« 青葉市子『マホロボシヤ』 | トップページ | 萩原朔美さんの写真展 »

2016/10/29

萩原朔美さんのトークショー

昨日は新宿御苑のRED Photo Galleryさんで萩原朔美さんのトークショーを拝見してきました。
今、RED Photo Galleryさんでは萩原朔美さんの写真展をやっていて、それでのトークショーです。

萩原朔美さんは萩原朔太郎のお孫さんにあたる方。そして寺山修司ファンの私としては、寺山修司の演劇実験室◎天井桟敷の初期に俳優として入団され、そののち演出をお勤めになった方として寺山修司と縁の深い方と認識しております。そしてその後は伝説の読者投稿雑誌・ビックリハウスのお仕事もなさった方でもあります。

当日は萩原朔美さんともうお一方、写真家さんとのトークショーでした。

トークショーのフロアには朔美さんがiPhoneでお撮りになった道路の丸い物体の写真が小さい真四角のプリントでずらりと並べられています。測量の標識とか、小さな排水口とか、単純に水か何かが丸い模様を作っているのまで。

いちばん興味深かったのは「定点観測」のお話でした。

萩原朔美さんの映像作品に「TIME」というのがあります。1個のリンゴが朽ち果てていく様子を1日1コマ1年間に渡って撮影したのを一本の映画にまとめた作品です。その話を聞いたとき、その手間のかけ方に「どひゃ~!」って驚きました。その完全版は現存してないそうですが、その一部は萩原朔美さんの上映会で拝見することができて嬉しかったのだけど。

たとえば、映像作家の かわなかのぶひろ先生との映像による文通『映像書簡』シリーズ(ちなみにこれに触発されて寺山修司が谷川俊太郎と始めたのが『ビデオレター』)の一本に、朔美さんが小さいころ、母親と電車を眺める様子を撮ったのとまったく同じ場所、同じアングルで成人した朔美さんが撮った写真が出てくるシーンもありました。

そういったものは「定点観測」であったのだなぁと改めて気がつきました。

朔美さんの「定点観測」は2つのパターンがあるようです。

ひとつは同じもの、たとえば樹木とか建物とかを同じ構図で長年月に渡って撮り続けるパターン。
もうひとつは同じようなもの、たとえば道路に描かれた標識とか、飾られていた写真のような「道路の丸いもの」とかを見つけて撮りまくるパターン。

この「定点観測」、私もちょうおススメです。私は写真じゃないですけど、いくつか「定点観測」となった経験があります。熱海駅頭三十年とか、イメージフォーラム卒展二十数年とか。その変化を思い返すの、楽しいものです。
ほんと、若い衆にも大おススメなんだけど。ただこれって、歳いって振り返ってから初めて私も気がついたので、若い衆にはなかなかわからないだろうなと思うのだけど。

そして、萩原朔美さんが仰っていましたが、その定点観測の100年物とか見てみたいなぁと思います。人の一生より長い時間のも。

そして「定点観測」をするためには、その前提として「町を読む」能力があったほうがいいと思います。

寺山修司は「町は開かれた書物である。書き込むべき余白がいっぱいある」というような言葉を遺していますが。私は「読むべきところがたくさんある」とちょっともじって座右の銘にしています。
ただ、これは訓練しないと身につかないかもしれないなと思います。私自身はあるきっかけがあって、一時期、そうするように気をつけて「町を読む」コトをおぼえたのだけど。
そうして「町を読む」習慣が出来たら、町はいろいろ面白いものを見せてくれます。もちろんもっと読める人もいるだろうし、そういう人はもっとたくさんの面白いものを町を読みながら見つけられるのだろうけど。

そ、「町を読む」事もちょうおススメです。

あと、萩原朔美さんの、なんていうのかな、自分をネタにする、自虐的な態度のお話も。
まぁ朔美さんは太宰系のイケメンさんですしねぇ。天井桟敷に入ったのも美少年焼くとしてですし。だから太宰みたく自虐がかっちょいいんだろうなと。あたしみたいなキモメンはさ…(ぶつぶつ)

あと、映像作品の『左からやってくるもの』の上映もありました。これは今年のイメージフォーラムフェスティバルでも上映され、私も拝見した作品ですが。まだ半年くらいしかたってないのに、けっこう忘れてしまってるなぁと…。

小一時間ほどのトークショー、楽しかったです。

RED Photo Galleryさんは朔美さんの写真展のためにもう一度訪れないとなと。
トークショーでも伝わってきましたがとても面白そうな写真展です。

|

« 青葉市子『マホロボシヤ』 | トップページ | 萩原朔美さんの写真展 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 青葉市子『マホロボシヤ』 | トップページ | 萩原朔美さんの写真展 »