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2014/05/19

万有公演『リア王』

この週末は、土曜日は月蝕歌劇団の『疫病流行記』、日曜日は演劇実験室◎万有引力の『リア王-月と影の遠近法-』と、2大寺山修司系劇団を観るというゼータクな週末でありました。
時系列は前後しますが、最初に万有引力『リア王』について書いてみます。

…と言いながら、シェークスピアの舞台はおろか戯曲もまったく見たことがありません。なべて演劇について何か書きたいなら、シェークスピアは「基礎教養」のレベルかもと思うのですが。
あたしが読んだことのあるシェークスピアについてのまとまった文章は、それこそ寺山修司の書いた『さかさま世界史 英雄伝』のシェークスピアの項だけです。「さかさま」シリーズの常でそこでも寺山はシェークスピアにさんざんツッコミを入れまくってますが。

そして『リア王』は子供のころの学年誌(だったかな?)の子供向けに翻案された物を読んだ記憶がかすかにあります。今回オリジナルを見て驚いたのですが、そこまで悲劇ではなかったかと。ま、本作のいちばん初歩的な部分で言えること、「口の上手い人は実は情がない」「親を大切にしよう」「いちばんしっかりしてるのは末っ子(『三びきの子ぶた』みたいに!)」的なお話しにされていたと思います。あれと今回のとは別物だったかと。

ま、だから、ほとんど何も知らない状態で『リア王』を見たことになります。

またお部屋でウダウダしてしまったので、タクシーであわてて座・高円寺へ。
開演30分前の開場時間・1時半の前にはなんとか到着しました。

万有の客入れは、入り口にお客さんを整理番号順に並ばせて、開演直前に一気に客入れ、その時点でもう役者さんたちはあちこちに蠢いて、ややあって開演、という方式が多いのですが。(もちろんごく普通のお芝居のように座席指定制で開演30分ぐらい前から三々五々に客入れ開始とかもあります。三軒茶屋のシアタートラムはその方式だったかな)

だから、万有のお芝居は開演時間ギリギリに着けばいいという認識なのですが。

座・高円寺も笹塚ファクトリーみたく、近年の万有引力の定番公演会場になっていますが。
数回の座・高円寺公演を経験すると、どうも座・高円寺公演だと、開場時間(開演の30分前)にはもうお客さんを整理番号順に並べて、開場時間と同時に一気に客入れ、そして開演時間に開演というパターンが多いようです。だからいつもの開演時間ギリギリに着いとけばいいという認識ではダメみたい。特に今回あたし、だいぶ若い整理番号の券が手に入りましたし。

もちろん入場した時点で役者さんたちは蠢いていました。黒い衣装にアイマスク姿。
それが開演までですので大変じゃないかなぁと。

舞台装置。いつもの万有タッチというか(天井棧敷時代からかなぁ)、正面に大きなゲートのような構築物、それはちょっと傾いでます。その奥に階段があって出入り口。そのゲートは石造りの建物の残骸のように見えましたが、アフタートークによると額縁とか。確かに建物というより額縁のようなデザインでありました。
上手と下手に奈落へと通じる開口部があって、そこも時々使ってました。

衣装も万有らしい、よい感じです。黒い衣装をベースに、なんて説明したらいいのかな、袋状に縫った布に詰め物をして膨らませた品物をよく使ってました。それを首周りにつけて、首が埋もれたような姿とか。お布団をそのまんま体の前にたらしたような衣装もありました。

もとの『リア王』をまったく知らないので、オリジナルの『リア王』とお話の改変があったかどうかはよくわからないのですが。
もともと万有引力のお芝居は、ストーリーがずんずん進むというようなものではなくて、短い場面場面が積み重なっていくような、普通のお芝居が「小説」としたら「詩」のようなお芝居が本流だと思うのですが。
こちらはストーリーがずんずん進んでいく、そういう意味では普通の「お芝居」でしたから、シェークスピアの原作にかなり忠実かと思います。戯曲は坪内逍遥訳をベースにしてるそうです。

ちなみに寺山修司の出身校(中退ではありますが)、早稲田大学にある早稲田大学坪内博士記念演劇博物館はその名の通り坪内逍遥の古希と『シェークスピヤ全集』完訳の偉業をたたえて造られたものだそうですが。だから坪内逍遥訳をベースにしたのかな?

今回、なんていうのかな、配役がぴたっと決まった感がしました。いつも拝見している万有の皆さんのキャラに配役がぴたっとはまったような。それをいつも以上に、今回特に感じました。

子供のころ読んだ翻案物の『リア王』では取り返しのつかないような悲劇的要素はほぼ抜かれてたと記憶していますが。今回はもちろんきっちり取り返しのつかない悲劇ですし、残酷なシーンもありました。
そしてこの歳になったわたくしの目に映るリア王の姿は、「親を大切にしよう」「お年寄りを大切にしよう」と感じられるより、「老害」であり「老醜」でありました。私は親とは離れて暮らしているので、実の親のそういうのに接する機会はあまりありませんが。だから、ふたりの姉の気持ちがそうは分からなくもなかったです。もちろんふたりはそれ以上に酷い人たちですが。

先にもちょっと書きましたが、今回の舞台もとてもよかったです。それもまたいままでの積み重ねを感じました。
舞台の数ヶ所に剣が突き立っていて、お芝居の流れでそれを抜いて戦うシーンもいくつかあるのですが。この剣を抜く時のシャリーンという音が素敵だったです。

今回、美術が小竹教授だったようで。車輪が面白い方式の曳き車、阿呆(道化)の杖、そういった小道具類も素敵だったです。白木の大道具はsimizzyさんな感じでしたが。
そして赤い月。元は白い月っぽいですが、照明の工夫なのかな、赤い月。サブタイトル通り「月と影の遠近法」

普通の万有公演は2時間弱ぐらいだったかなぁ。今回は2時間半ぐらいの尺(客入れから考えると3時間ぐらい)でしたが、私はだれたりもせず、最後まで楽しかったです。

そして公演後にはアフタートークがありました。J・A・シーザーさんをはじめとするご出演の皆さん。(下手隅にしつらえられたパーカッション席で打楽器を叩かれていたのはシーザーさんと思うのですが。よく見えなかったけど…)
『リア王』の初演は24年前の東京グローブ座で、それから海外公演があって、そして今回の公演になるとか。天井棧敷時代にはやらなかった演目なのかしら。
そして前に書いた、舞台正面の物体が額縁だというお話。面白かったです。
『リア王』用の曲は他のお芝居からの流用、他のお芝居への流用はしてないそうであります。

真ん中の椅子がふたつ空いてたのは、寺山修司と九條さんがお座りだったのかなぁ…

ほんと、とても楽しい公演でした。1回しか見られないのがとてもさみしいでありますな。
もう1回ぐらいは見たいものでありますが…

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