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2017/08/08

市街劇『田園に死す』

2017年8月6日の日曜日は青森県の三沢市で開催された市街劇『田園に死す』を見てきました。いち寺山修司ファン、演劇実験室◎万有引力ファンとして。

寺山修司の演劇実験室◎天井桟敷の衣鉢を継ぐ、J・A・シーザー率いる演劇実験室◎万有引力さんを中心に、たくさんの劇団さんや、一般公募の皆さんがこの市街劇『田園に死す』には参加されてるそうです。

市街劇、寺山修司が始めた、「市街」で展開される劇です。「劇場」に閉じ込められていた「演劇」を「市街」に解き放つこころみ。劇という「虚構」を「市街」という「現実」に解き放とうとするこころみ。「観客」も巻き込んだ、入っていける「お芝居」。
私は2008年11月に松山で開催された市街劇、『人力飛行機ソロモン 松山篇』を拝見しています。それと寺山修司と近しかった映像作家のかわなかのぶひろ先生が制作された映像作品『市街劇ノック』を拝見した事があります。これは1975年に阿佐ヶ谷界隈で行われた天井桟敷の市街劇『ノック』を、かわなか先生たちがモノクロビデオで撮影した映像をモチーフに、映像作品として再構成した物なのですが。

『田園に死す』。寺山修司の1965年の歌集、そして1974年の映画のタイトル。映画はどのワンシーンを切り取っても絵になる、素晴らしい作品です。それを三沢でどう展開するのかなぁと思いました。見てみたいなぁと思いました。
行こうかなぁ、どうしようかなぁ、しかし青森は遠いしなぁ、とつらつら悩みつつ。行こうと決心して手配を始めたのは2ヶ月ほど前です。せっかくだから一泊ぐらいして観光もしようと、JTBに問い合わせたのですが、ねぶたシーズンという事で宿は壊滅的にふさがっていて確保できず。ままよと夜行バスで当日早朝三沢入り、当日夜にふたたび夜行バスで帰京という、弾丸スケジュールを組みました。

早朝の三沢。霧が出ていて、なんか幻想の世界に入っていくようです。ここんとこの市街劇ってのはお天気に恵まれないらしく。2008年のソロモンでは、肌寒い雨の中のフィナーレが記憶に残ってますし、私は行ってないのですが、98年の『人力飛行機ソロモン 青森篇』でも雨にたたられたそうです。
それでずっと雨を気にしていましたが、天気予報アプリによると今回の三沢ではお天気はもちそうで、それもありがたく思いました。

5時回ったところに三沢着。朝早くから開いてる、休めそうなとこ、どっかないかなと事前にネット検索したのですが、三沢空港温泉ってところが5時半から開いてるそうなので、そこに向かいました。ありがたかったです。ロビーも広くゆったりしてて、ひと風呂浴びてのんびりするのにちょうどよかったです。
で、こんどは三沢空港の食堂がネット情報によると朝8時30分に開いてるそうなので(実際には8時45分開店でした)、そちらに向かって朝ごはん。霧の中でも米軍機?や自衛隊のヘリコプターが飛び立っていきました。到着便もあるようです。

それから受付場所のスカイプラザミサワへ。スカイプラザミサワさんは、入ってはいないのですが、入り口に星条旗と日章旗が描かれていて、ああ、ここは基地の町なんだなと思いました。

このスカイプラザミサの前の道路が「テラヤマロード」という愛称だそうです。2車線のまっすぐな広い道。最初は基地の街だからかなぁと思ったのですが、雪の多い地方であるでしょうし、路肩に雪を片付けるには道幅も要るでしょうし、道はまっすぐな方が目印が雪に埋もれても安全からかなぁと思いました。
なんと、このテラヤマロードがまんま歩行者天国になってました。

10時から受付開始。受付の方に前売り券を渡すと、地図とバス案内と寺山修司のお面、そしてチョークと引き換えられました。寺山修司のお面は入場を限ってる場所での入場証になります。チョークは道路に落書き用かな?他に使う演目もあったかもしれません。
きちんとした本部、救護所も設営され、ゴミ箱も用意されていて、歩行者天国も含めて、三沢市の市としてのこの市街劇の取り組みは力が入っているようです。(ちなみに三沢市の広報誌も8月は寺山修司が表紙でした)

さて、改めて地図を眺めて。なんと!演目は60以上!!どう回ろうか考えもちょっと吹っ飛びました。ま、行き当たりばったりでいいかもと。
演目は固定型と移動型があります。固定型は場所を固定しての演目、移動型は場所を移動しながらの演目、ストリートパフォーマンスと言えばいいかな。
マップは見やすく、分かりやすくデザインされたものでした。いや、なんといっても三沢の街自体が道路が碁盤の目状になってて、分かりやすい地理をしているってのが大きいとも思います。市街劇向きの地形かも?

