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2014/11/26

寺山修司未発表詩集『秋たちぬ』

141126

『寺山修司未発表詩集 秋たちぬ』(寺山修司:著 田中未知:編 岩波書店:刊)
読了。寺山の若き日、14、5歳のころの私家版未発表詩集です。
この元となったのは1冊のノート。昨年末~今年初めに早稲田大学であった『いまだ知られざる寺山修司展』で展示されていた物をある編集者が目を留め、刊行されたそうです。

この寺山修司展は私も行ってますから、このノートも目にしてるはずですが。ぜんぜん記憶にありません…。やっぱり私はただのライトな寺山修司ファンでありますし、「研究者」ではありませんし。でも、そこまで気がついて興奮できるぐらいの知識がつけば、ほんとさらに面白いのだろうなぁとは思ってはいますが。そこまでのレベルはたぶん無理かな…。
この『いまだ知られざる寺山修司展』に展示されていた品々は、会場のパネルによると、田中未知さんがご自身の所蔵品を早稲田大学に寄贈されたものだそうです。

私のつたない寺山修司関連の知識によれば(間違ってたらごめんなさい)、編者の田中未知さんは寺山修司の秘書でいらした方。寺山修司の晩年(四十代ですが…)、寺山修司は3人の女性と暮らしていらしたそうですが、田中未知さんはそのおひとりでいらしたようです。
そして寺山修司の没後、その早すぎる死のあと、田中未知さんは海外に渡られ、20年以上、その当時の事は黙して語ることはなかったそうでありますが。

しかし7年前、それまでの沈黙を破り、回顧録『寺山修司と生きて』を刊行され、それから寺山修司の仕事を丹念に発掘する仕事をなされ、未発表歌集『月蝕書簡』、寺山撮影の写真集『写真屋・寺山修司』を発表され、そして本書も世に出たということであります。

寺山修司ファンとして嬉しい限り、有難い限りであります。

先にも書いたように、本書は寺山の遺した一冊のノートが元になってます。巻末の解説によると作られたのは高校2年生ごろだろうという話。巻末にその縮刷が乗っています。ただふつうに詩を書きつけただけというようなノートではなく、きれいにレイアウトされ、カットも添えられた、もう一冊の詩集として成立しているようなノートとして拵えられています。
このノートをそのまま復刻しても面白いのではないかとも思ったりしました。

本書に収められた詩に添えられたカットは、そこから採られているようであります。そういう形で活かされています。
同人誌作りをしていた必要からか、寺山修司はカットなども達筆で、面白い世界であります。寺山修司関連の展覧会やトークショーでたまに見かける事がありますが。

本書に収められた詩、面白く拝読しました。上手いなと思いました。まぁ、あんまり、詩にも見る目が無いのですが…。寺山修司作ということで先入観があったかもしれません。例えば作者名を伏せた上で見せられたらどういう感想を持ったか、それはわからないのだけど。(またこれも寺山修司の研究者なら驚くような発見がいくつもあるのでしょうが…)

父親をモチーフにした詩がいくつかありました。ただ、寺山の父親は南方で戦病死したようですが、この詩集ではシベリアで…、と創作しています。これものちの寺山の虚実ない交ぜのスタイルの萌芽かしら?いや、そのくらいの「創作」はごく普通かな?

『秋たちぬ』というタイトルは、当時寺山修司が堀辰雄に心酔していたからのようです。
私は、堀辰雄は『風立ちぬ』ぐらいしか読んだことがないのですが、堀辰雄の寺山修司への影響とかも研究すると面白いテーマになるかなぁと。

しかしもう当時の寺山は詩歌に熱中し、書きまくり、同人活動もしていたと。当時の私なんか、ほんとぼんやりしていて、非コミュで、プラモ作りぐらいしか興味がなかったわ(ぼんやりは今もだけど…)

本書もまた、田中未知さんのご発掘、スクープでありました。
まだ何かあるのかなぁ。ちょっとわくわくします。
それもいつか出されるようでありましたら楽しみに待ちたいなと思います。

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