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2018/07/17

縄文展に行ってきました。

土曜日は上野の東京国立博物館で特別展『縄文-1万年の美の鼓動』(縄文展)を見てきました。

土曜日、午前中のほうが空いてるかなと思って何とか午前中ぎりぎりに会場へ。それでも混んでるようだったらちゃっちゃと諦めて動物園でも行こうかなと思ってました。人ごみは苦手だし、動物も好きですし。
券売の列を見た限りではそう混雑している感じではなかったので、入ってみることにしました。会場もそこそこ混んでいましたが、見るのが困難ってほどではありませんでした。

いや、閑話休題。

縄文時代。いや、私は特に歴史ファンでもないし、縄文時代といっても学校の授業で習う程度の知識しかしか知らないのですが。それもはるか昔のことで、だいぶ忘れてるでしょうし。ただ、ちょっと前、縄文関係の話題とかネットで見かけて、ちょっと面白そうだなナって思って。それで見に行くことにしました。

会場の平成館に入館して。汗まみれだったのでちょっと一休みして汗が引いてから館内へ。上野国立博物館は入場して会場の平成館までちょっと歩くので、レンタルの日傘なんかもあるみたいでした。

縄文時代は館内で配布されてるリーフレットによると紀元前1万1千年から紀元前4世紀のころまで、1万年以上続くそうです。とても長いですな。そして、館内で配られていたリーフレットによると、その1万年も
草創期:前11,000~前7,000年
早期:前7,000~前4,000年
前期:前4,000~前3,000年
中期:前3,000~前2,000年
後期:前2,000~前1,000年
晩期:前1,000~前400年
と分けられるそうです。草創期と晩期を除けばだいたい千年区切りですな。千年単位のお話。有史以降ならいくつもでかいエポックがある年数なのでしょうが。

縄文式土器というと縄目模様が一面に描かれた土器というイメージでしたが、最初に見た土器はそういうのはあまりない、大人しめの模様でした。あの縄文は土をしっかり固めるために押さえたものが装飾化したって話を読んだ記憶がありましたが、そうでもないのかな。

漆塗りの土器もありました。漆ってこのころからあるんだ。そして、木工製品じゃなくても漆を塗った品物があるんだって思いました。赤く着色された土器。

どうなんだろ?土器の最初は、焚き火で炙られた粘土が固まる現象を見た人が、これで器を作ろうと思って始めたのだろうけど。漆は樹液が肌についたのを、何かに擦り付けて、それがなんかいい感じになったので、工芸品として使われるようになったのだろうけど。

ポシェットサイズの網籠がありました。物を携行する時に、縄文の人たちはこういうのを使ったのかなと。確かに両手をあけて荷物が持てるデバイスってのは大発明なんだろうなと。

装身具。貝殻の腕輪。こういうのって割れたりしないのかなと思いもしたのですが。よく考えたら縄文時代は採集経済で農作業はしないから、一日畑を耕したりといったタイプの労働もないだろうから、そういうのも壊れにくいのかなと思ったり。いや、キホン、特別な時用だったんでしょうけど。

耳に穴を開けてはめ込むお煎餅みたいな耳飾り。結構でかいサイズもあって、このサイズまで拡張したのかと感心しました。そういうボディ・カスタマイズってのはどの民族もかなり初期に持ってるものなのかしら。まぁ、ピアスの拡張くらいなら、皮膚を大きく傷つけるので当時の衛生レベルだったら感染症が怖いであろうタトゥーやスカリフィケーションあたりより敷居は低かったのかなぁと思います。

あと、縄文時代というと、前歯をフォークみたいに削ったボディ・カスタマイズがあったと思うのですが。あれを見るたびにイテテテと思うのですが。それに関しての言及はなかったです。
そういえば今回の縄文展には遺跡そのものや人骨等の展示はありませんでした。これも方針としてのあり方なのかなぁと。

縄文時代を前期中期後期に分けての代表的な土器の展示。あの、火焔型土器もありました。ひも状にした粘土を積み上げて作るのかな。その文様の緻密さ。
土器が火にくべられた時、その炎と二重写しになるように作られたデザイン上のアイディアなのかなぁ。これだけ細かい細工物、普段使いとは思えないのだけど。

こういう調理用の土器ってどのくらいもったのかしら。数年?数十年?親子代々使えるぐらい?