あと、寺山修司記念館も会場に含まれていました。それは当然ではありますが。ただ、記念館は三沢市街からはちょっと離れてるので、どうしようかなと。配布されたバス案内はそのための時刻表でした。無料のバスが走ってるそうです。

ただ、テラヤマストリート周辺だけでも、とても見切れないほどの演目があります。
それだけでお腹いっぱいにはできそうです。

そう、この演目の飽和攻撃状態、それもこの「市街劇」の特徴かと。普通の、劇場の、「お芝居」なら、観客は劇のすべてを見られるわけです。しかしこの市街劇ではすべてを観ることはできない。あなたが経験した『田園に死す』と私が経験した『田園に死す』は違う。そういうのって面白いと思います。そして各人が経験した『田園に死す』を持ち寄って、そして『田園に死す』を再構築するというこころみもアリでしょう。それが『世界』って物かもしれませんし。

12時の開演が近づいたので、テラヤマストリートの途中にある、プロローグ『百年鐘=歴史の蹉跌』の場所へ移動しました。

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プロローグ『百年鐘=歴史の蹉跌』。道をふさぐように白い布を張った大きな扉がしつらえられ、寺山の短歌が書かれています。
左右に足場が組まれ、登っていくセーラー服(水兵服のほう)を着た少女。あと中央にもセーラー服の方がいらして、お三方が手旗信号を送ります。

そして現れる異形の人びと。『田園に死す』のはじまりです。

このテラヤマストリートに面したお店も、よく見るとウィンドウに寺山修司関係の展示をしていたりして、驚くほど協力していただいてるようです。ほんとびっくり。ありがたいことです。

テラヤマストリートからちょっと外れると、たぶん、米兵相手の酒場なのでしょうか、アメリカンな風情を漂わせるお店も見かけます。ちょっと古びた風情でもありますが。

犬神サーカス団もありました。『田園に死す』劇中に登場したサーカス団。バンド「犬神サーカス団」(今は「犬神サアカス團」表記ですが)さんの元ネタでありますね。あと、筋肉少女帯の『サンフランシスコ』って曲に登場するのもこの劇中の犬神サーカス団かと思うのですが。歌詞の冒頭が「空気女と小人を連れて街にサーカスが来る前に」ですから。仮装をした人たちと記念写真が撮れるみたいです。

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空き地に古いブラウン管テレビがぽつんと転がっていて、それに寺山修司の映像が映ってる、なんてものもありました。それもまたいい風情です。
しもた屋のバルコニーを使った演目もありました。ほんとまさに舞台のようなバルコニーでした。そういう偶然。

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米軍基地の引込み線の跡にトロッコを走らせるという演目もありました。地元の方が、「昔、ここをミサイルが通って行ったのよ」というお話もありました。

榎本了壱さんの演目があったので、ちょっと覗いてみました。テラヤマロードのお花屋さんを使った演目。榎本さんは左右反転した、鏡文字がお得意だそうで、それを毛筆書きをするパフォーマンスをなさっていました。
そしてメイドさんが三人いらして、おひとりは榎本さんのサポート、そしてお二方が寺山修司を逆に朗読するというパフォーマンスを、榎本さんのパフォーマンスと平行してなさっていました。
そのメイドさんはいわゆるメイド喫茶風のメイドさんの衣装をお召しだったのですが、でも、ふと気がつくと、この向こうの米軍基地で寺山修司の母、はつさんはメイドさんだったんだなぁと、そういう感慨が沸いてきました。もちろんこういう姿ではなかったとは思いますが。

ストリートパフォーマンスもよく見かけます。演目的には『老ポパイの帰還』でしょうか、ポパイ役の方の声がとても通っていて、印象的でした。街が異世界になっていってます。
チョークで道路に言葉を書いていく人たち。白線引きで町中に白線を引いていく人もいらっしゃるようで、あちこちに白線が残っていましたが、その方には出会えませんでした。ちょっと残念です。
松山であった「観客」に化粧してくれたり、衣装を貸してくれたりするコーナーもあるようでしたし、さら今回は調髪して髪型まで変えてもらえる場所もありました。
しかし、女性の白塗りにして目元に朱を差すメイクはイイですな。

