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2017/07/03

万有公演『レミング』

この前の日曜日は高円寺の座・高円寺で演劇実験室◎万有引力さんの『レミング-壁抜け男-』を観てきました。楽日になります。

『レミング』、万有引力さんの前身だった、寺山修司率いる演劇実験室◎天井桟敷最後の演目です。初演ではないようですが。
寺山修司元夫人で、離婚後も天井桟敷の制作として寺山修司の活動を支え続けていらした九條今日子さんの御著書・『回想・寺山修司 百年たったら帰っておいで』には、病身で動けない寺山を東京に残して関西に『レミング』大阪公演のプロモートに行った九條さんと、寺山との電話での会話が、おふたりが交わした最後の会話になったと書かれています。
また、寺山の本を編むために出版社に入り、現在は藤沢で遊行舎という劇団を主宰されている、寺山修司に関して日本でもトップクラスに詳しい白石征さんの御著書・『望郷のソネット 寺山修司の原風景』には、寺山修司の葬儀で、団員さんたちが『レミング』の劇中歌を歌っていた様子が書かれています。

私が万有引力の『レミング』を観たのは2度目みたい。最初に観たのは2000年のサンシャイン劇場での『レミング』。これは確か万有引力さんの公演というより、どこかのプロモーションで万有さんが出たって形じゃなかったかなぁと思うのですが。ただ、ほとんど記憶になくて。私がWeb日記始める直前で、感想を書いた物も残ってないので。

2015年の12月に、万有引力ではないのですが、維新派の松本雄吉さん演出の『レミング-世界の涯てまで連れてって-』を池袋の東京芸術劇場・プレイハウスで見ています。ファンな青葉市子さんが寺山芝居にご出演という、ちょう俺得な公演でしたので。他の出演者はほとんど知らなかったのですが。(松本雄吉さん、去年お亡くなりになられたようですね。驚きました。謹んでお悔やみを申し上げます。)

で、『レミング』には副題が「壁抜け男」と「世界の涯てまで連れてって」があるようです。
どう違うのかはよく分からないのだけど。両方拝見したわけですが、まったく別物というわけではないようです。寺山の戯曲だと、例えば『さらば映画よ』には「スタア篇」と「ファン篇」があるのですが、それは別物のお芝居のようですが。

さて、座・高円寺へ。今回は10日という長丁場の興行のようです。そして座・高円寺ももうすっかり万有公演でおなじみの場所です。

今回も座席指定制でした。万有独特の、整理番号順にお客さんを入り口に並ばせ、一気に客入れって方式ではなくなりましたな。まぁ、それでもいいと思います。やっぱりそっちのほうが楽だし。
もちろん万有さんですから、客入れの段階でもう役者さんが蠢いてます。舞台上に少女、そして舞台奥の壁に向かって蠢いている男性。
舞台装置は上手と下手に足場、奥に壁。今まで見てきた万有のお芝居にしてはシンプルなほうかなぁと思いました。ただ、その、奥のただ壁だと思っていたのが真ん中が開閉できるようになっていて、役者さんが出入りしてました。この、真ん中が出入り口になってるのは万有では定番ですが。ほかの劇団さんはどうだかよく知らないのですが。

上手の足場の中に演奏コーナーがあるようで、万有公演ではいつものごとく、万有主催のJ・A・シーザーさんが生演奏していらしたと思います。ただ、私の位置からはその様子がよく見えなくて、はっきりとは言えないのですが。この、シーザーさんの場所がいらっしゃるのかいらっしゃらないのかよく分からない場所なのはいつもの事です。前回の『身毒丸』は分かりやすい位置にいらっしゃいましたが。

音響はボディソニック系の体に響いてくるような音がよく使われてました。座・高円寺さんがどのくらいそれに対応できる設備を揃えていらっしゃるのかはよく分からないのですが。

今回、美術・衣装・メイクは小竹信節さんだそうです。あまり詳しくはないのですが、桟敷時代からの方かと。あの『奴婢訓』でもおなじみな「快楽機械」たちを作った方でもあるようです。今回も快楽機械っぽいオブジェがありました。

よく見ると舞台上の少女はウサギを抱いてます。お芝居的にはレミングにしたかったのかなぁ。でもレミングは難しいだろうな(つかペットショップに売ってるのかしら?)と思いました。万有のお芝居だと鶏が出てたのは記憶がありますが、ウサギが出るのは今まであったかしら。
そして、「このウサギって、自分がお芝居に出てるなんて思ってないだろうな」ってふと思いました。お芝居に出てる、自分がお芝居に出てるって意識を持ってない存在。『レミング』の趣向ともリンクしてくるような…。

開演時間が迫ると客席上にも役者さんが現れます。キリスト教の僧衣のようなダークグレーのワンピースにつば広の帽子といういでたち。客入れの時には邪魔になるだろう観客席に置く踏み台を展開していったり。

その開演前のパフォーマンスのとき、舞台の中央部にはいくつかの建物の模型が置かれていました。安アパートみたいな感じの建物です。窓から明かりがこぼれています。私はネオンサインみたいな街明かりより、それぞれの「暮らし」を照らしているような街明かりが好きなので、いい感じでした。

筋立て(一般的なお芝居でいう「ストーリー」とはちょっと違うのですが)は一昨年見た松本雄吉演出版の「世界の涯てまで連れてって」の『レミング』とほぼ同じかなと。中華の見習いコック二人が住むアパートで、いきなり隣室との壁が消滅するお話しと、昔の映画を生きる精神病院入院患者の「女優」の話。このふた筋をメインに、あるときは別々に、あるときは絡み合い。

