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2017/01/31

『この世界の片隅に』(漫画のほう)

『この世界の片隅に』(こうの文代:著 双葉社:刊)
読了。現在劇場アニメが大ヒット中の原作本ですね。映画も見に行くつもりで、その前に原作をと思って読んでみました。

この単行本には2バージョンあります。前後編の2冊組みのとそれよりすこし大きい上中下の3冊組みのと。私は前後編が旧バージョンで、上中下が現行版と思ってましたが、Wikipediaによると2巻ものの方が新装版のようですが。でも現在本屋さんで見かけたのは3巻組のほうだったけど。私は小さいほうの2巻組みのほうを最初に買いましたが、文字が小さくて(特にコマ外の書き込みが)読みづらいので、判の大きな3冊組みを買い直しました。それでもちょっと読みづらかったので、読書用眼鏡を買い直しましたが(笑)

こうの文代さんの作品は『夕凪の街 桜の国』と『長い道』を読んでます。『この世界の片隅に』は、『夕凪の街 桜の国』と同じく、広島に生きた女性の戦前~戦中~戦後を描いてます。
ちなみにこの私のブログに書いた『夕凪の街 桜の国』の感想はこちら、『長い道』の感想はこちらであります。どうかよろしく。

これから以降、ネタバレを気にせず、ストーリーにも触れて書いて行くと思いますので、まず最初に書いておきますが、とても面白く読みました。そしてまた同じくあのころの広島を描いた『夕凪の街 桜の国』と同じく内容のとても濃い、ぎゅっと詰まった作品で、二読三読したい作品です(まだ一読だけど)。
ちょうおススメです。

(以下ネタバレゾーンにつき注意)

本書は北條(旧姓・浦野)すずの昭和9年の少女時代から戦前・戦中、そして敗戦翌年の昭和21年までを描いた作品です。

一読してまず感じたのは、「すずさん、柔和な人だなぁ」って印象でした。彼女の肉親、親しい人も戦火に呑まれて死亡し、自身も重傷を負い。それでもすずは例えば敵の米軍や、自身を戦争に巻き込んだこの国の政府に対してほとんど激高する事はありません。わが身を忘れるほど泣きじゃくり、嘆き悲しむこともありません。もともとすずは少々ぼんやりしたところがあるって性格に描かれていて、だからそれもその延長での反応のようにも理解できるのですが。なぜ怒らないのか、恨まないのか、身をよじって嘆き悲しまないのか、なんかちょっと不思議です。すずだけでなく、すずの家族もまた、そのように見えます。

あのころ、肉親の戦死に対して、あるいは空襲で家族や家を失ったとき、人々がどう反応したか。それの実態はあまりよくはわからないのだけど。
でもなんか奇妙にそれを受け入れ、穏やかであるような印象を受けます。人が突然、そして、若くして亡くなる事が今よりはるかによくあった時代だったにせよ。

戦争がらみだけではなく。ある娼館の女性とも仲良くなり、のちに彼女が夫の浮気相手とわかっても、彼女を憎むでもなく、夫に怒るでもなく、逆に彼女を気遣う様子もまた。どこまで懐が広いのか。それともそういうのを海容していくことが「この世界の片隅に」あることなのかなぁとも思ったり。

すずがいちばん激高するのは日本の敗戦を知ったときでした。雑音も多く、難しい言い回しも多く、『玉音放送』はよく聞き取れなかったという、よく言われる見かける話のあとに。(このなに言ってるか分からない玉音盤を巡ってその直前まで東京では、皇居では、大騒動があったのも岡本喜八の映画『日本のいちばん長い日』で知りましたが。)

そのクリシェ的なエピソードのあと、日本の敗戦を知ったすずは激高するのですが。その理由が自分の家族を奪った英米に対する怒りでも、この理不尽な戦争に巻き込んだこの国の支配層に対する怒りでもありません。彼女の怒りは、この国はまだまだ負けてない、まだまだ戦えるのになぜ?という怒りでした。それにちょっとびっくりしました。

つまり、すずもまた、ほわんとした性格だから気がつきにくかったのですが、お上の言うこの国の『正義』を素直に信じ、従って、そしてこの戦争でも『正義』であるこの国は勝つと信じていたのだなと。そして、その「勝利」のために犠牲になることも受け入れてきたのかもしれないなと。そういう風に「戦争に協力」していたのだなと。そしてそれが崩れたので、激高したのだなと。それに気づかされて、衝撃を受けました。消極的であれ、積極的であれ「反戦」の人ではなかったと。

本作はほんと内容が濃いです。

呉軍港の発展と組織の変遷とかも細かく。軍港に大和がいるって人々が知ってるってのも驚きでした。あのころ大和は極秘の軍艦で、その存在は自国民にも徹底的に秘されていたと聞きますし。でもよく考えたら、地元の人たちは港にでっかい戦艦がいたら分かるだろうし、名前ぐらいは知ってるだろうなぁとも気がつきました。軍港なんかない、それこそ東京なんかの庶民は知らないかもしれないけど。知る方法もないし。あと、重巡洋艦の『青葉』もだいじな役どころで出てきます。

ここらへん、単純に声高に反戦を叫ぶサヨク作品あたりだったら、わざとそういう軍事考証はないがしろにするんじゃないかと思います。
なんか呉軍港のジオラマのプラモデルもアニメタイアップ版が出たそうですが。ほんと、単純な「反戦映画」なら、それもないだろうなと。

そういうがちがちに考証したリアリティもありながら、その反面、奇妙なファンタジー要素もあります。プロローグの人さらい鬼の話とか。人さらい鬼は終わりにもチラと出てきて、そしてすずもまた「人さらい鬼」になると。作品は環になると。

すずはまた、空想力が豊かで、その世界でも生きています。彼女がほわんとした性格なのも半分は空想の世界に生きているせいでしょうし、彼女は絵が得意なのもそのおかげでしょう。空想力をもって、「この世ならざるもの」と繋がる力を持っていると。戦死を告げられた兄。しかし彼女は兄が生きていて南の島で大冒険するおはなしを空想します。兄の死のつらさを和らげるためでしょうか。そういうのって、空想力のひとつの効能だと思うのですが。空想によって「補完」される「現実」。

この漫画をアニメ化した片渕監督の作品は『マイマイ新子と千年の魔法』を見てます。『マイマイ新子~』の主人公、新子もまた空想力が豊かで、その空想力をもって、千年前の少女とも繋がることができます。そして『マイマイ新子~』もまた、「現実」では苦い、苦しいエピソードもまた語られます。(『マイマイ新子~』の私の書いた感想はこちらです)そういう(ほろ)苦い世界に住む空想力の豊かな(少)女、そういう世界が片渕監督のお好きな、アニメ化したい世界かなぁと思います。

『この世界の片隅に』、とても面白かったです。もちろんアニメも見に行こうと思ってます。
ただ、あたしもすずさんっぽいぼんやりした性格なので、気がついたら終わってたなんて事のないように…。

またこうの文代さんはあのころの広島を舞台にした作品をお描きになるのかしら。
なんとなく「ライフワーク」として続けて行かれるような気もするのですが。
そしてまだ未読のこうの文代作品も、少しづつ読んでいこうかなと思ってます。

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