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2016/08/13

映画『シン・ゴジラ』

『シン・ゴジラ』を観てきました。観ようかなと思っていましたが。大ヒットしてるそうで、私は混雑は苦手なので、もうちょっとして映画館が空いたころに観に行こうかと思っていたのですが。ただ、ツイッターのタイムラインでも言及がぼちぼち見られ、ネタバレも少々怖くなってきたし、もう早いとこ観とこうかなと思って重い腰を上げました。

前日にネット予約したのですが、もうまともに席も残ってないだろうと思ったら、けっこう空いててありがたかったです。コミケ効果かしら?
しかしまぁ、「映画ってのは思い立った時にふらっと観に行って、席も好きなところ座って観るものじゃなきゃヤダ」ってずっと思ってたのですが、席指定で予約ってシステムにもだいぶ慣れてきましたな(苦笑)

後のほうでネタバレを気にせず書いていきたいので、先に書きますが、とても面白かったです。おススメかと。観る人によって好悪が分かれる作品でもあるようですが。

『シン・ゴジラ』は庵野秀明監督作。もちろんエヴァンゲリオンシリーズの監督さんですが。
そういう意味で私の中でも課題的なものがあって、『シン・ゴジラ』もそういう部分からも「どうなってるのかなぁ」と思ってました。

もちろんエヴァゲリオンシリーズは大ヒット作品ですけど。そのヒットの原因は、もちろんお話の作り方、見せ方のうまさとか、ちりばめられた謎とか、そういう部分もあると思いますけど、オタクが抱えがちな「コンプレックス」を絶妙に痛痒く突いてくる部分も大きかったのではと思ってます。
それはオタクのような人たちが感じがちな「自分の居場所のなさ」なんじゃないかと。私はそう解釈してます。

それは「自意識過剰」のせいかもしれないけど、オタクはコミュニケーションが苦手で、自分を「はぶられ者」と思ってしまうことが多いと思います。世の中に自分の居場所がないと感じることが多いと思います。

「物語」はもちろん、そういった人たちに向けて作ったりする部分も大きいと思うのですが。
そういう「物語」の中でバトル要素があるもので、でそういう「自分の居所のなさ」を癒すストーリー展開の王道パターンが、主人公がある集団、あるいは誰かのために「戦う」ことで、自分の存在価値、そして居場所を見つけるというパターンではないかと。
テレビ版エヴァンゲリオンなら第拾九話『男の戦い』、新劇場版ヱヴァンゲリヲンなら『破』がその主人公が「自分には居場所がある」と自分を取り戻すために戦うクライマックスの回であったと思います。使徒にKamikaze攻撃をかけようとする綾波レイ、彼女の姿を見たシンジ君はレイを助けるために戦おうと決意する、と。私にも涙なくしては見られないシーンです。世間一般的な価値観、そして大義、「人類を救うため」には戦う気が起きなかったシンジ君も、レイを救うためには戦うことを選ぶ、と。

そして、ちょう御都合主義的にこのとき戦うシンジ君は「ブチ切れ無双」モードに入ります。
ほんとそれは「気合さえあれば竹やりでB-29を撃墜できる」と信じていた、かつての日本人の夢想の具現化でもあるのだろうけど。

しかし庵野監督の凄いところは、たぶんですけど、そういう、他者のために行動すること、何かのために戦うことによって「自分の『居場所』を見つ ける」展開を「こんなの嘘っぱちだ!」としてしまったことにあると思います。TV版エヴァなら第拾九話からの展開はそれからグデグデの極に向かい、新劇ヱ ヴァでは『破』で救われそうだったシンジ君の立場を『Q』でどんがらがっしゃんとちゃぶ台返ししてしまった。

