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2018/06/20

『戦争は女の顔をしていない』

『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:著 三浦みどり:訳 岩波現代文庫)。読了。第2次世界大戦当時、侵略してきたドイツ軍と戦ったソ連の女性兵士(全員がそうではありませんが)の証言集です。

第2次世界大戦当時、ソ連の大勢の女性が戦線で戦ったという話は、ミリタリー本に書かれていたのをちらっと読んだことがあります。映画だと『戦争のはらわた』にソ連の女性兵士たちが出てきたかと。ただ、きちんとした戦記的なものを読んだ記憶はありません。
本書を読んでみたいと思ったのは何がきっかけだったかな?ネットをうろついていて何かを見かけて興味を惹かれたと思うのですが。それで買ってみました。

トータルで500ページ弱、ちょっとした長編小説ぐらいのボリュームです。私はここんとこほとんど小説が読めなくなってきていて、だから、「こういう厚い本、読み通せるかしら?」と思ったのですが。読了しました。
ま、ロシア文学って分厚いってイメージがありますな。同じくロシアの証言集ならソルジェニーツィンの『収容所群島』がもっとボリュームがあるかしら。あれは本書と同じくらいの厚さで何巻にもなってたと思うし。読んではいないのですが。

その厚さ。

「苦悩というのは、秘められた真実にもっとも直接関係をもつ高度の情報だと思う。それは生きているということの神秘に直接関わっている。ロシア文学のすべてがこのことを扱っている。ロシア文学は愛についてより、苦悩について多くを書いていた」(14-15p)

そうか、ロシア文学って「厚くて重い」って先入観がありますが、そういう事なのかなと。ロシア文学は苦悩について書かれている。

とても面白く、いや、「面白く」という表現は違うかもしれないけど、読みました。本書に収められたたくさんの元女性兵士たちのたくさんの証言、ぼっとなるくらいのボリューム。
そのボリュームだからこそ、読み通して自分の中に残ったものは、逆に言えば、自分の中の何かに「引っかかった」、印象に残ったものなのかなぁと思います。
そういう意味での「分厚さ」だったのかもしれないなぁとも思います。

内容としては彼女たちの証言集がメインで、合間合間に作者さんの取材メモが入ります。
戦記的な、どの部隊がどこでどう戦ったかとか、そういう書き方ではありません。彼女たちの記憶を、思い出を、収めていくというスタイルでした。

ざっと一読した限りですが、本書のテーマは、

「人間は戦争の大きさを越えている。
人間のスケールが戦争を超えてしまうような、そういうエピソードこそ記憶に残る。そこでは歴史を超えたもっと強いものが支配している。」(9p)

ということなのだろうと思います。このように悲惨な戦争、しかし、人間はそれより大きい、人間なめんな。そういう事なのかなと。

その証言。自国を蹂躙し、たくさんの人を殺戮してきたドイツ兵。しかし時に負傷したドイツ兵も救う人たち。捕虜となったドイツ兵や占領したドイツの子供たちに食事を分け与える人たち。敵と頭では分かりつつも、どうしてもそういう風に体が動いてしまう人たち。「人間は戦争の大きさを超えている」あかしたち。
また一方では、前線では禁じられていた「おしゃれ」をこそっと楽しむ女性兵士たち。その姿もまた「人間は戦争の大きさを超えている」あかしかもしれません。

しかし、それでも、やはりいちばん多く語られるのは、戦争の悲惨さです。当たり前に人が死ぬ、いや、死ぬ前に体をずたずたにされ、断末魔に苦しむ兵士たちの姿。そういう「戦死」だけではなく、なぶり殺しに「虐殺」される人々の姿。拷問された経験。そして、ドイツに侵攻し、ドイツの女性たちをレイプするソ連兵の姿も描かれます。
時に人間は戦争の大きさを超えることもある。しかしそれはいつもではない。むしろ戦争に、憎悪に、人は駆られがちなものではあると思います。

この証言者さんたちが経験、それはやっぱり私の理解と想像の埒外であるとは思います。
ただ、それは確かにあった世界で…。

この第2次世界大戦当時のソ連。そこは今現在の私たちにとっては時間も場所も遠い場所ですが。でもそこは私のいる「今・ここ」と地続きでもあると思います。私や他のたくさんの人たちはそういう時と場所に置かれれば、残虐行為に手を染めてしまうのでしょうか。私はかなりな確率でそれに手を染めると思います。敵兵をなぶり殺しにしてニヤニヤ笑ったり、何人の女性をレイプしたか自慢したり、そうするのでしょう。時と場所がそうなれば、かなりの確率で。あの時の日本人みたいに。そして、あの時のアメリカ人や連合国側の人間たちも。

