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2018年10月

2018/10/29

『王立宇宙軍 オネアミスの翼』展

この休みは八王子夢美術館で開催中の「『王立宇宙軍 オネアミスの翼』展 SFアニメができるまで」を見てきました。
のちの『トップをねらえ』『新世紀エヴァンゲリオン』等で大ヒットを飛ばすGAINAXの記念すべき第1作、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の膨大な設定資料を中心に「できるまで」を紹介した展覧会です。

『王立宇宙軍~』は実は劇場では未見です。初見はテレビ放送のときでした。テレビ番組雑誌か新聞の番組紹介記事かは忘れたのですが、本作のTVオンエア前、熱く本作を紹介した記事を読みました。「この作品はひとつの架空の世界を見事に創造している」って。
それで興味を持って見てみました。大道具、小道具、衣装、その他ありとあらゆるガジェットがこの世界のどこかに在りそうで、無い、その美術がすごいと思いました。

お話の舞台は地球ではない、地球みたいな星のおはなし。宇宙開発を行っている宇宙軍。その宇宙軍初の有人宇宙機(宇宙船)をめぐる物語。

なにかの間違いで創設されてしまったお荷物の宇宙軍。そういう設定も新鮮でした。この地球の歴史では、宇宙開発は最先端のエリートたちが潤沢な予算で携わってきたものであったと思いますが。ただそれも米ソがお互いの威信をかけて宇宙開発競争をやっていたからであって、そうでなけりゃこういう展開になったのかもしれないと思いました。「宇宙」の価値をまだ誰も気づいてない時代だとしたら。気象衛星、通信衛星、偵察衛星なんかの価値を。

お荷物の宇宙軍、宇宙軍の面々もそれを自覚しているのか士気も低く。しかし宇宙軍の一人、シロツグはリイクニという女の子と出会って、宇宙軍のことを褒められて発奮して、その勢いで人類初の宇宙飛行士に志願してしまう、と。
そして一方、宇宙軍の携わっている人類初の有人人工衛星は、敵方の共和国にエサとして渡すことが決定されていて。
打ち上げ準備を進めている宇宙軍の人々、ロケット略奪のために侵攻してくる共和国軍、戦火の中、人類初の有人宇宙機の運命は?そしてそれに乗るシロツグの運命は?というおはなしでした。

おちこぼれ集団の宇宙軍、彼らが奮闘して人類初の有人宇宙機を打ち上げて見せる、それがよかったです。私もおちこぼれですから。私は奮闘して何かをやり遂げたという経験は無いですけど。
そしてまたそれは『王立宇宙軍』を制作しているガイナックスの面々と二重写しともなるかと。

そして、劇場では見てない『王立宇宙軍』でしたが、初めて買ったアニメのDVDが『王立宇宙軍』になりました。最初に買ったDVDが『パリ・テキサス』(これも私のココロの映画)で、2枚目でした。レーザーディスクからDVDへの過渡期の品物だったんでしょうか、レーザーディスクサイズのジャケットにDVDがちんまりとはめ込まれている品物でした。

私は以前はガイナックスにかかわりの深い岡田斗司夫のファンだったころがあり、ご著作を何冊か読んできました。

DAICONフィルムなどで話題になっていたにせよ、商業作品では実績がなかった人たちに、ガンプラブームで荒稼ぎしていたとはいえ、バンダイに数億円の商業アニメーション映画の制作費を出させた岡田氏たちの手腕。これもまた『伝説』であると思います。

当時、私は、雑誌なんかで「DAICONフィルムはすごい」って話は読んだ事があります。そして当時講読していた模型雑誌によく載っていた、岡田氏たちのSFグッズショップ「ゼネラルプロダクツ」の広告が印象的でした。「メーサー殺獣光線車」のペーパークラフトとか、ちょう精密だけどまず作れそうにないグッズをケレン味たっぷりに紹介する広告。そういうマチズモもまた、当時の「空気」だったかと。

そのゼネラルプロダクツが母体となって、ガイナックスができて、そして『王立~』と作ったという流れと私は理解してるのですが。

残念だけど『王立~』は思うようにヒットせず、『王立~』を作った後はガイナックスは解散という構想だったそうですが、その借金返済のためにガイナックスは継続され、『トップをねらえ』『新世紀エヴァンゲリオン』などのヒット作を作った、と。
そういう歴史もまた面白いなぁと思います。

ま、そういった知識は、だいぶ昔に読んで、記憶もだいぶ薄れている、ほぼ岡田氏の著作だけによるものなので、勘違いとかあったらごめんなさい。
岡田氏もそうい「やり手」タイプで、やり手タイプってのは、また敵を作ってしまうことも多いと思っています。例えば、岡田氏のエッセイで読んだのですが。ある雑誌に自分の連載を売り込んだ時、その雑誌を編集者の前で開いて、他の方の連載に「これいらないでしょ。これもいらないでしょ(だから私の連載を載せなさい)」と次々とマジックでバツを付けていったという話を自慢げに書いておられました。こういう風な人間は敵を作らずに済む訳はないと思います。

岡田氏のようにケレンで売り出した人間は、まず必ずそのケレンで身を滅ぼすものだと思います…。私も読まなくなってしまったし。とても参考になる考え方もたくさん頂けたのですが。影響が残っていますし、それ自体は悪いことではないとは思っていますが。

いや、ま、閑話休題です。
展覧会に話を戻して。

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2018/10/09

横浜での寺山修司展

この3連休は、横浜の神奈川近代文学館で開かれている寺山修司展を見てきました。

横浜は1年ちょっとぶり。ゆっくり観光したいなと思いつつなかなかできていない街ですが。
みなとみらい線の元町・中華街駅で降りて、元町方面の出口。このみなとみらい線は有事には核シェルターにでもするんでしょうか、かなり深い場所にあって、エスカレーターを何回か乗り換えてやっと地上の改札に出ます。そして改札から今度は違うエスカレーターに乗り換えて5階まで上がります。出たらそこは公園でちょっとびっくり。丘の山腹に組み込むようにエスカレーターつきのビルが建ってる形でしょうか。そこはアメリカ山公園というそうです。

そこからゆるい上り坂。右手に墓地が見えるのですが、なんかちょっと変わった墓石が並んでいます。外国人墓地だそうです。外国人墓地はそれこそ上京前から知っていたはずですが、実物を見るのは初めてかな。突き当りの道路を左に折れて。

アメリカンスクールがあるみたい。なんとなく米軍施設の雰囲気も漂っているような。横浜もかつては米軍基地があったんでしたっけか。そして港が見える丘公園。これも上京前から知ってたし、歌謡曲のモチーフにもなってたと記憶しています。ここも実際に訪れるのは初めてかなぁと。

テーマのある庭園とか、あーとちっくなオブジェとか、昔のイギリスの商館とか、大佛次郎記念館とか、ほんとコテコテの横浜っぽい公園です。その公園を横切った場所に横浜近代文学館はありました。丘を利用した風情のある建物です。

2棟あるのかな、寺山修司展は上のほうの展示室で開催されていました。デブ的には色々上ってきてちょっときついかしら(笑)

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