私も心の底ではそういう「救済」を求めていながら、「嘘だ、(少なくとも)私にはありえない。これは私の『物語』ではない」と感じていたと思います。だからその展開に嫌悪を感じながら、目を離すことができなかった。その、目が離せなかった大きな原因は、「それが「嘘」と思うなら、ほかにどんな「救済」がありえるの?」って疑問に、庵野監督はなんらかの答えを提示してくれるかもという『期待』からでした。

でも前に書いたように、旧エヴァはその解答を出す試みに頓挫し、新劇もその解答を示してくれるはずのQ以降の続編にまったく音沙汰がありません。これを私は自分では『ポスト・エヴァ』問題ってこれかなぁと思い、つらつらと考えたりしてきたのですが。
だから『シン・ゴジラ』にその何らかの「答え」の一部でも見られるかなぁと。

さて、閑話休題。話を『シン・ゴジラ』に戻して。

あ、あと、私はゴジラシリーズは最初のと、あと小さいころの怪獣プロレスのころのゴジラを観てる程度。それからのリメイク版ゴジラとか、ハリウッド版ゴジラはほとんど知らないのだけど。もしそれ前提じゃないとわからない部分を勘違いして書いてたらごめんなさい。

(以下ネタバレゾーンにつき)

『シン・ゴジラ』は最初の劇場版ゴジラのリメイクのようです。つまり、人類に敵対する怪獣をやっつけてくれるゴジラではなく、また、他のスーパーヒーロー物みたいに人類の敵であるゴジラを倒すために異界からゴジラと戦えるだけの能力を持つスーパーヒーローがやって来るというお話ではなく。「人類」がその「力」だけをもってゴジラを倒すというお話。

庵野監督的には本作はテレビ版エヴァンゲリオンの『ヤシマ作戦』とその第一作『ゴジラ』のハイブリッドかなと。『ヤシマ作戦』を簡単に想起できる対ゴジラ作戦名。そして音楽もまたヤシマ作戦で印象的だったあれとゴジラの音楽が二本柱で。だからまた庵野監督的にはエヴァ番外篇とも言えるのではと。

その、「ゴジラ退治」の物語を、それに関わった官僚目線で描いた作品でした。役人目線で描く、しかもウェットな「ホームドラマ」要素を排除してドライに描いたというのは、ちょう難易度が高かったと思いますが、それをとても面白く描ききった庵野監督はやっぱりすごいなぁと。
岡本喜八監督の『日本のいちばん長い日』に影響を受けたとする関係者の方のインタビュー記事をネットで読みましたが、たしかに『敗戦』という日本が「初めて」経験する事象に右往左往する政治家や軍人、官僚の姿を描いたという意味においても、似てるかなぁと。

さて、先に書いた、私がこの映画に持っていた「課題」なのですが。いちおう、ゴジラの打倒手段を模索する対策チームの面々は、官僚なんかの「はみ出し者」から編成されたとなっていますが、そこらへんの話はさらっと流されてたかなと。主人公の官僚も最初は空気の読めない持論を持ち出してきたりする(そして後にそれが本当だと判明する)人物ですけど、シンジ君みたいに周囲から孤立してしまって孤独感に苛まれたり、その反動で自閉するような人物ではありません。

ま、早い話が、「そんなの気にしてたってしょうがないんじゃない」というメッセージかもしれないなぁと思いました。身もフタもないけど…。それに「もう『ヲトナ』なんだからさ」とか「自意識過剰はもう『卒業』したら」って言葉をつけてもいいかなと。私も最近、このオッサンからそろそろ初老に入ろうって年齢になって、なんとなくそうだなぁと思えてきました。
ただ、エヴァシリーズでそういう話に持って行ったら、確実に庵野監督は袋叩きに遭うでしょうから、エヴァシリーズではない『ゴジラ』にそのメッセージを込めたのかもです。

