« あそぶ!ゲーム展stage1 | トップページ | 冥土への手紙 第二夜 »

2015/10/08

『泰平ヨンの航星日記』

「泰平ヨンの航星日記〔改訳版〕」(スタニスワフ・レム:著 深見弾&大野典宏:訳 ハヤカワ文庫)読了。SFです。

「泰平ヨン」はずいぶん前、中学生のころから知ってました。学校の図書室にあったSF入門書からと記憶しています。
今はどうか知らないのだけど、あの頃はSF入門書や雑誌のSF紹介記事がよくありました。(私のSFの知識は九割方はそういうのの受け売り、「知ったかぶり」なんですけど…)

そのころから憶えていました。なんせ変な名前ですもんね「泰平ヨン」って。だから記憶に残っていたと。ただ、気にはなってはいましたが、ずっと読まずにきて。ちょっと前にハヤカワ文庫からこの改訳版が出たと知って、読んでみました。

しかし「泰平ヨン」って奇妙な名前ですが、どういう由来なのだろうかと。「泰平」とわざわざ漢字にしてるから、大事な意味があるのではないかと。大事な意味がないなら、「ピース・ヨン」(英語なら)みたいな感じにしちゃうでしょ。

たぶん原語的になにかのもじりで、それを活かすためにわざわざ漢字を当てたと思うのですが。訳者あとがきにでも解説はあるかと思いましたが。ネタバレを先にしちゃうと、訳者あとがきにもその解説はなかったです。ちょっとがっかり。

いや、閑話休題。

本書はタイトル通り、作中人物の泰平ヨンの時空旅行の記録という体裁になってます。連作短編集。

巻頭にこの日記の編者らしき複数の人物による序文や序論や覚書きが添えられてます。訳者あとがきを引けば「メタ・フィクション」であるとの宣言であると。この日記が“Lem”という装置によって書かれたという説もあるとメタネタもかましてきます。
それぞれのおはなしは「第n回の旅」とタイトルが付されています。番号はいくつか飛んでます。未発見という部分もあるでしょうが、時間旅行もしてるので時系列も関係なくなってるという話も作中に出てきました。

本作の内容を一言でいえば「ガリバー旅行記(orほら男爵の冒険)、SF版」でしょうか。
それぞれのエピソードはSF的奇想のオンパレードです。「よくこんなの思いつくな!」と目をパチクリさせながら読みました。

さらに進んで、思弁的な部分もあります。哲学的な、あるいは社会科学的な、思考実験な部分もあると。例えば「寸分違わぬ“私”のコピーは “私”だろうか?」とか。私(たち)にとってそれは違うと感じられますが、ある過酷な自然条件のために「“私”のコピーも“私”である」ことを当然としてやっていってる異星人もいます。逆に言えば私たちが信じている「“私”の連続性」こそも虚妄かもしれないですな…。

ただやっぱり哲学的理論やお話の語り口そのものも少々冗漫と感じられて退屈を感じた部分もあったのも事実です。理屈で頭がこんがらかってよーわからんというところも多々ありました。そこらへんは「流し読み」しちゃいました。奇想天外もよいのだけど、やっぱり私は小説にはらはらどきどきのサスペンスやセンチメンタルなものを求めてしまうものですし。そして何よりも「分かりやすさ」を…。

うん、でも、面白く読みました。そしてその思考実験、面白かったです。

個人的にいちばん印象に残ったのは「第二十四の旅」かなと。高度に技術が進歩した社会の行く末、機械化が進んだ結果、労働者が仕事を奪われ失業し、貧窮にあえぎ。貧窮したせいで「消費」ができなくなり、最初は給料を払わずに済むと喜んでた富裕層もまた商品が売れなくなって困り、でも労働者を呼び戻すことも渋り。もろともに落ちていく様子。その悪循環。それは今日の「行き着いてしまった」消費社会の写し絵であり、近い未来の予言そのものではないかと。

「第二十一回の旅」で描かれてる哲学的思考も興味深かったのですが、ちょっと難解であまりよく分からなかったのが残念。

「泰平ヨンの航星日記」、面白く読めましした。ほんと最近、一冊の小説を読破するのもしんどい状況なのですが、同じくSF短編集の『紙の動物園』に続き読了できました。

そろそろ長編に挑戦かな…。

|

« あそぶ!ゲーム展stage1 | トップページ | 冥土への手紙 第二夜 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« あそぶ!ゲーム展stage1 | トップページ | 冥土への手紙 第二夜 »