「銭湯における男芝居」ってのがあるみたいなので、覗いてみました。1日に2度もお風呂に入るなんてとてもゼータクですが。青森空港温泉もこの会場だったスパハウス・カワムラさんも入湯料は350円。私は十年ちょっと前まで銭湯暮らしだったけど、そのころの東京の銭湯は400円台半ばだったかなぁ。それより安くてしかも温泉。ヨイです。
ちなみに『ノック』にも銭湯での演目があったようです。ただし無許可でゲリラ的に。前述のかわなか先生の『市街劇ノック』でその事を知って、あるなら見てみたいと思ったのが行ったきっかけでもあります。

銭湯で役者さん、観客、みんなで寺山の「言葉」の唱和。コールアンドレスポンスから短歌、俳句。それが銭湯だから、言葉がわんわんと響いていきます。いい感じです。ただ、途中でちょっとのぼせてきたので退出。

演目をちょっとづつ覗いていく、ザッピング感覚もまたいいものかなと。

そして17時が近づき、エピローグ「思想への離陸」が行われるらしい中央公園へ。
だいぶヨレていたので、17時をちょっと回ったころに到着しました。
公演に組まれた足場。色が変わるLEDランプ。切り抜き文字。そして大勢の役者さんたち。
役者さんはいきなり観客方向にはけていって、そして今度は三沢公民館に場所を移します。松山のときはまず公民館で、あとから公園に向かいましたが、今回は逆です。

三沢公民館はキャパ千名ちょっとみたいですが。そこにほぼ満員のお客さん。参加者全員が公民館に来たかどうかは分からないのですが。千人以上の方がご参加だったんだろうなと。
ここでも「言葉」のパフォーマンス。そしてあの「雛壇」がありました。さすがに川を流れては行きませんでしたが。あと、天井から電球を落としてそれがぐるんぐるん回っていくのが見事でした。これも松山であったかなぁ。万有さんの公演で見た記憶はあります。 

そして市街劇『田園に死す』は終わり。まだ書ききれてはない事、すでに忘れてしまった事もあるだろうけど、これが*私が見た*『田園に死す』でした。
ほんと、もっと見たかったです。できれば記念館のほうへ足も伸ばしたかったですし。

小さなお店をお借りしての演目もありました。そういうの、通りかかったときは人の気配もしなくて、あとで来ようと思って他所を覗いてから、開演直前に行ったら行列ができて入れなかったのもあったりして、反省点ですな。こんど「市街劇」を見に行く機会があったら気をつけないと。

しかし一方、「出会えなかった事も出会いのうち」かもしれないとも思います。

三沢、いい場所でした。南部弁になるのかな、言葉が柔らかくてやさしい感じがします。そして、ドライバーさんが優しいです。すぐに停まってくれて。逆に「え、私が渡るの、待っててくれてるの?」ってきょとんとするくらいです。まぁ、雪国ですから、雪のシーズンにちょっとでも乱暴な運転をすれば、大事故につながってしまうでしょうし、そういう事情があるのかもしれませんが。

三沢に暮らすのもいいかもなぁ。いや、私みたいな能無しのオッサンには仕事ないだろな。そして、冬は大変だろうなと。
テラヤマロードに2階建ての消火栓がありました。上のほうの消火栓は2階までの高さがあります。大雪のときは上のほうの消火栓を使うのかしら。普通の消火栓も、道路に埋め込まれたタイプではなく、道路から立ち上がってるタイプで、しかもその上に頑丈そうなパイプを支柱に、背の高い、大きな看板が掲げられてました。大雪のときはこの看板のあたりまで雪が積もるのでしょうか。

あと、三沢は初めて太平洋横断飛行を行った飛行機、ミス・ビードル号が飛び立った場所でもあるそうで、それを記念するミス・ビードル号のオブジェが街のあちこちにありました。私は飛行機も好きなのでうれしいです。時間に余裕があったら、その展示があるらしい三沢航空科学館も見学したかったのですが。次の機会にでも。
寺山修司の「人力飛行機」とこのミス・ビードル号とは何か関係あるのかなぁ。

うん、よい町でありましたよ。好きな場所になりました。

今回、夜行バスで当日早朝現地入り、当日夜出発して東京に帰還って強行軍だったせいか、朝、東京に向かうバスの中で、この市街劇がまるで夢の世界の事のように感じていました。ふと考えると、私の夢に出てくる知らない町に、三沢が似ているような気もします。

そしてまた「市街劇」を見る機会があればなと思います。
ほんと、また見たいものです。

ほんと、愉しい、夢のようなひと時をありがとうでありますよ。

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