ま、私はそう「解釈」しました。異論のあるムキもございましょうが。

あとはいろいろ気がついたこととか思ったこととか。

エキストラさんの中に『ガールズ&パンツァー』のリュックを背負った人がちらっと移ってました(勘違いかもしれないけど。だったらごめんなさい。『ガルパン』の秋山優花里が劇中で使っていたリュックのレプリカ品です。演出なのかなぁ、それともエキストラさん個人のお遊びなのか。「集団(モブ)」であるべき、「個人」として目立つべきじゃないエキストラに「オレがオレが」のエキストラさん、そういう「自意識」を巡る関係もまた、私がこの映画を観た「動機」と絡んでるような気がして面白く思いました。

本作を福島第一原子力発電所の事故と絡めてる方もいらっしゃいました。確かに想起しないほうが無理な相談というもの。そして本作では官僚たちに好意的に描かれていますから。保身とか出世の野心とか、ヲトナのヂヂョウを含めて。それに不快感を持たれた方もいらっしゃるようですが。

私はま、それでいいんじゃないかと思います。清濁併せてこの「民主主義」社会のありようじゃないかなと。そのシステムの中、どっか腐ったところもあるかもしれないけど、それでも最大限の努力をしてこの国を守る、それが民主主義国家かもしれません。役人や政治家をデフォルトでわれわれ民衆をオノレの欲のため搾取するもの、苛むもの、と考えすぎるより。

何よりもまず、お互い我欲も持つ『人間』であると。その上で信じること。そして、そうすれば、政治家もいい人が揃うんじゃないかと。対立ムードの中、お互い勝手にやるより。
そう認めることが、そういう認識が、先の『居場所』を巡る問題にも絡んでくるかなと。

先にも書いたように音楽は『ゴジラ』第1作と『エヴァンゲリオン』の劇伴のアレンジ版でした。オープニングに音楽を使わなかったり、工夫してたと思います。
でも、ゴジラの劇伴、私の大好きな『自衛隊マーチ』がなかなかかからないなぁ。使われないのかなぁと思ってたら、終盤ここぞという時に使われて、感涙でした。

パンフレットを見ると出演者の中に原一男のお名前が。『ゆきゆきて、神軍』の原一男監督なのかしら?だとすれば、そちら方面の影響もあると解釈すべき部分もあるのかなぁ。去年の今頃、名画座で『ゆきゆきて、神軍』を観て、かなり失礼な感想を書いた身としてはいろいろとアレ、ですが。

ちなみに私は去年8月のキネカ大森の終戦記念日企画のひとつとして岡本喜八『日本のいちばん長い日』と原一男『ゆきゆきて、神軍』の2本立てを初見で観たのだけど。このように奇しくも2本とも『シン・ゴジラ』とご縁のある映画。面白い巡り合わせです。

女性陣の配置が、エヴァの綾波レイと赤木リツコを合わせたような方と、アスカ・ラングレーと葛城ミサトを合わせたような方で、これもまたエヴァを意識していたのかなぁと。やっぱりあたしはレイ派ですわ(笑)

最近の映画はリピーターを増やすって方向に行ってるのかなぁと思います。昨夏の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』とか、『劇場版ガールズ&パン ツァー』とか。私もリピーターしたいですけど、なかなかに懐具合が…。
ブルーレイが出て、お手頃価格で、懐が暖かい時なら買いたいなと。

パンフレットは買いました。なんと「ネタバレ注意」ってトレーシングペーパーで帯がかけられてます。そこらへん、機械でできるのかな、手作業かな、手作業だとだいぶ手間がかかったんじゃないかと。

続編も作られるといいなと思ってます。あのゴジラの「再起動」でも、クローンゴジラでも、いくらでも話が作れるようにしてありますし。いっそのこと、あのゴジラを「素体」にしてエヴァみたいにパイロットが搭乗して敵と戦うってのも面白いかなぁ。

最後にもう一度書きますが、『シン・ゴジラ』、わたくし的に超おススメです。
2度3度と見ればまた新たな発見もあるかなぁと思います。
うーん、やっぱ、もう何度か観たいなぁ。

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