« ライブ『鬼畜浄土』 | トップページ | 万有公演『身毒丸』(2015) »

2015/01/17

『秋たちぬ』のトークショー

昨日は下北沢の本屋さん、B&Bさんで【萩原朔美×榎本了壱 「21世紀の寺山修司」 『寺山修司未発表詩集 秋たちぬ』刊行記念】を観てきました。

終業時刻と同時に飛び出して下北沢へ。B&Bさんの場所を確かめてからメシ食ってふたたびB&Bさんへ。
B&Bさんはビルの2階の、中くらいの広さのおしゃれな本屋さんでした。なんていえばいいのかな、並べられている本たちが「本好きの書店員さんが選びました」って雰囲気を漂わせています。
実は「こんな本も出てたのか!」とある本を衝動買いしました。

今回はワンドリンク制のイベントでありました。普段でもB&Bさんでは飲み物を飲みながら本選びとかできるのかな?私は本にこぼしてしまいそうでちょっと怖いですが。

ざっと店内を見て回って、席について、ややあって開演。

萩原朔美さん、榎本了壱さん、そして『秋たちぬ』の版元さんの担当編集者さん(?)のお三方での対談でした。その担当編集さんもトークショーで寺山修司の母親・はつさんと出版関係の交渉をなさったりしたおはなしがありましたから、かなりのベテランでいらっしゃるようです。

萩原朔美さんのトークショー、何回かお伺いしています。そして榎本了壱さんも思い入れ深い方。
私が小さいころ、夕方にNHKであった子供向けの教養番組(?)の司会が榎本了壱さんだったと記憶しています。その榎本さん司会の番組とか、少年ドラマシリーズとか人形劇とか、NHKの夕方の子供向け番組の黄金時代だったと思いますし、自分もいろいろ影響を受けてると思います。

以下、トークショーの感想をメモとおぼろげな記憶で書いていきます。(間違いがあったらごめんなさい)

まずおふたりと寺山修司の出会いのきっかけのおはなし。
萩原朔美さんが天井棧敷に入団されたきっかけのおはなし。御著書『思い出のなかの寺山修司』や以前拝見したトークショーでも伺ってはいましたが。イケメンって羨ましいなぁ。もうそのひとことでありますよ。
榎本了壱さんの寺山修司との出会いのきっかけは、榎本さんが大学生時代、粟津潔の教え子で、粟津氏が渋谷の天井棧敷館を作るときに、お手伝いしたのがきっかけだそうでした。榎本さんが粟津潔の教え子でいらした事もぜんぜん知りませんでした。

『秋たちぬ』に収められた詩について。俳句や短歌では、同時代の俳人や歌人から大いに吸収した形跡が見られるのに、同時代の他の詩の影響があまり見られないという、榎本さんのご指摘。ボキャブラリーも少な目とか。
そして『秋たちぬ』をルーツとして発展していったのが、寺山修司の少女世界ものというおはなし。
となれば、寺山修司の少女世界物というのは、ライバルを意識しない、あるいみ寺山修司の「素顔」的な作品群かもしれないなぁと私は思ったのですが。(たぶん違うだろうけど)

宮沢賢治からの影響も指摘されていました。寺山と賢治だと寺山の『奴婢訓』が賢治からの引用があるのは知っていましたが。宮沢賢治もまた寺山のコアな部分に存在するのかもしれません。

また、榎本さんは「色」にまつわる語句が多いなど、そういう分析的なアプローチをなさっていました。やっぱり漫然と読んでる(つか「読んだ」以前に「ざっと眺めた」レベルだわ、私)だけじゃダメだなぁと。

『秋たちぬ』のタイトルは元ネタが堀辰雄の『風たちぬ』で、当時の寺山は堀辰雄が好きだったとは『秋たちぬ』の解説にも書かれていたことですが、さらに進んで寺山と堀辰雄の発想は同じではないかという萩原朔美さんのご指摘。小説の小説、メタな部分があるって事かなぁ。

寺山の高校時代の対談を引きながら寺山の「私小説的なものの」の否定。俳句は嘘、虚構。イッヒロマン。
演劇における素人が出演する「身体性」。
「自分を消す」ということ。
朔美さんの造語「非完」(「未完」ではなく)。そう、確かに、天井棧敷(私は万有引力のしかしらないけど)は確かにカーテンコールとかなく、終劇を明確にしない作り方。
自分を消す。

寺山にとってセックスは地獄だったのではないかという指摘。そして「覗く」もの。

寺山修司は異様に整理整頓好きだったそうですが。それはずっと寄宿生活、他人の家で暮らしてきたせいではないかという指摘にははっとしました。
そこから話が転じて最晩年の寺山の詩『懐かしのわが家』。とても美しい詩。死を前にした…、というより、これから人生が開けていく人の書いた雰囲気も漂わせる詩ですが。しかし、寺山には「懐かしのわが家」はなかったのではないか…、というご指摘。近年、私にとって「かえる場所」はどこにあるんだろう?もうないのかなぁといつも考えてる私はいろんな意味で身につまされました。

作中、母親を何度も殺してきた寺山修司。で、寺山修司の母親・はつさんがご存命なのを見て皆さん驚いたそうですが。担当編集者さんもそういう経験があるそうです。

当日、2種類のプリントが配られました。両方とも榎本了壱さんの手になるもの。
A4サイズの「『花粉航海』における初期作品と補填作品の差異・変異」とA3サイズの「寺山修司の世界略図」です。

「『花粉航海』~」は寺山修司の句集『花粉航海』に収められた句を初期作品(少・青年期)104句と補填作品(中年期)126句に分け、それらの特徴を図示したものです。
「寺山修司の世界略図」は人物事物の寺山修司との相関図を曼荼羅のように描いたもの。この図を最初に見かけたのは世田谷文学館であった寺山修司展かなぁ。それから去年ワタリウム美術館であった「寺山修司展『ノック』」でも見かけて、欲しいなぁ、刷り物にならないかなぁと思っていたので嬉しかったです。
こういう図示が榎本了壱さんはお得意なのかしら?(あとダジャレも)

『花粉航海』も読まなきゃなぁ。(古書として手に入れるしかないのかな?)

ほんとうに学ぶことも多く、楽しいトークショーでした。
もういちど書きますが、活字になったものが欲しいなぁと。

田中未知さんの次の寺山修司のお仕事発掘も楽しみにしたいと思っています。
そして「21世紀の寺山修司」という事をこれからも考えていきたいなと。
寺山修司の遺したものの見方、考え方、「寺山メソッド」とでも呼ぶべきものをこれからの時代、どう応用して生きていくか。生存戦略。

私は寺山の「さかさま」シリーズに出会って、あのころの閉塞的な気持ち(それは今も連綿として続いていますが)に少し風穴を開けて、息をついて助けられたのですが。あの、既存の価値観や物の見方をかろやかに逆転してみせる「さかさま」の力を。それはこれからを生きていく上でも大切なものになってくれるかなぁと。

しかしまた、寺山は「家出のすすめ」を説きましたが、今の時代、そもそも出るべき「家」そのものが崩壊しています。寺山は「誰でもみな15分だけ有名になれる時代が来る」(元々はアンディ・ウォーホルの言葉のようですが)と書きましたが、それは今、ネット上の炎上案件とかで醜悪な形で現実化しています。

そういう時代の中、その閉塞感の中、「寺山的発想法」はいかに突破口を作ってくれるか。
そういうのをつらつらと考えています。

|

« ライブ『鬼畜浄土』 | トップページ | 万有公演『身毒丸』(2015) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ライブ『鬼畜浄土』 | トップページ | 万有公演『身毒丸』(2015) »