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2017/09/25

森園みるく『私の夫はある日突然殺された』

『私の夫はある日突然殺された』(森園みるく:著)
鬼畜ライター・村崎百郎さんの奥さんである森園みるくさんがお描きになった、村崎百郎刺殺事件を中心にした手記漫画です。

村崎百郎さん、ファンでした。といってもライトファンのほうかと。

初めて村崎百郎さんのお名前を知ったのは、『SPA!』だったと思います。それから『鬼畜のススメ』、根本敬さんとの共著『電波系』、唐沢俊一さんとの対談集『社会派くんがゆく!』シリーズを読んでたぐらいです。(『社会派くんがゆく!』の単行本は途中で買わなくなってしまいましたが)
村崎百郎さんが書いていらした『危ない~』とか『GON!』は読んでいませんでした。ここらへんはとても惹かれる部分とそれに反発する部分、アンビバレントな感情があり、本屋さんで手にとってぱらぱらめくるぐらいはしたのですが。
そして、そうやって購入した村崎百郎さんの数冊の本も引越しで処分するぐらいのライトファンでした。

そして刺殺事件があって。村崎さんの追悼本の『村崎百郎の本』を買い、その本を編まれた尾崎未央さんと多田遠志さんおふたりがご出演だったトークショーを浅草橋のパラボリカ・ビスさんへ見に行ったぐらいです。パラボリカ・ビスさんは村崎百郎、本名・黒田一郎さんが編集者として働いていたペヨトル工房の主宰者、今野裕一さんのギャラリーだそうですが。そのトークショーでいろいろ知った事情がありました。森園みるくさんと暮らしつつ、その漫画の原作も書いていらしたこととか、絵本も手がけられていたとか。

それから今年のゴールデンウィークに、横浜の中華街のギャラリーで開催されていた、「村崎百郎UMA未確認生物展」というのに行きました。そこに展示されていた村崎百郎さんの手稿のコピーが圧巻でありました。

そのくらいのライトファンなのですが。

7年前、村崎百郎さんが刺殺されたというニュースに接してまず思ったのは「なんでそんな油断してたんだよ!」という、やりきれない気もちでした。人の狂気を刺激するものを書いていらした自覚はあったろうに、なぜもっと用心しなかったのかなと。今回、本書で、そこら辺の事情にも触れられていたのですが。

ちょっと前に村崎百郎さんの奥様の森園みるくさんがこの事件について手記漫画をお描きになったと聞きました。読みたいな、(紙の本で)出たら買おうと思っていたのですが。どうもネットコミック限定みたいで、紙の本で出る予定はないようだという話も聞いて。電子書籍ならKindleくらいは使えるのですが、Kindle版も無いようでした。
で、調べてみると本書はいくつかのネットコミックサービスで扱いがあるようで。そういうサイトを見てみて、オッサンにもなんとかシステムが理解できたある所で購入しました。

以下、少し感想など書いてみます。

一読して。

いや、しかし、ほんと、自分の家族がある日突然殺されるという事は、私の想像と理解の範囲の外であるとつくづく思います。
いつもはふたりで食事に行くのに、仕事でてんぱってる村崎百郎さんを残して食事に出かけた森園みるくさん。帰宅すると自宅には非常線が張られ、パトカーが停まっていて、警官がいて。刑事さんから夫が殺された事を告げられ…。

そして起きていっていく事々。打ちひしがれながらの葬儀、引越し、後片付け…。犯人は精神異常ということで不起訴になり、それを覆そうとしても…。奇麗事をいえば「罪を憎んで人を憎まず」なんでしょうが。もちろん被害者感情としてはそういう奇麗事ではありませんし。

生前の村崎百郎さんの人物像、素顔を知る事ができたのもとてもよかったです。「電波系」というキャッチフレーズはもちろんツクリではなかったのですが、それが実際どういう風だったのかを知る事ができました。
村崎百郎さんはそういう「電波」に苦しみながらも、それに完全には乗っ取られることはなかった。それはたぶん村崎百郎さんの知性のおかげだったのかなぁと思います。高い知性の持ち主だったから、その狂気に飲み込まれず。そしてそれを第三者視点から眺められるだけの強力な「知性」を持っていたのかなぁと。だから「電波系」としてセルフプロデュースできたと。病識、だいじかと。