アパートに住む中華の見習いコックのふたり。「世界の涯てまで連れてって」版では「タロ」と「ジロ」でしたが、今回の「壁抜け男」版では「ワン」と「ツー」でした。公開時期の違いとかあるのかな。「タロ」と「ジロ」のブームっていつごろでしたっけ。
「世界の涯てまで連れてって」版だと女優さんは30年前の映画だけど、こちらは20年前。その違いも面白いかなと。30年は「歴史」に片足突っ込んでる感じがしますが、20年前はまだ「過去」と呼べるかなと。

入れ子模様。精神病院の患者と思っていた人物が医者や看護婦で、医者や看護婦と思っていた人物が患者だったり、その入れ子模様。その混沌。

その「女優」・影山影子役が森ようこさんでした。一昨年の松本雄吉演出版の『レミング』では、宝塚ご出身の方が影山影子役で。そして、2000年の万有の『レミング』でも宝塚ご出身の方がキャスティングされていて、たぶん影山影子だったのでしょう。そういう、「女優」を感じさせる方として、宝塚ご出身の方が似合う役どころなのでしょうか。そして森さんの影山影子役も見事でした。こってりで。
(この2000年のレミングにご出演だった宝塚出身の方も数年前に亡くなられたそうで、驚きました。合掌。)

開演前からご登場のウサギを抱いた少女は、お芝居のイコンのような役どころで時々姿を現します。松本雄吉版のレミングで青葉市子さんの役どころだったような感じ。「みんなが遠くへ行ってしまったら…」とテーマ曲もお歌いになるし。

母親が床下に住んでいるという設定。これはたぶん、寺山修司が渋谷のアパート・松風荘の2階に住んでいて、寺山の母、はつが1階に住んでいたのが元ネタかなぁと思うのですが、どうかしら?
この母親の描かれ方も絶妙で、寺山修司と母親のスタンスが出ていたような気がします。
だいたい「母殺し」をいつも唱えていた寺山修司、しかし寺山のファンが天井桟敷館に初めて行くと、寺山修司の母親・はつが喫茶部の店長さんでいらして、みんなびっくりしたそうですが。「母殺し」はもちろん不可能にしても、別居ですらなく、寺山修司の本拠地である天井桟敷館にに一緒にいる事に驚いたそうですが。「母殺し」は嘘なのかよと。そこら辺のスタンスが、「レミング」に反映してるのかなと。

おととしの見た松本雄吉版のレミングではこの母親役が麿赤兒さんで、今回の万有のレミングも男性が演じてました。やっぱりこの役を女性が演じると生々しくなりすぎるのかなぁと思いました。

寺山修司の演劇は、普通のお芝居のように「ストーリー」が語られる演劇ではないのですが。寺山自身が若いころに自分の戯曲を「詩劇」と読んだとか。そして寺山演劇はさらに「詩劇」を超えて「論劇」とでも呼べる、寺山の思想哲学を感じさせる方向まで行く事もあるのですが。今回の『レミング』はその部分が大きかったかと。寺山の世界観、「虚構」と「現実」観、そういったものが。そういった核心部分が語られているように見えたのだけど。
ただほんと、そこんとこはかすかに気がついたレベルで、なんか凄そうな事だけど、大事な事のようだけど、それの理解までは到達できず、歯がゆさを感じました。2度3度と見れば少しは分かったかもと残念な気持ちもしました。
その寺山の思想哲学、「論」まで行ける部分がやっぱり天井桟敷を受け継いだ万有引力さんの強さかなと。
そして、その、「論」の完成度の高さを感じさせるのは、やはり寺山修司最後の演劇作品だけあるなとも思います。もっと活躍してほしかったけど…

高校時代に寺山修司に出会い、それから岸田秀なんかも読んできて、「人は『虚構』を生きているのかもしれないなぁ」と思うようになってます。そういう方向で私は「世界」と「人間」を理解しようとしています。それにも大きなヒントになったかなと。
ただこの「虚構」を生きるという事の底が抜けて、この国の政治経済のトップの方たちまで独りよがりの「虚構」を生きているような印象を受けることが最近よくあり、「なんだかなぁ」と思っております。っていうか世界的に「ポスト真実」の時代?

終盤、「レミング」の解題がありました。そうか、我々がレミングであるのだなと。集団自殺するレミングの群れであるのだなと。あのシーンがあるとよく分かります。
(レミングは集団自殺するという話は誤解に基づくそうではありますが)

ほんと、万有引力の『レミング』見られて良かったと思いましたし、2度3度見たほうが良かったなと思います。万有引力さんはかけた演目についてもう再演はしないという宣言を出していますから、もう万有の『レミング』を見られる機会はありませんな。ちょっと残念。

万有さんの次の公演は8月に青森県の三沢で市街劇『田園に死す』があります。これは観に行くつもり。
それから11月に『Q』(仮題)だそうです。そちらも楽しみです。

あと、物販で『少女革命ウテナ』の新規音源、『バルバラ矮星子黙示録』を買いました。ウテナはテレビ版を配信で観て、劇場版はまだなのですが。これが初めて買うウテナの音源です。これもまたヘビーローテで聴くようになるかしら?

では、次回公演も楽しみに。

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