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2015/06/20

ケン・リュウ『紙の動物園』

『紙の動物園』(ケン・リュウ:著 古沢嘉通:編&訳 早川書房)読了。
短編集です。訳者さんのセレクトによる短編集とか。
新☆ハヤカワ・SF・シリーズの1冊。このシリーズは初めて買うのですが、ポケミスみたいに新書サイズ(あちらのペーパーバックサイズ?)、本紙の天・地・小口に色が塗られ、ビニールのカバーがかけられています。ポケミスもですが、このビニールのカバー、便利で好きです。

ケン・リュウ、なんか対戦格闘ゲームの登場人物の名前のような方ですが。中国系アメリカ人の方だそうです。その情報は読む前に知っていましたが、訳者あとがきの著者略歴によると1976年中華人民共和国生まれで、11歳の時にアメリカ合衆国に移民としてやってきたとか。アメリカ生まれの中国系の方かと思っていましたが。

当時(たぶん今もだろうけど)、中国は国外への移民を認めているのかなぁ。政治亡命とか何かなのか、それとも逆にちょう富裕層で官僚とのコネもあって、それで移住できたのかしら。そこらへんの移民事情はまったく知識がないのですが。

本書はSFです。SFはあまり詳しくないのですが。かなりファンタジィ寄りの作品もあります。そしてとてもリリックです。それも好み。
本作には作者の出自、中国、そしてアジアというモチーフが色濃く存在します。そして、西洋文明VS東洋文明という要素もあります。時には対立し、またある時には征服され、またあるいは融合し。

ある作品のさまざまなモチーフがあとの作品でリフレインしてくるような感じの編まれ方をしています。シリーズとか登場人物が繋がってるというのではないのですが。それがまた独特の興趣を生んでいます。編集&翻訳者さんのうまさかと。

後述しますが、本書を本屋さんでぱらぱらとめくってて、最初のほうで「刺さり」ました。それで買いました。そして大変面白く読みました。おススメ本です。

実は近年ほんとうに小説が読めなくなってるのですが。老いのせいかもしれないし、メンタルコンディションのせいかもしれない。部屋には最初のほうだけ手をつけて放り出した小説本がいくつも転がっているのですが。でも本書は面白く最後まで読みきれました。短編集だったということもあるでしょうが、それだけでもすごいです。

さて、本書に収められた小説についていくつか感想を書いていきます。
(ネタバレを気にせず書いていきますのでご注意であります)

「紙の動物園」
表題作ですね。ネヴュラ賞とヒューゴー賞と世界幻想文学大賞それぞれの短編賞を受賞した作品だそうです。
本屋さんの店頭で本書をぺらぺらめくってたら、冒頭の「長年、母さんはクリスマス・ギフトの包装紙を破れないよう慎重にはがし、冷蔵庫の上に分厚い束にして溜めていた。」この描写がぐさりと来ました。そして買いました。それは、私の母や祖母もそうだったから。デパートのきれいな包装紙や紐を取っておく人でした。まぁそれは昔の人なら普通にそうしていたのでしょうが。

中国人の(買われてきた)母親、母親が息子に与えるのはその包装紙で作る“生きた”折り紙の動物たち。しかし主人公はその折り紙の動物たちをつまらなく感じるようになり、それよりもお店で売ってるキャラクター物のオモチャをほしがり。そして中国人の母親を避けるようになり。気がついたときにはもう取り返しはつかなくなっていて…。

それは私の物語でもあります。

ま、だから、SF(というかファンタジィ)的なネタはその「生きている折り紙」で、その要素はなくても、例えばただの折り紙でも、おはなしは成り立つのだけど。

「もののあはれ」
こちらもヒューゴー賞受賞作。この作品は日本人の青年が主人公です。小惑星の衝突で壊滅する地球から脱出し、新天地へと向かう宇宙船。その宇宙船の危機に際して彼がとった行動は?というおはなしを彼の回想を交えながら描いた作品です。
彼のとった行動は日本人的なものかなぁ。それとも人類共通のものかな。
それから漢字や俳句、詩がモチーフとして使われてます。

この小説の主人公は久留米出身だそうで、なんか懐かしいです。あとそれと、なら、あそこの地名は「福岡」というより「博多」と表記したほうがいいかなぁと。

作中、日本人は、災害時でも暴動を起こさない、静々と落ち着いて行動する美風があると描いてありましたが。どうもあれは「日本人は他人のやってることに合わせる」という習性からのようで。例えば暴動を起こすのが”みんな“だと思えば暴動起こすっぽいそうですが。だからちょっと面映かったです。

「月へ」
父子で月人の暮らす月の世界へ行き、そこでこっそりと暮らそうとする男のおとぎ話と、合衆国である中国人の難民認定の審問を担当することとなった駆け出しの女性弁護士のおはなし、それが二重写しになっています。もちろん月の世界で暮らそうとする男の話は難民のアレゴリーなんでしょう。

本作を読んだ時は作者のケン・リュウはアメリカ生まれの中国系の方かと思っていたのですが、後書きを読むと子供のころ中華人民共和国から移民してきた方のようで。なんで米国に移住したかの事情はわからないのですが、その事情が色濃く反映されているのではと思います。

