« 冥土への手紙 第二夜 | トップページ | 武蔵野三大湧水池 »

2015/10/14

白石征『望郷のソネット 寺山修司の原風景』

『望郷のソネット 寺山修司の原風景』(白石 征:著 深夜叢書社:刊)
読了。白石征さんの寺山修司本です。

白石征さんのお名前を知ったのはいつかしら。もうだいぶ前です。白石征さんは寺山修司の本を作るために出版社に入ったというほどの方で、寺山修司についてトップクラスにお詳しい方だと。そして今は、藤沢で遊行舎という劇団を主宰していらっしゃるとか。そうある方に伺いました。

その、寺山修司にとてもお詳しい白石征さんの、寺山修司についてお書きになった本が読みたいなぁとずっと思っていました。その待望の本がこのたび刊行されたと知って、喜んで本屋さんに注文しました。

本書は白石征さんがあちこちにお書きになったものを纏めたアンソロジー形式になってます。
目次は以下の通りです。

Ⅰニースからの絵葉書
「十九歳のブルース」のこと 寺山修司とボクシング映画
「少年歌集・麦藁帽子」の頃
「母物映画」と寺山修司
寺山修司と石童丸 「旅役者の記録」

Ⅱ見果てぬ夢
「見果てぬ夢」について
寺山修司の抒情について 『寺山修司詩集』
ことば使いの名人
寺山本への道しるべ
寺山修司におけるリトールド 『新釈稲妻草子』をめぐって

Ⅲ疾走が止まる時 編集ノート
世界で一ばん遠いところ 『悲しき口笛』
六〇年代の寺山修司 『負け犬の栄光』
ボクシングのように語った寺山修司 『思想への望郷』
エチュードの頃 『寺山修司の忘れもの』
「家なき子」のソネット 『五月の詩』
裸足で恋を 『恋愛辞典』
疾走が止まる時 「墓場まで何マイル?」

Ⅳ寺山修司のラジオ・デイズ 地獄めぐり
「中村一郎」「大人狩り」
「鳥籠になった男」「大礼服」
「いつも裏口で歌った」「もう呼ぶな、海よ」
「恐山」
「犬神歩き」「箱」
「山姥」
「まんだら」
「黙示録」

Ⅴ寺山修司、オン・ステージ 悲しみの原風景
説教節と寺山修司 寺山演劇のバック・グラウンド
夢と現実の戯れ 寺山版太平記のコンセプト
「瓜の涙」 アダプテーションの魅力
「十三の砂山」 再創作への挑戦
「鰐」 かくれんぼの鬼への悲哀
「中世悪党傳」 世俗の権力を空洞化する民衆の想像力【インタビュー】
寺山さんの底にある悲しみの原風景【インタビュー】

Ⅵ遊びをせんとや生まれけむ
「不幸」を生きた寺山修司
九條今日子さんとの「仁義」のこと
遊びをせんとや生まれけむ

あとがき
初出一覧

となってます。

「Ⅲ疾走が止まる時 編集ノート」は白石征さんが編まれた寺山修司のアンソロジーにつけられた解説の再録のようです。
私も白石征さんが編まれた寺山修司のアンソロジー本を何冊か持ってます。宝物です。

「Ⅳ寺山修司のラジオ・デイズ 地獄めぐり 」は以前出た寺山修司のラジオドラマCD集につけられた解説のようです。寺山修司初期のラジオドラマのお仕事、残念ながらそれにはほとんど触れたことがないのですが。このCD集がリリースされたことは知っていたのですが、なかなか手が回らなくて。欲しいなぁ、聴きたいなぁ…。

ほんと、本書には寺山修司の、まだ題名すら知らなかった本もいろいろと紹介されていて。とても読みたいなぁと。

「Ⅴ寺山修司、オン・ステージ 悲しみの原風景 」は、白石征さんの演劇活動についての解説。白石征さんの劇団・遊行舎、遊行かぶきになるのかな。ここら辺はあまりよく存じ上げなくて、ごめんなさい。
白石征さんはスタンダードな、なんていえばいいのか、天井桟敷にかけられていたようなお芝居はなさっていないご様子だったので、オリジナルのお芝居をかけていらしたのかなぁと漠然と思っていましたが。でもそれもまた寺山修司の遺したものをアレンジして上演されていたとか。ほんと何も知りませんな、私。

