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2015/03/09

「陸にあがった海軍」展

神奈川県立歴史博物館で特別展、「陸にあがった海軍-連合艦隊司令部日吉地下壕からみた太平洋戦争-」展を見てきました。
旧大日本帝国海軍の連合艦隊司令部は伝統的に艦上に置かれていたのですが、つまり「連合艦隊旗艦」として。太平洋戦争末期、使える艦艇が払底したことと、戦域が広まり、指令部の規模が大きくなり、司令部を艦上に置くことが困難になったため、司令部を神奈川県の日吉に置くことになりました。(「オカに上がったカッパ」と呼ばれたとか)
この日吉時代の連合艦隊司令部施設の紹介を中心に、戦中当時を語るさまざまなモノたちの展示会でした。

横浜は久しぶりです。神奈川県立歴史博物館の最寄り駅はみなとみらい線馬車道駅。重厚な感じの建物でした。というか色々重厚な歴史を感じさせる建物が散見され、さすが横浜であります。

日吉は高台にあり、電波情況がよく、東京や横須賀などへの交通の便がよく、当時慶應義塾大学の日吉校舎があり、それを使えるというので日吉に連合艦隊司令部が置かれたそうです。
そして、大規模な地下壕も設置され。会場入り口のパネルによると当時、地下壕が6キロ以上掘られ、そのうちの1キロ少々が連合艦隊司令部にあてられていたそうです。(記憶違いあったらごめんなさい)

最初のほうに最後の連合艦隊旗艦、軽巡洋艦・大淀に関する展示が少しありました。それまで連合艦隊旗艦の任は戦艦に与えられていたようですが。大きくて旗艦設備を載せやすいとか、艦隊いちばんの花形であるとか、そういう理由なんでしょうが。
大淀は紫雲という新型水上偵察機の母艦として運用されるべく、大きな格納庫を持っていました。残念ながら紫雲は失敗作に終わり、その空いた格納庫に司令部設備を設置して、連合艦隊旗艦として運用されました。

本展では大淀の写真パネルと、格納庫を司令部に改造したときの図面、そして空襲で沈没した大淀から引き揚げられた急須と湯呑みが展示されていました。
その急須と湯呑みは、丸っこくて、白地に紺色で花の絵とか描いてあって、女性的な、どこかのお家にあってもぜんぜん違和感のない品物なので驚きました。愛想のない、どこか無骨な、いかにも「軍用」って品物じゃなくて。水兵さんたちはこういうのでお茶を飲んでらしたのかと思うと、なんか私の海軍観そのものがちょっと変わったような。

地下壕関係の展示ももちろんあったのだけど。コンクリート片のサンプルなども。
照明に蛍光灯が使われていたってのにびっくりしました。蛍光灯って戦後のものだとばかり思っていたので。

軍に接収された慶應大学の学生寮も当時は「東洋一」とうたわれただけあって、とてもモダンなようでした。現代でもアリなレベルみたい。ガラス張りの共同浴場が海軍の軍人さんにもとても受けたそうです。しかし進駐軍がやってきて共同浴場はダンスホールに改造されてしまったそうで。お風呂が憩いの場所の日本人と、たぶんダンスホールがそういう場所であろう米人と、彼我のそういう感性の違い、面白いなと。

あの戦艦大和の沖縄特攻も、もちろんこの日吉の連合艦隊司令部から発令されたわけですが。その関係で戦艦大和関連の展示物もありました。沖縄特攻関係の書類とか。沈没した大和から引き揚げられた一升瓶やビール瓶とか。
そして何よりも驚いたのは、艦長室に飾られていたいたという「大和守護神」の大和絵とか、使われていたソファが展示されていたこと。現存しているのにおどろきました。
沖縄特攻前に大和から可燃物を下ろしたそうで、それで残っているそうです。(たぶん、「形見」という意味あいもあったのでしょう)

ゼロ戦の残骸もありました。特攻隊員の遺書もありました。特攻隊員の遺書は正視できなかったです。

ほんとに興味深い展示で、行ってよかったです。おススメです。
図録も買っちゃいました。当時働いていた方のインタビューなどもあり、面白かったです。

それからあと近所にある日本郵船歴史博物館、それから海上保安庁と一戦を交えた工作船の展示も見てきました。工作船の展示は船の科学館ので行われた時に見たことがありますが。生々しい弾痕、船の前半部を占めるでかいエンジンとか、印象的でした。

久しぶりによく歩いた一日でした。

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コメント

こんにちは、神奈川県立歴史博物館の千葉と申します。
貴ブログにて当館を取り上げていただき感謝申し上げます。
2017年、当館は前身の神奈川県立博物館の開館から50年目を迎えました。
それを記念し、現在当館では当館にまつわる思い出を募集しアーカイブしていく企画を実施しています。
もしよろしければ、こちらのブログの記事もアーカイブとして加えさせていただくことは出来ませんでしょうか。
また、アーカイブでは、当館に思い出をお持ちの方々がいらっしゃる場所を地図上におおまかに示し、どのような場所に「当館の思い出」が広がっているのかを可視化することを試みる予定です。
そのため投稿していただいた方がいらっしゃる場所の郵便番号を合わせてお知らせいただけると非常にありがたく存じます。
突然の不躾なご相談で大変恐縮ではありますが、何とぞご検討下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。
http://ch.kanagawa-museum.jp/gyoji/50anniversary.html

投稿: 神奈川県博開館50周年記念プロジェクト 千葉 | 2017/04/02 21:02

千葉様
ずいぶんお返事が遅れてしまって申し訳ありません。
リンク等はご自由に張っていただいてかまいません。
ただ、郵便番号はあまり明らかにしたくはありませんので、東京都内、程度にしていただけたらありがたいのですが。
お返事が遅れた上に勝手を申しまして、申し訳ないのですが。

投稿: BUFF(Blog主) | 2017/05/01 12:25

BUFFさま
ご連絡ありがとうございます。お返事が大変遅くなってしまい
大変申し訳ございませんでした。
リンクの件、ありがとうございます。
位置情報についてですが、そうしましたら例えば東京駅にドットを落とす形ではいかがでしょうか。
こちらからのお願いばかりで大変恐縮でございます
ご検討いただけましたら幸いでございます。
何とぞよろしくお願い申し上げます。

投稿: 神奈川県博開館50周年記念プロジェクト 千葉 | 2017/07/24 14:14

またお返事が送れて申し訳ありません。その形でよろしくお願いいたします。お手数をおかけします。

投稿: BUFF(Blog主) | 2017/08/08 19:53

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