「結縄」
ビルマのある村に伝わる古くからの文明の果実が、ほとんど何の見返りもなく“先進国”にぱくられ、しかもその村はこの先進国のつくった高度経済体制に侵され、いやおうなくそれに組み込まれてしまうというおはなしでした。このおはなし自体は架空でしょうが、色々あったであろう“先進”国による“後進”国収奪史の戯画ではないかと。

「太平洋横断海底トンネル小史」
これは「IF歴史」もの。ほんとの歴史では戦前あたりのころ、太平洋横断海底トンネルが作られ、その経済効果により日本は太平洋戦争に突入しなかった。そういうIF歴史。その横断トンネル工事に関わった日本領台湾出身の元技師の回想が語られます。そしてラストにはその歴史の影の苛烈なエピソードが語られる、と。戦争は起こらずにすんだけど。

ここでは豚骨ラーメンが出てきます。作者さんは福岡がお好きなのかしら?

「潮汐」
これはショート・ショートぐらいの短編。月が地球に衝突する。その滅亡が近くなった時代を舞台にした、地球に残った父と娘のおはなし。

「選抜宇宙種族の本づくり習性」
これは小説というより(架空の)博物誌といった作品。さまざまな“本”、つまり情報を蓄え、伝えるシステムを紹介する博物誌。「こういうアイディアもあるのか!」と面白かったです。

「心智五行」
これは超発達した西洋科学文明の世界の女性宇宙飛行士が遭難して、東洋文明の世界にやってくるという。その西洋文明と東洋文明のぶつかり合いの物語です。ここらへんほんとうに中国系アメリカ人作家のケン・リュウ自家薬籠中のものかなぁと。

「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」
人類がコンピュータの中の多元世界のデータとなった時代。いまだ生身の体の母親とそのデータ世界の娘がお別れの前の最後の旅行をするというおはなしでした。こういう時代も来るのかなぁ。
このスマホ中毒の世界の果てに人類がコンピューターネットワークのデータそのものとなる世界がくるのかしら。

「円弧(アーク)」
人類が不老不死を手に入れた、その時代。その初の不老不死となった女性の回想記。
そういう時代は来るのかなぁ。そしてそういう時代が来て、私もそれを受けることができるようになったら私はどうするのかなぁ。
もう“死”は外部からやってくるものではなく、自分で選ぶものになる時代になりつつあるのかもしれませんね。

「波」
宇宙移民のための世代宇宙船。そこにもたらされた不老不死のテクノロジー。死すべき肉体のままでいるか、不死となるか、各人各様の選択をしていく人々。さらにその先…。というおはなし。それに創世神話を絡めて。

「1ビットのエラー」
ほとんどすべての民族や国家の創世神話、宗教の誕生時のエピソード、そういうものには大なり小なり虚構というか幻想というか、そんなものが存在するのですが。それはその民族や国家や宗教では『幻想』ではなくてほんとに起こった事、つまり『現実』であるわけですが。

主人公はそれを脳のエラーが起こした『幻想』、1ビットのエラーと認識し、そしてそうだと認識した上で、それを受け入れようと考えます。それを人工的に起こそうと思います。
たしか聖書か何かの誰かが預言を受ける時の描写がテンカンの発作のような状態であるとかいう話を読んだことがありますが。

私も岸田秀の『唯幻論』、「すべては幻想」という考え方にくみしますが。しかしまた人は『幻想』なくしては生きられないとも思っています。しかし幻想を幻想と認識しつつ現実として受け入れるというのはずいぶんアクロバティックな面もあって。難しいですわ。そうしたいと思ってもほんとにそうはできないだろうな。

「愛のアルゴリズム」
人工知能を載せたお人形を作っているメーカーの女性技術者。彼女は子供を喪ったことをきっかけに完璧な人工知能を搭載したお人形を作ろうとする。
しかしそれを作るということは『人間』と高度なAIプログラムを搭載した『人形』との違いはなに?という疑問を彼女に突きつけることとなり、そして彼女は狂気の世界へとはまり込んでいく、と。

そこらへんの哲学的命題は難しいですな。まぁ喜怒哀楽があればそれでいいのかもしれませんが。

「文字占い師」
本書はSFですが、これも過去を舞台にしています。中国大陸が赤化され、共産主義VS自由主義の対立が先鋭化していた時代。台湾にやってきた米国人の少女のお話。彼女は米国人の学校でいじめられていたのですが、台湾の老人と少年と仲良くなり、老人の持っていたある魔法のアイテムによりいじめを脱し、その「文字占い」(文字をアレゴリーとしていろいろなことを読み取る)の智慧を知り。しかし老人と少年は…。というおはなし。
ここでも漢字が大きなモチーフとなってます。

そしてそのお話を通してケン・リュウが語る中国人のあのころの歴史と、そして中国人のメンタリティ。

「良い狩りを」
妖狐ものの伝奇話とスチーム・パンクのすばらしい融合です。そしてまた本作も西洋文明に侵される東洋文明とその叛旗が描かれています。

(以上、勘違いもだいぶしてると思います。それはごめんなさい。)

ほんと、本書を堪能しました。

いちばん心に残ったのは冒頭の「紙の動物園」かなぁ。
でもちょっと私にはつらすぎますが…。

もいちど改めて書きますが、おススメ本でありますよ。

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