ここで『石童丸』に関しての白石征さんのご指摘にはっとさせられました。『石童丸』。中世の説話。出家した父を探して旅に出る少年。父親らしき聖に会うことはできたけど、しかし聖は俗世を断ち切るために石童丸の父親は死んだと告げる。失意のうちに母親の元に戻ってきた石童丸。しかしその時、母親もまた亡くなっていて…、という物語。この物語を寺山は愛読していたと。

それはもちろん、父を戦病死で失い、母もまた米軍キャンプに働きに出て、孤独だった幼少時の寺山修司の姿でもあったと。だから石童丸や母物映画に大いにシンパシーを感じていたと。そして「母物映画」、母子の生き別れを描いた映画への寺山の傾倒。

ここ数年、才能とは「欠落」ではないかと思うようになってきました。「欠落」ばかりが「才能」ではないとは思ってますが。
人はその「欠落」を埋めようとして何かを創り出すのではないかと。「現実」に対する違和、苦痛といったものを埋め合わせようと「創作」するのではないかと。そして寺山修司のその命を削るような壮絶な創作人生というのは、その父を失い、母に去られた「欠落」を埋め合わせようとするものではなかったかと。

そして、寺山修司の創作が、そういう「欠落」に基づいていたからこそ、同じようになんらかの「欠落」を抱え込み、それに苦しむがゆえに、それを埋め合わせようと表現活動を行っている人たちの導き手となり、「おくすり」になっているのかなぁと思うのですが。(以上はあくまで私見です。念のため)
だから、私も、寺山修司がたいせつな「おくすり」になってくれてます。創作活動はこうやってブログ書くぐらいなのですが。

『懐かしのわが家』。寺山修司最晩年の詩。不思議な感じのする詩。死に臨んだ人の詩というより、これから人生が開けていく人の書いた詩にも見える作品。それに関する白石征さんの論考もいくつかあって、とても興味深かったです。

『懐かしのわが家』の「外に向かって育ちすぎた桜の木が/内部から成長をはじめるときが来たことを」というくだり。それは肉体が滅びてもその「言葉」が、寺山修司の作品に触れた、のちの人々の中で育っていくということ。それを信頼し、託するということ。だから、己の命を削っても、作品を創っていった寺山であるのだなぁと。
ある映像作品で「寺山修司の弟」、偏陸さんが「寺山の子供たちを探したい」とおっしゃっていたのも、そういうことだったのだなぁと気がつきました。寺山の肉体は滅びても、その「ことば」は波紋のように拡がり続け、「寺山の子供たち」があちこちで現れていると。

あとそれと寺山修司の文体を「ハードボイルド」と形容したくだりがいくつかあって、はたと膝を叩きました。
私は高校時代、演劇部の部室に転がっていた角川文庫の寺山修司の戯曲集から寺山修司の世界に入っていったのですが。同じころまた、“ハードボイルド”小説や冒険小説にも傾倒していきました。この二系統が私の読書の根っ子なんですが、通底していたのだなと思いました。

しかし、本書を読んでまたつくづくと思ったのは…。寺山修司が今も生きていて、80歳を迎えていたらどのようだったのか。「かえる場所」を見つけ、「家出」を卒えて、そこで過ごしていらっしゃるのか?それとも「一生家出」の境地で「家出」をまだ続けていらしたのかなぁ?
そこのところは早死にしてずるいなぁと思います。同じ「家出人」として、寺山修司の年齢を超えた私としてはそう思ったりもします。いや、それは自分で答を見つけなきゃいけないのでしょうが。

ほんと、寺山修司についてはもっと読みだい知りたい分かりたいです。
白石征さんのご本ももっと読みたいです。
また出て欲しいと切に願ってます。

|

« 冥土への手紙 第二夜 | トップページ | 武蔵野三大湧水池 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 冥土への手紙 第二夜 | トップページ | 武蔵野三大湧水池 »