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2015/07/15

新アニメ『がっこうぐらし!』

7月に入って夏クールの深夜アニメも始まりました。春クールはけっきょく最後まで視聴した深夜アニメはありませんでした。つまらなかったというより、かなりくたびれ気味でそういうのを見る気力も起きないというのと、「艦これ」と「刀剣乱舞」にはまっていたという部分が多いでしょう。夏クールはもうちょっと見ようなと思ってます。

で、今年の夏クールアニメ『がっこうぐらし!』第1話の感想など。

原作漫画は未読でしたが、設定はもうだいぶ前に知ってました。だから初見で意表を突かれるという事はなかったのだけど。だからまず、そういう設定をどのように描くのかなぁという興味で見てみました。
とてもよくできていたと思います。そして2話以降はどうやっていくのかなぁという興味も持ちました。

かわいらしくほんわかとした日常物の雰囲気をまといつつ、悲惨で終末的な状況を描くというのは、なんとなく青葉市子さんの『いきのこり●ぼくら』(YouTube)という歌を連想させました。

(以下ネタバレゾーン注意)

第1話は主人公の「ゆき」の視点から描かれる楽しい学園生活。学校に寝泊りするという「学園生活部」の仲間たちとの楽しい活動、そしてクラスメイトたちのとの楽しいやりとり。しかしそれにちらちらと嫌な予感をさせるもの見えてきて。そしてラスト、その世界観が明らかにされるというストーリーでしたな。
理由は分からないけど、学校にはゾンビが徘徊していて、ゆきたち「学園生活部」の面々4人と1匹はゾンビたちから逃れて学校に篭城していると。

そして、その極限状況の中、ゆきは「楽しい学園生活」を生きていると「幻想」していると。
その設定に惹かれました。

ゆきは狂っているのかな?でもある程度は自分はその幻想に自覚的みたいで。だから「合宿忘れて帰りそうになった」って台詞も出るのだろうけど。
ただ、最近思うのですが、人はすべからく、大なり小なり、「幻想」を生きているのではないかと。ゆきはそういうのの極端な例かもしれないなぁなんて思ったり。

人は「現実」と「幻想」の狭間を生きていると最近思うようになってきました。我々は「現実」をみんなで共有して生きているけど、しかし各人の生きている、認識している「現実」は少しづつ個人によって違っている「幻想」が混じっているのではないかと。その差異については自覚的だったり無自覚的だったり、そのあわいにあったりするのだろうけど。

ゆきは学校のみんな(たぶん周辺の町の人も)がほとんどゾンビ化してしまったという認めがたい現実を前にして、それでも狂いきって自滅することを防ぐために、学校での楽しい生活という「幻想」を選んだのは確かじゃないかなぁと。半分意識的、半分無意識的に。

…と書いてきて、ふと気がついたのだけど。ゆきの制服だけ他の生き残りのみんなと色が違いますね。他の生徒のは襟とスカートがダークグリーンだけど、ゆきの制服だけブルー。
ひょっとしたら『がっこうぐらし!』は多元宇宙という世界観で、ゆきだけ「ゾンビのいない世界線」から来た人間か、少なくともそういう世界線にアクセスできる人間なのかもしれない。彼女が見ている平和なほうの学校の風景はその違う世界線の風景かもしれない。そして、そのふたつ(以上)の世界線の混在した世界を生きているのかもしれない。そして、ラストはそれに気がついたみんながゾンビのいない世界線に脱出する(あるいは留まる事を選ぶ)のではないか、と考えてみたり。
この制服の色、そしてみんなが飼っている太郎丸という犬の声を当てているのが同じく多元宇宙物の世界観だった『魔法少女 まどか◎マギカ』でキュゥべえの声を当てていた声優さん、というのがほのめかしになってるんじゃないかと。

いや、だいたいお話の予想ってのは外すわたくしでありますし、たぶん違うと思うけど。

とまれ、2話以降もシリアスに大きく舵を切らずに、「ゾンビから逃れて篭城している少女たちの日常、ほのぼの風味」という世界観で行くとすれば、ほんと、どういう描き方をするのか興味津々であります。継続視聴しようと思います。

そしてソフトをそろえるのは今の経済状態だと無理っぽいので、せめて原作に手を出してみようかなと。

いっきのこり ぼくら♪(『いきのこり●ぼくら』)っと。

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