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2016/12/16

惑星ムラリス『あたま山心中』

12月11日の日曜日は、下北沢の本多スタジオで惑星ムラリスさんの『さようなら、こんにちは公演 あたま山心中~散ル散ル、満チル~』を観てきました。楽日になります。

惑星ムラリス、演劇実験室◎万有引力の村田弘美さんのユニット。村田さんはよく実験公演をなさってきたのですが。私が「惑星ムラリス」名義での公演を初めて拝見したのは、この自分のブログを紐解くと2008年の8月、『歌うシンデレラ』公演でした。

お芝居もだけど、趣向もとても面白くて。場所は小田急玉川学園前の住宅街にある、2階がワンフロアのアトリエになってるしもた屋でした。そこまでちょっとわかりにくいので、いろんな扮装をした案内役のかたがいらして、道すがら、とても楽しかったです。お茶のコーナーもあって。

ちょうどその秋だったかな、万有引力さんたちや月蝕歌劇団さんたちが松山で「市街劇」を行う予定で、私も見に行くつもりで。その前哨戦って感じもしました。

惑星ムラリス公演はいろんなスタイルがありました。普通のお芝居から音楽と朗読のとかも。それぞれに楽しかったです。
そして今回はなんと!村田弘美さんが臨月での公演。これでムラリス公演は最後か、しばらくお休みになるのかしら。だから「さようなら、こんにちは公演」なのかなぁ。そう思いました。そして臨月ということで、公演はとても楽しみなのですが、村田さんあまりご無理しないといいなと僭越ながらそちら方面で少々ドキドキしてました。ほんと、休演になるならそれもぜんぜんかまわないからと思ってました。

いや、ただの「観客」としてとても僭越なのですが…。

会場の本多スタジオはGoogleMapにプロットしておいたので、そう迷わずたどり着けました。
GoogleMapを使うときのコツは、「自分の感覚より計器を(つまりMapを)信じろ」ですな。飛行機の操縦でもよくそう言うそうですが。

2階建ての1階は酒場になってそうな木造モルタルの建物の2階部分をぶち抜いてスタジオにしたような感じ。黄色の看板をなんか見たような記憶もあるのは、小田急線がまだ地上にあったころ、車窓から眺めたことがあったからかなぁと。

本多スタジオさんは普段は稽古場として使われてるそうです。小学校の教室を思い出した板張りの床。
そして、大道具は大きな桜の木が一本。幹が丸く、妊婦のお腹のようにせり出していました。桜の花もとてもリアルに作られていて、造花だそうですが、なんか温室物の桜の枝でも使ったのかなぁと思うぐらい。

開演前は劇場に雑踏のような、それこそ開演前の大劇場のような、ざわざわとした音が流されていました。
なんか予約したお客さんが揃わないとかで、開演時間がすこし延びました。それは以前のムラリスさんの公演でもあったかなぁと。アットホームなスタイルです。

そして開演。

今回の『あたま山心中』、万有引力の井内俊一さんと村田弘美さんのふたり芝居だそうです。演劇実験室◎万有引力の男優女優陣では、男優でいちばん好きな方が井内さん、女優でいちばん好きな方が村田さん、なので、ちょう嬉しいです。

開演直後はどうやらおふたりはおとなになったチルチルとミチルのようです。青い鳥を探しに行く旅に出発するところみたい。そこからおはなしが始まります。といっても普通の物語ではない、シュールな筋書き。そしてまたこれも「詩劇」と呼ぶべきスタイルかなぁと。

「あたま山」。落語の噺ですね。頭から桜の木が生えてきた男。桜が咲くとお花見の人たちがどんちゃん騒ぎ。それが五月蝿いってんで木を引っこ抜くと、それが池になって、その池で遊ぶ人がまた五月蝿い。それを悲観した男はその池に飛び込んで死んでしまうと。
あたしが最初にこの話を知ったのは、子供向けに書き直してあるもので、さいごの男の自殺はカットされていましたが。

よく考えるとなんか不思議なお話です。その絵が具体的に想像できません。子供向けに書き直した話では、桜の木を生やした男が大きく、花見客なんかは小さく描かれていましたが。それもまたほんとは違うんだろうなと。だいたい最後の自分の頭の池に自分で飛び込んで自殺するって、なかなか絵面が想像できません。ウロポロス(?)みたいな感じ?そして最後は消えてしまうのかな。

こういう絵面ではなく、なんていうのかな、画像として想像しにくい、「言葉の上だけ」の想像力的なもの、って、人間にはあると思います。他に思いつく例は筒井康隆の『虚航船団』なんだけど。『虚航船団』には、文具が乗組員をやってる文具船という宇宙船が出てくるのだけど、文具に手足の生えたような安直な擬人化キャラでは想像できません。絵面として想像はできないって、ふしぎな感触がしたのだけど。

『あたま山』もそんな世界観のものに類するような気がします。

お話の最初のほうではどうやらチルチルとミチルのような井内さんと村田さん、なんか笑えて奇妙なやり取り。しかしその役どころはなんか変化していって。不条理のような条理な感触。不条理なんだけど、不条理としては筋が通ってるという感じ、って言えばいいかな。
例えていえば、まどろんでいるときの、意識が朦朧とした世界のような気がします。なんか奇妙に非現実的にロジックがつながった心地がするけど、でもそれもうたかたのように消えてしまう。なんかそんな感触に近いような。

最初は笑うような展開、でもどこか暗さも感じさせるものがチロチロと現れてきて、お話が進むにつれ、その暗さが増してきて…。
おふたりはコメディリリーフ的な部分もあるのですが、そしてそれが私がファンである理由もあるのですが、だからこそ、最初は可笑しく、しかしすこしづつ重くなっていくお芝居も印象的でした。

たぶん、本作における「現実」は、ラストシーンでのふたりの関係なのでしょうが。(それも違うって可能性もあるけど)
でも、もう、「現実」とか、どうでもいいかなと。このお話の展開でさまざまに変わっていって、展開していったふたりの関係こそが「現実」ではないとしても「真実」なのかなと。
そして最近私は私の人生でも、「現実」なんてどうでもいい、夢想こそ大切、って方向になりつつありますし。「現実」から開放されて自由に遊べるココロがほしい。現実なんて飯食って体を動かして幻想に生きるための動力源に過ぎないかもしれないなと。

『あたま山心中』、楽しみました。ほんと、面白かったです。
そしてまたできたらで構いませんから、惑星ムラリス企画もまたやってほしいなと。

そして、僭越ながら、もうすぐこの世界にやって来る村田さんのお子さんのこと、心から祝福しております。
できたらこのオッチャンとも仲良くしてくれる機会があればいいなぁとずうずうしくも思っておりますよ。

「せかいはかなしいことばかり
だから いっぱいにしなくちゃ!
かわいいもので
(ワタシヲ)
キレイなもので
(キズヅケナイモノデ)
ねえ そうでしょ?
ねえ…」
(鈴木志保『ヘブン…』)
なんてね。

では、また、いつか。

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