心霊現象みたいな不思議な現象。それもいくつかあったようです。また事件後、霊感のある方にもいろいろ救われたようです。ただ、森園みるくさんはそれにはのめりこみすぎず、少し距離を置いていらっしゃるようですが。その、真偽のあわい、虚実のはざまにいられるというスタンス、そこにいられること、尊敬します。

また、森園みるくさんと村崎百郎さんのなれ初めのお話もありました。森園みるくさんからのアプローチだったそうで。そのくだりはほほえましく拝読しました。

伊豆の『まぼろし博覧会』という場所に「村崎百郎館」があるそうですが、それができるまでのいきさつも知る事ができました。村崎百郎さんの担当編集者だった方からまぼろし博覧会に村崎百郎館を作らないかというお話があって、村崎百郎さんの元上司の元ペヨトル工房の編集長のK氏の紹介でマンタムさんと出会い、展示作りをお願いする事になったいきさつ。

このゴールデンウィークに横浜中華街で拝見した「村崎百郎UMA未確認生物展」も、どういういきさつでこういう展覧会になったんだろうって思ってましたが、そのいきさつが分かりました。

そこには村崎百郎さんの御遺愛のマッキントッシュのノートパソコンも展示されていたのですが。その液晶画面に黒いしみのようなものがありました。そのこと、なにか心霊現象かもって本書にも紹介されていました。あたしはパーツの劣化かなにかかなぁと思ったのですが。

本書は愛する夫を突然殺され、奪われた女性が、打ちひしがれながら、それでもそれから、周囲の人々の協力もあって、立ち直っていくという、癒せない傷も残しながら、そういうお話でありました。私はこういう目には決して遭いたいとは思いませんが。なんびとたりともその人生においてそういう目には遭わずにいられればほんとよいのですが。でもそのことに、言い方は変ですが、感動しました。心を打たれました。

やはり森園みるくさんも「たら・れば」に苦しまれたようです。「あの時ああしてたら」「この時そうしてれば」に。誰かが亡くなった時、そう考えてしまうのが止められないのは、とてもわかります。

村崎百郎さんは普段から「オレは精神異常者に包丁で刺し殺される」と仰ってたそうですが。たぶんそれは中華街の展覧会にあった村崎百郎さんの手稿のコピーにあった、
「期待したおわりはいつもやってこない おしまいのおしまいは
いったい いつやってくるのだ。 僕は「おしまい」は恐怖しない
おわれないのが苦しみなのだ!!!!!」

という一節とリンクしているのかなぁと愚察します。

でもなんかほんとにあっさりやられすぎです。

村崎百郎さんがいない今の日本、とても嫌です。「私はウンコなんかしない」ってうそぶいている奴らが跋扈しているこの国。しかし連中も腹の中に一杯ウンコ溜めて小刻みに震えている。そして、そのウンコ(=ダークサイド)を「これは正義なんだ」とうそぶいて、正当化して、誰かに投げつけている。ウンコなのにね。

この今の時代を、村崎百郎さんに「ドヤ顔でウンコ投げてんじゃねぇ!」と一喝して欲しいです。ご自身は鬼畜の世界、ダークサイドに身を置いて。そういう人間のほうがライトサイドをうそぶいてダークサイドのウンコをライトサイドと強弁して撒き散らしてる奴らより百万倍マシだし、「ただしい」ヒトとしてのありようだと思います。そういうトリックスターが今の日本に、今の日本だからこそ、いて欲しいのです。二代目村崎百郎、現れないかしら。

ほんとこの世界、息苦しくなってきてるのです。

伊東の村崎百郎館にも行きたいと思いました。中華街の展覧会にあった村崎百郎さんの手稿のコピーがそろっているのなら、それを見たいと思ってます。まぁ、なかなかに行く事もかなわないのでしょうが。

とまれほんと、本書を読めてよかったです。こういう事は決して起きてはほしくないのではありますが。描いて頂いて、ありがとうであります。

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