戦場における恋愛の話もありました。正直、そのくだりはちょっとなぁと思いながら読み進めたのも事実です。男の兵士と、「兵士じゃない」女性との恋愛話ならロマンを感じたかもしれませんが。例えば基地の脇の花屋の娘との恋とか。
戦線の夫の元へ行きたい、共にそこで戦いたいと思いつめ、それに成功したのだけど、戦死する夫を看取ることになった女性。不倫とかもあります。妻子持ちの指揮官の子供を妊娠した女性兵士。ある将校さんに憧れてたけど言い出せなくて、戦死した彼を埋葬する時に口づけした話。

そして、それはちょっと意外だったのですが、戦地から帰った彼女たちにさらに過酷な運命が待っていたこと。戦場帰りの彼女たちは敬遠され、結婚相手にもされなかったと。
それはどうしてなのかな?殺し合いの経験のある女性は敬遠されるのか。それとも男性兵士たちと混じって「ふしだら」な暮らしをしていたと偏見を持たれるのか。いや、なによりも、男の言うことをハイハイと聞き、支配できるような「か弱い」女ではなくなってる思われたのか。

最初、戦場の思い出を語ることを彼女たちは拒んだそうです。それがソ連の情報公開が進むにしたがって、彼女たちも重い口を開くようになり。作者のこの仕事も紹介されるようになり、取材されたいと希望する人たちも増えたそうです。

当時はスターリンの圧政下で、民衆も抑圧されてたはずなのですが。

以前読んだAK-47自動小銃の開発者であるミハイル・カラシニコフの自伝を読んだときちょっと不思議に思った事があります。カラシニコフは一家がシベリア送りになり、父親は過労で早死にし、カラシニコフ自身は偽造した書類でシベリアを脱出するのですが。しかしカラシニコフはスターリンを敬愛していた、その死に際して涙したって書かれていて、それがちょっと不思議な心地がしたんですが。自分たちを酷い目に合わせた独裁者を敬愛している事を不思議に感じました。

本書でも

(BUFF注:戦前の劇場でのこと)「政府の桟敷席にスターリンがいました。私の父は逮捕されていた。兄は収容所で行方不明。そういうことがあっても、私は感激で胸がいっぱいになって涙があふれたの。」(468p)

という証言がありました。

なんでだろ、ロシア人気質の特殊性なのかしら?と思ったのですが。でも、ふと、ここに「スターリン」のかわりに「天皇」の文字が入るとそれは日本人にも普通じゃないのかって気がついてちょっと愕然ときました。もちろん、戦前に人々が圧政に苦しんだのは天皇のせいじゃない、天皇を押し戴いて権力の側にいた「君側の奸」のせいだって『歴史観』を私は持ってますが。スターリンもまた、周囲の人々によって「独裁者」たりえた部分もあったのかなぁと。

戦争に勝利してのち、夫が捕虜だった事で、捕虜収容所から脱出してふたたび戦いもしたのに、夫が収容所送りにされたという元女性兵士の話。ソ連軍は前線の背後にも部隊がいて、前線から逃げ出したソ連兵士を射殺したという話ですし、本書にも脱走兵の処刑係を志願した女性兵士の話が出てきますが。「生きて虜囚の辱めを受けず」という訓示はソ連軍にもあったようです。日本は負けたからそれはチャラになってよかったけど、勝ったソ連は…。

女性兵は「赤紙」で兵隊に取られたんじゃなくて、自身が積極的に戦争に参加したい、国を守りたいと志願して兵士になった方が多いようです。それもハイティーンで。時には年齢をごまかして。自ら証言しようとする人たちですから、そういう人が多いってバイアスがあるかもしれませんが。「君たちは来なくていい」と言う徴兵係を説得して軍隊に入った人たちも多いようです。やはり防衛戦だからこそ、その切実さは桁が違うのでしょうが。

女性ならではというエピソードとしては、負傷兵用の包帯等も不足する中、生理の手当てに使えるようなものは支給されるはずもなく、経血をぽたぽた落としながら行軍するしかなかった話がありました。大変そうです。

兵士たちがけっこう自由にいろんな部隊に行けたみたいなのも面白く感じた点です。他の国の軍隊ではどうだったのかは分からないのですが。前述のカラシニコフの自伝でも、けっこう自分の意思で動けて、戦線で負傷して退院してのち、銃器の研究所みたいなところを作って研究をしていたそうで、そんなに自由にやれたのかなと驚いたのですが。これも戦う場所が自国内で、しかも陸続きだったって事があるのかなぁと思いますが。

『戦争は女の顔をしていない』、とても興味深く読みました。そして決してこういうことが起きてはいけないと思いました。しかし今、この瞬間にも、戦火にさらされている人たちはいて、憎悪に駆られている人たちがいて、憎悪を受けている人たちがいて、それもまたここと地続きの世界のこととは理解しています。そして、この国も、なにか些細なきっかけがあれば、そういう世界になってしまうのではないかと思います。

そうならない事を切に祈るのですが。

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