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2015/02/02

万有公演『身毒丸』(2015)

昨日は世田谷パブリックシアターで演劇実験室◎万有引力公演『《寺山修司33回忌・生誕80年》公演 説教節の主題による見世物オペラ 身毒丸』を観てきました。
『身毒丸』、演劇実験室◎天井棧敷の伝説で有名な演目だそうであります。なんで伝説で有名なのかはちょっとわからないのだけど。でもどこで聞いたのか読んだのかわからないけど、伝説で有名な演目だってことは頭にあります。

『身毒丸』じたいは以前別の劇団さんのを拝見した記憶があります。ずいぶん前の話でほとんど憶えてないのですが。
ただ、今回は、この伝説的な演目、『身毒丸』を、寺山修司率いる演劇実験室◎天井棧敷直系の劇団、演劇実験室◎万有引力がかけるのですから、なまなかの物ではないであろうと。
期待がいやおうにも高まります。

世田谷線の三軒茶屋駅のところには2つの劇場があるみたい。小さいほうのシアタートラムは万有の公演でだいぶおなじみの場所になりました。
今回の『身毒丸』はもうひとつの大きいほう、世田谷パブリックシアターで行われました。パブリックシアターはいちど舞踏の公演を観た記憶があります。
両方とも天井の高さが特徴的な劇場だと思います。パブリックシアターのほうは大きいので3階席まであります。まさに「天井棧敷」かと。

万有引力のお芝居は(たぶん前身の天井棧敷からでしょうが)、入り口にお客さんを整理番号順に並ばせ、開演直前に一気に客入れ、そして席自体は自由。ってのがいちばんよくあるスタイルですが、今回は席は指定席制で、普通のお芝居みたいな開場から三々五々の客入れでした。

万有のお芝居によくあるごとく、すでに役者さんが蠢いてます。舞台はもとより、通路にも。

開演前、水の流れる音が流れていました。いい感じ。
ややあって開演。

今回の舞台装置も不思議な構造をしています。
手前に出っ張るようなT字型の舞台、その出っ張りの左右に小さな舞台。上手に琴が2台、下手には琵琶。奥に通じる通路の左右がバンドスペース。
舞台奥は3階建てになってます。そして照明の効果かなぁ、ちょっと異空間の風情が出ています。2階にはコーラス隊。
3階には真ん中に1段高くなった場所があるみたい。だから、3.5階建てと言ったほうがいいかなぁ。
1階の出っ張りの舞台の途中にスリットが切ってあって、そこから出入りもできるようになってます。

朱に塗られた細い丸太が立ってます。昔、鉄パイプが使われるようになる前の、工事現場の足場を組むのに使われたような丸太、そして見世物小屋を組むのに使われている丸太。丸太と番線で足場や仮小屋を組んでいたころよく見かけた丸太。

う~ん、うまく説明できないや……。

お話し的には身毒丸の産みの母親探し、的なものでありますが、もちろん普通の“ストーリー”物のお芝居みたく、その母親探しが“リアル”な物語として描かれるわけではありません。なんていうのかなぁ、夢の中みたいな幻想的な感じ。
普通のお芝居を「小説」とたとえるなら、万有のお芝居は(たぶん天井棧敷のころからでしょうが)「詩」と言えばよいのかなぁ。

その3階建ての舞台から繰り出されるその圧倒的な情報量の多さかなぁと。
ザッカー兄弟のコメディ映画『裸の銃を持つ男』みたいに、スクリーンの隅っこでもネタやってる感じ。それを3階建ての舞台のあちこちでやってる。

手前のお話の本筋の舞台スペース、前にも書いたようにその左右にも小さな舞台があって、中華風の衣装を着けた女性がうごめいてるし。

その猥雑さですね。視点の固定を許さない。きょろきょろ。
まさに精緻な活人画。

たとえば寺山は「市街劇」と称して、市街のあちこちで同時多発的に演劇を繰り広げました。それは第一には「現実」と「虚構」の境界線の紊乱行為としてあったのでしょうが、またもうひとつには「『観客』は誰も全てを観ることはできない」という意味もあったのではと思うのだけど。それと同じようなことをひとつの劇場内でやったのではないかと。
万有は(そしてたぶん桟敷もだったのでしょうが)観客席のあちこちに舞台を設けて同時進行させる、つまり、観客はお芝居の全てをいちどに見渡せないスタイルのお芝居をやった事もあります。『身毒丸』では、そういうのはやってないですが、3階建ての舞台から圧倒的な情報量をぶち込んできて、観客はいっぺんにはそれを把握できないようにしてきてます。

やっぱ1度観るだけじゃあまし良く観られなかった感が強いなぁと。2度3度、できたらぜんぶ観ないといけないかなぁと。

今回もまた衣装が良かったなぁと。万有のお芝居では、出演者がほぼ全員、同じような感じの衣装の時もあったのですが。今回もまたバリエーション豊かに感じさせる衣装でした。

そして今回は万有名物の(?)完全暗転がありませんでした。完全暗転で真っ暗闇になり、そして明かりがついたら役者さんが勢揃いしている、あるいはみんなはけている、舞台転換がされている。それにいつも舌を巻かされるのですが。

今回は黒子さんがいました。「黒子」といってもあの黒子装束ではなく、黒紋付を羽織った姿ですが。その黒子さんが道具類を手際よく舞台に現し、あるいははかし、その流れるような所作、見事でした。

万有引力の公演、舞台装置の裏とか観客からは目立たない場所で万有主宰のJ・A・シーザーさんが楽器を演奏されてるのに気づくことがあるのですが。今回は1階のバンドコーナーの目立つ場所にいらっしゃいました。太鼓を叩いたり、指揮(?)をされていました。

そしてラストはいつもの万有の(桟敷の?)お芝居みたく、舞台上の皆さんがそろそろと退出して、そして客電が点くという、カーテンコールなんてない、明確に終劇を提示しないスタイル。先日の萩原朔美さんと榎本了壱さんたちのトークショーで、朔美さんが「非完」と呼んでいたスタイル。

『身毒丸』、堪能したのだけど。やっぱり1回観るだけじゃアカんかったかなぁと。
数回観ておくべきだったなぁと。
ほんと、そう思いました。

次回の万有公演は6月の『夜叉が池』。泉鏡花の世界だそうです。
そちらも楽しみにしたいと思います。

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