« 九條今日子さんの訃報 | トップページ | テルモス?サーモス? »

2014/05/07

2014年の寺山忌と九條今日子さんの告別式

5月4日は寺山修司の御命日です。

毎年その日は高尾霊園の寺山修司のお墓にお参りしています。いちファンとしてですが。
気候も5月の気持ちのいい時期、高尾霊園も緑に囲まれたとてもいい場所で、毎年墓所にお伺いするのは、変な言い方かもしれませんが、とても楽しみなことだったのですが。
今年もそろそろだなぁと思っていた矢先、とても悲しいニュースが飛び込んできました。
九條今日子さんの訃報です。4月30日、寺山修司の御命日の直前に亡くなられたとか。

九條今日子さんは寺山修司夫人でいらした方。のちに寺山とは離婚してしまったのですが、離婚後も寺山修司が主宰する演劇実験室◎天井棧敷の制作をおつとめになり、寺山修司の(早すぎる)死去のあとも、寺山修司の語り部として公演やトークショー、そして手記本の著作等、精力的に活躍された方であります。
九條さんのトークショー、何度か拝見して、とても面白かったですし、御著書『不思議な国のムッシュウ-素顔の寺山修司-』『回想・寺山修司-百年たったら帰っておいで-』もとても面白く拝読しましたし、そして寺山忌の高尾霊園でもお姿を拝見していた記憶があります。

最後に九條今日子さんのお姿を拝見したのは去年の5月、早稲田大学大隈講堂で開催された寺山映画の上映会のときのトークショーでした。その時もお元気そうだったのですが…。

今年の寺山忌、どうしようか迷ったのですが、こういう時はどうすべきかよく判らなかったのですが。高尾霊園にお伺いする事にしました。

140507_1

お昼を少し回ったくらい、寺山修司がお亡くなりになられたのは12時5分だそうですが、それを少し過ぎたくらいに高尾霊園に着きました。
さすがに関係者のお姿はありませんでしたが、墓所はきれいに準備されていました。どういう思いでお参りしていいか自分でもよくわからないまま、お参りしました。

寺山修司ファンで、寺山のお芝居もかけた事があるという、お芝居をやってる若い衆がいらっしゃいました。そのこと、とても嬉しかったです。そして、だいじです。寺山は今も生きていると。

高尾霊園でしばらく時間を過ごして帰宅しました。

140507_2

翌5月5日は九條今日子さんの告別式でした。

あたしはいち寺山修司ファンに過ぎません、それ以下かもしれませんが、それ以上ではないです。そういう人物がはたして告別式にお伺いする資格があるのかないのか。しばらく迷ったのですが。お伺いすることにしました。図々しい奴でありますが。

場所は信濃町の千日谷会堂でした。曇天。すこしぱらつきもしました。

式場に入ると壇上にはパステルカラーのカラフルなお花がたくさんでした。そして九條今日子さんの御遺影。御遺愛の猫グッズも飾られていました。

告別式自体は無宗教形式かしら。そういうスタイルの告別式はあまり経験はないのですが。最初に黙祷があって、天井棧敷に在籍していらした榎本了壱さんの御司会で、寺山修司の少女世界を描いてこられた宇野亞喜良さん、演劇実験室◎天井棧敷に美少年役として入られ、後に演出をおつとめになった萩原朔美さん、そして天井棧敷の名花、新高けい子さん、お三方の弔辞があり、最後に喪主の寺山偏陸さんのご挨拶がありました。偏陸さんと九條さんは寺山修司没後、寺山修司の母親のはつさんの願いではつさんの戸籍に入り、寺山修司の妹弟となられました。偏陸さんが今日子さんの義弟になるそうです。偏陸さんもまた寺山修司の活動を支えてこられた方のおひとりであります。

出棺。出棺の時のご挨拶は葬儀委員長のテラヤマワールドの笹目浩之さんでした。
笹目さんのお話しになる事情に、ああ、そうであったのかと嘆息しました。

何度も書きますが。私はいち寺山修司ファンに過ぎない人間です。
はたしてそこにいる資格があったのかどうかはわかりません。
でも、お礼とお別れを言うことができて、とてもありがたかったです。

ほんとうにありがとうございました。

もし私ごときにできることが何かあるとしたら、それは寺山修司はヨイぞと語り、おススメし、寺山修司を潜在的に必要としている人たちが、ひとりでも多く寺山修司と出会ってくれる手助けをする事ではないかと思います。

これからも寺山修司は、寺山を大きく超える才能の持ち主が現れるか、それとも大きく時代が変わるかしない限り、ある種の人々にとって大きな存在としてあり続けるでしょう。
彼らの導きとして、時には彼らを救うほどの存在となるでしょう。かけがえのない「おくすり」となってくれるでしょう。そういう人たちが今でも生まれ続けていくでしょう。私も寺山修司が「おくすり」となって、今まで何とかやってこれてた人間です。

以前、ある映像作品で偏陸さんのおっしゃっていた「寺山の子供たち」というのは、そういう意味ではないかと思います。

九條今日子さんのお墓は数年前に高尾霊園にできました。その時はもうご覚悟されていたのかもしれないなと思うと切ない限りでありますが。
告別式のお話によると九條今日子さんのお墓は榎本了壱さんのデザインとか。そちらも来年の寺山忌からお参りしようと思ってます。
もう九條さんの御姿を寺山忌に拝見する事はないのがとてもさみしいですが…

|

« 九條今日子さんの訃報 | トップページ | テルモス?サーモス? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 九條今日子さんの訃報 | トップページ | テルモス?サーモス? »