイト坂本は、本好きが集まるこの店でカウンターに立つ日々を送っていた。北海道の田舎から出てきた坂本にとって、古本屋街を歩き、マーロウで文芸談義できる毎日は充実感をもたらした。一方で、酒に酔った店主・斉藤顕の横暴な言動と酔客の自分勝手な振る舞いには我慢ならない想いも抱えていた。(以下略)』
とありました。甘々の感傷的な過去懐旧譚にはしないのだなと。

本書を一読して。そう、そうか、馳さんはあのころをそう思いながら過ごしていらしたのかぁ…、って思いました。
お酒に酔って目が据わった会長はとてもオソロシイって、それはあのころを知る深夜+1の常連や会員にとっては常識レベルのことでした。
ただ、それはどこか、シャレのめしていたと思います。でも、やっぱり、深夜+1カウンターの中に入って、たびたびそういう会長の相手をしてきた馳さんにとっては、そして、店を辞めていった人たちにとっては、シャレのめすだけでは済ませられない事だったんだろうなと思います。そうであったのかと。

「そういうけどさ、でも会長は…」って本書を読みながら私が脳内フォローをしようとしても、それもまた次々と否定されていきました。会長のかっちょいいとこ、尊敬できること、それもぜんぶどこか無理があって、お酒を飲むとその無理が悪い形で表に出てしまうと。そうか、あれはそうだったんだなって。「実像」はそうだったのかなと。

会長はよく「見栄を張れ」「気障に振舞え」「やせ我慢の美学だ」と仰っていたと記憶していますが。その実態はつまりそういう事だったのかなぁという思いがしました。お酒が入るとそれがほころんでくる。ある小説に「昼はハードボイルドでも、夜はそうはいかない」って台詞があるそうですが、それはそういう意味でもあったのかなと。

翻って考えるに。かつての日本的(日本だけじゃないかもしれないけど)組織というのは、トップが理不尽に振舞うのが当たり前だったと思います。下の人間はそれに耐え、組織に仕えないといけないと。人間性を否定するようなことがあっても。「体育会系」って奴かな。
抑圧されるメンバーの犠牲によって成り立ってる場所。そういう場所が次々と明るみになる昨今。それを糾していこうという動き、いいことだと思っています。

残念ながら、私が故郷で居たのもまたそういう「場」であったと思います。そしてそこでうまくいかなくて、逃げるように上京し、会員であった日本冒険小説協会に拠った。しかしそこも体育会系な「マチズモ」が統べる場所だったのかなと。でも、その、「マチズモ」が統べる場所であったからこそ、実のところその原理が染み付いてる私は会にも馴染めたのかなと。

私も会長から「教育的指導」を受けたことがありますが。ただ、理不尽とは思えなかった。ただ、私の至らなさが原因であったと、基本的には、今でも思っています。根っ子はそういう世界の人間だったんだなと。会長にお説教受けてるとき、もちろんそれは基本的には苦痛ではあったですけど、それに「甘えてる」部分もまたあったと思います。

そしてまた、うん、でも、やっぱり、本書を読んでも私はまだ会長を尊敬していますし、とてもそうなることはできませんが、ああいう風にかっちょ良くなれたらいいなってまだ思ってはいます。
そして、何よりも、会長と日本冒険小説協会は、どこにいても「ここは自分の居場所ではない。私はここにいる資格はない」と思ってしまう人間に『居場所』を与えてくれたと思っています。ただ、今でも、私は自分に会員の資格があったのかは少々疑問ですけど……

いや、まぁ、ほんと、私は「かえる場所」があればどれだけいいのになってといつも思ってるのですが。どうやらそれを手に入れるのは私には難しいみたい。
いや、自己憐憫にふけるのもダメですね。閑話休題。

本書では殺人事件が起こります。そういう話は聞いたことがないから、これは馳さんの完全な創作かしら?(いや、私もあのころにはあまり詳しくないけど)
事件はあるきっかけにより、犯人が判明するのですが。どうしてそんな事したのかな?犯人として見つけて欲しかったのかなぁって思います。そしてあの優しくてほろ苦い終わらせ方。

あのころの事ももちろん思い出しました。

そうそう、馳さんの商業誌のご活躍は『本の雑誌』からだったよなぁと。深夜+1で馳さんの書いたものが載るって知って、買ったこともあります。あのころ『本の雑誌』は気になる特集があったらたまに買うってぐらいでしたが。椎名誠さんやその界隈の皆さんもファンだったし。それからある事がきっかけで『本の雑誌』は読まなくなってしまい、馳さんの文章に触れることもなくなりましたが。しかし何年か過ぎて大傑作『不夜城』を引っさげて作家デビューなさったと。

それからあとのことですが、深夜+1で馳さんが犬を飼ってるらしいって話が出て、その事も本書を読んで思い出しました。

登場人物や場所のモデルの心当たりはちょっとだけあります。日本冒険小説協会の古株会員さんだとどの登場人物がどの方をモデルにしたのか、もっとよく分かるのでしょうが。末席をうろちょろしてただけの私はあまりよく分からないです。

深夜+1のカウンターに入っていたある方をモデルにした人物もご出演で懐かしかったです。私がよく行く曜日の担当の方で、よく相手をして頂きました。もちろんその方とも深夜+1を離れてのお付き合いはなかったのですが。その方の台詞、その方の声で脳内再生されました。その方とはもう会うこともできないのですが……。

しかし、どうであればいいのかな。「ハードボイルド」小説や冒険小説の登場人物みたいにかっちょよく、誇り高く、やさしくて。うん、それは少なくとも私にはムリ。それは近年とみに思います。そして無理したツケはどこかで綻びとして出る。本書にあるように。それがとても悪い形で出ることを私はとても恐れています。

どうすればいいのかなぁと。

もしそうできるのであれば、本書の中の佳子姫のように、世界を愛し、人を愛し、人生を愛し、そして、自分を愛せればいいのですが。そうできたらとても幸せに生きられると思うのですが。なかなかそれは私には難しいです。まず自分が愛せないし、その反動で人を憎み、世界を憎むのがやめられません。
この「自己否定」が染み付いた人の姿。それはこの国にかなりいるとは思います。だからブラック労働もなくならないのだろうし、みんな通勤電車の中でしかめっ面を浮かべてるんだろうなと。

ま、これもまた閑話休題。

『ゴールデン街コーリング」。面白く、懐かしく読めました。そしてあのころを馳さんがどんな思いで過ごしていらしたか、改めて知ってはっとさせられました。その事に関しては、そりゃ、そうだよな。と思います。
それと同時にやっぱり会長に対する敬意の念もまだ、自分の中にはあります。

いろいろ教えてくれ、考えさせてくれ、そして懐かしい部分もあり、面白く拝読しました。
とてもよかったです。

本書の感想、うまく書けてないですけど、私のレベルではムリかしら。
そしてこの感想には意味のない「自分語り」が多いなぁと思いますが。
今のところはこれで精一杯です。

「ゴールデン街が好きじゃないんですか?」
「好きだけど、嫌いだ」
「意味わかんないですよ」
「自分でもよくわかってないからいいんだよ、それで」
(本書より)

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