そして、ちょっと思ったのは、自分でも作ってみたいなぁということ。いや、作れるわけないんですけど。でも、作るところを自分でも経験して、作ってる最中の、その、「息遣い」を私も経験できたらいいなって思いました。そして、焼きあがった土器で煮炊きするのも、その、縄文時代の団欒というのも。経験してみたいなと。

そして同時代の各国の土器等の比較展示コーナー。弥生時代の土器や銅鐸なんかも。
やっぱり表面に細かいレリーフを施すのは縄文式土器の大きな特徴のようです。
そして、縄文式土器のそういう模様は、模様に煮炊きした食べ物のかすが入り込んで洗いにくいという指摘に苦笑しました。そうだ、確かにそうだよなぁ。縄文式土器ってどうやってお手入れしてたのかしら?弥生時代に縄文が廃れたのはそういう理由なのかしら?

それから物販コーナー。物販コーナーも面白そうな縄文グッズがいろいろあるみたいです。
ま、私は図録だけ買いました。2,400円でしたが、ちょっと大き目の図鑑サイズでこのお値段は安いと思います。

それから土偶の展示コーナーへ。

土偶界の絶品たちの展示がまずあって。
しかし、面白いなと思ったのは初期の土偶たちの展示です。ほんと、クッキーぐらいの大きさの逆三角形タイプ。なんで逆三角形かというと、乳房とくびれた胴の表現だけなんですな。必要最低限のパーツのみ。お前は安物のダッチワイフかよっ!って思わず突っ込んだり。そして後には顔や手足の表現もされるようになったそうです。

その顔の表現も独特ですな。写実じゃない、最初から図案化の方向に行ってる。それって面白いなと思いました。人のリアルな姿がどういう条理でこういう風に図案化されたか。その理路って面白いそうだなって思いました。
布の仮面に縫い付けられていたらしい目鼻や耳のパーツも展示されていたのですが、それはリアルなんですよね。ならリアルに人の顔立ちも再現できると思うのですが。

縄文時代、家屋に設置されていたらしい、石の巨大なチ○コも展示されていました。チン○ですよ○ンコ。こういうのを作るのも大変だったと思うけど。わざわざチ○コ作って呪物として設置したと、場合によっては何本も。

この界隈には当時の生活を模したフィギュアのジオラマが飾られていました。それもよかったです。できたら等身大の展示もちょっと見てみたかったなと。

しかし土器といい土偶といい、当時はそれだけのものを作れるだけの余裕があったのだなと。採集経済って大変そうなのに。
しかし、音声ガイドによると、むしろ採集経済の縄文時代のほうが豊かで平和だったのではという指摘がありました。弥生時代に入って、農耕経済になり、耕地に適した場所の奪い合いから戦争が始まったのではと。それははっとさせられた指摘でした。

そういえば、昔読んだ本には、採集経済といってもそう大変ではない、1日数時間の労働で生きていける程度の獲物は手に入るって話は読んだ記憶があります。ま、逆に、そのくらいでやっていけるほど自然が豊かでないと採集経済社会では生きていけないのかもしれないけど。

そして農耕経済になったけど、たぶん採集経済よりは「豊か」になったろうけど、労働は増えたのかもしれないな。そして身分制ができて、支配層が下層民の労働を掠め取るようになったんでしょうか、そのためにも下層の人々は「労働」を増やさねばならなくなって。

キノコや貝や動物の形をした土器もありました。小さな品物でした。オモチャみたいなものだったのかなぁ。余った土を使って手すさびで作ったとか。だから小さいのかな。他の大きな「実用品」の土器に混じって、こういう小さな土器のお人形たちが焼かれている風景を想像すると、なんだかとても楽しくなりました。

そして最後の方、小さな手形や足型が捺された当期の土器の板がありました。子供たちの手形足型。子供が亡くなって時、そのよすがとして作られたものかもしれないという話も。
そのことにずーんときました。それは彼らが確かにそこにいた証拠。頭の中で『やつらの足音のバラード』が流れました。

そして最後が縄文美に魅せられた現代の人々のコーナー。岡本太郎や柳宗悦など。
そして撮影OKのコーナーもありました。

縄文展、縄文にはとても疎い私ですが、それでも面白かったです。
そこそこ空いててよかったです。

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