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2015/12/07

昭和精吾さんのお別れ会

昨日、12月6日は新宿・シアターPOOへ。この夏に急逝された昭和精吾さんのお別れ会に行ってきました。

昭和精吾さんは寺山修司率いる演劇実験室◎天井桟敷に在籍していらした方。あの伝説の「力石徹の葬儀」で弔辞をお読みになった方だとか。
そして寺山修司没後は「寺山修司の語り部」「天井桟敷の語り部」として、寺山修司の短歌や詩の朗読、天井桟敷のお芝居の一節、そして当事の思い出話などの公演をなさってきた方です。

初めて昭和さんの公演にお伺いしたのは、自分のネット日記で検索すると、2002年の5月4日、初台・The DOORSでの『われに5月を』公演だったようです。それから最後の公演になってしまった今年8月15日のザムザ阿佐ヶ谷での『「寺山修司をうたう」~思ひ出の沖縄ジァン・ジァン公演より~』まで、何度か公演を拝見してきました。

その、昭和精吾さんが今年の8月29日に急逝されました。

連絡があったのは9月頭だったと思います。携帯にメールが来て、最初、なにが書かれてるかよくわかりませんでした。そして、その意味が頭に入ってきて、衝撃を受けたのを憶えてます。だって、8月15日の公演でも、昭和さんはお元気そうでしたし、そんなこと思いもよらなかったから…。

その、昭和精吾さんのお別れ会でした。
6日にお別れの会があったのも、いつもの公演を予定して予約してあったからだそうです。
切ないのですが。

受付で追悼パンフレットを頂きました。力作であります。
そして入場。

舞台には下手に昭和さんの公演でおなじみだった脚立に昭和さんの上着とグローブがかけられ、上手のテーブルに昭和さんの遺影が置かれ。

今回は昭和精吾事務所のこもだまりさん、イッキさんのおふたりのトークと、そして、昭和さんの公演の映像、音声、が流されました。天井桟敷時代の昭和さんの音声から、最後の公演となった8月15日の公演の映像まで。あの時、あれが最後になるなんて、思いもよらなかったです。正直言って暑い最中でだいぶヨレていました。もっと真剣に、一言一句見逃さないよう、聞き逃さないよう、心に焼き付けておくべきだったと思います。

ゲストとして萩原朔美さんがお見えになり、「昭和精吾への弔辞」をお読みになりました。
これは去年の12月の昭和さんの公演で読まれた物。

あとはご歓談というで、いろんな方といろんなお話しをしました。
これも昭和さんの導いてくれたご縁であります。
当日はフリードリンクで、おいしいお料理も出て、ちょっと呑みすぎたような…。

そして最後は沖縄からお越しの網走五郎さんのスピーチで〆でした。

ただ、正直言って、まだ昭和精吾さんがいなくなったって信じられません。
頭ではわかってるのですが、まだ心がそれを受け入れてないというか。
しばらくは「こんどの昭和さんの公演はいつかなぁ…」って自然に心に浮かんできそうです。
たぶん、これから少しづつ心が受け入れていって、その時々に心がちくりとするのだろうなと思います。そして、それは、受け入れていかねばならないことであると。

だいじな事は。

昭和さんから頂いたものを血肉にして、のちの人たちにもお伝えできたらいいなぁと思っています。いやそれは私の手には余ることでありましょうが。分不相応の想いですな。

さようなら、昭和精吾さん。ありがとうございました。
ほんとうのさよならを言えるのは、もう少し先になりそうですが。

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