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2013/07/09

『超ファミコン』

『超ファミコン』(多根清史、阿部広樹、箭本進一:著 太田出版:刊)
読了。
任天堂のファミコンが発売されて今年で30周年という事で、当時リリースされた様々なファミコンソフトを紹介した本です。

98年に出た『超クソゲー』シリーズの1冊になるかしら?著者さんもかぶっていますし。本のつくりも『超クソゲー』からの様式に従っています。
内容もシリーズにのっとってソフト1本につき1記事で2~数ページというスタイルです。そして、何本か特別企画としてインタビュー記事等が挟まれているというつくり。ここらへんも『超クソゲー』から連綿として続いている様式かしら。(『超クソゲー』『超クソゲー2』は処分してしまって手元にないのではっきりとは言えませんが)

本書で紹介されているファミコンソフトは百本弱、ちなみにリリースされたファミコンソフトはネットでざっくり調べると千二百数十本くらいだそうですから、13分の1くらいになりますか。これだけたくさん載ってても。

本書に紹介されているゲームで、遊んだことのあるのは10本ちょっと。今でも時々思い出す、思い出深いのもありましたし、本書がきっかけで思い出して懐かしくなる良ゲーもありましたし、もちろん思わず壁にたたきつけそうになったクソゲーの思い出が甦ったのもありました。
もうひとつ自分の反応で面白かったのは、アーケードの移植版で、その元になったアーケード版の思い出が甦ったのがあったこと。あ、そういうゲーム、あったわ、と。

個人的には任天堂がディスクシステムで出してた「ふぁみこんむかし話」シリーズと、イマジニアのカセットテープつきディスクゲームシリーズ、光栄の歴史シミュレーションゲームシリーズから1本くらい紹介して欲しかったなぁと思いました。光栄の奴は1万円超の強気の値付けで出してきたシリーズで、迷いながらも買って面白かったし(カセットがでかいのにも驚きました)。イマジニアのカセットつきってのも変り種で面白い趣向だったと思うし。そして「ふぁみこんむかし話」シリーズはほんと面白くて感動するシリーズでしたし。
いや、まぁ、当時ファミコンに熱中した人たちはたぶん、本書を読めば必ず「なんであのゲームが入ってないんだ!?」と思われるでしょうが。

そしてもちろん本書で紹介されてるゲーム、遊んだ事のある物より遊んだ事のない物がはるかに多いわけですが。遊んだ事のないゲームでも著者の皆さんの円熟した「紹介芸」で楽しく読むことができました。
そこらへんもまた『超クソゲー』からの伝統かなぁ。

メジャーゲームなら紹介するのも簡単です。他の記事とかでそのゲームの情報を得ている人、もちろん遊んだ事のある人も多いでしょう。しかし『クソゲー』シリーズでは知ってる人もあまりいない、もちろん遊んだ人もほとんどいないゲームを紹介するわけです。しかももともとクソなのですから、普通に紹介できない。著者さんなりの着眼点、見所を見つけて、ゲームの概要も紹介しつつ、書かないといけない。(クソゲーだとゲームシステムもぐっちょぐちょの書き辛い物である場合も多いでしょうし)
そういう場で鍛えられた皆さんの「紹介芸」が本書でも光っていたと思います。

特別企画記事は4本入っていました。

1本目は冒頭に、「究極のファミコンムービーGAME KING 高橋名人VS毛利名人 27年目の真実 渡辺浩弐ロングインタービュー」。
高橋名人VS毛利名人のゲーム対決映画があるって話は昔読んだ記憶がありますが、見たことはないのですが。これはその『GAME KING』でスタッフでいらした渡辺浩弐へのインタビューです。渡辺浩弐さんもコンピュータゲーム界をはじめとする世界のビッグネームでいらっしゃる方かと思いますが。
エンターティンメントとして演出していこうとする高橋名人とスタッフさん。その中でガチンコを戦おうとする毛利名人。ファミコンブームの大フィーバーの中。

「現実と幻想の境目があいまいな面白さですよね。」
渡辺「「冗談なのか本気なのか」ということで、非常にプロレス的ですよね。」
(本書13p)

虚実のあわいを楽しむという楽しみ方。プロレスの世界は疎いのですが、そういうの、好きです。
ちなみにそういう虚実のあわい、メタ視点も含めてプロレスを楽しむ、今のプロレスブームのルーツとなった村松友視『私、プロレスの味方です』が出版されたのが80年ですな。

お次は「『マイティボンジャック』『つっぱり大相撲』を創った男」としてテクモの凄腕プログラマー(このインタビュー後にコーエーテクモゲームズを退職されたそうです)、猪瀬祥希氏へのインタビュー。
小学生のころ、マイコンショップのデモ機を触ってプログラミングを始め、高校中退後、テクモの名物社長さんに誘われてプログラマの道に入った方だそうです。
なんとなく業界の風雲期の方、学歴なんかなくても実力でどんどんのしていけた時代の方、というイメージを持ちました。今のゲーム業界はどうかしら?

3番目が今年の2月に42歳という若さで急逝されたゲームクリエイター、飯野賢治氏についての短い(けれどとても良い)評伝。ファミコン時代のお仕事も紹介しつつ。そうか、そういう方だったのかと。
私は代表作の『Dの食卓』も問題作の『エネミー・ゼロ』も遊んだ事はないのですが。だから、それこそ『超クソゲー』あたりで知った業界ゴシップ的な知識しかないのですが。こういう方だったのかと。
飯野賢治氏もまた高校を中退してゲーム業界に入られた方であるそうです。

そしてラストが著者さんたちの中野ブロードウェイ訪問記と、ゲームバーでの座談会。
やっぱり秋葉原ばっかりじゃで中野ブロードウェイにしたのかしら?いや、中野ブロードウェイはレトロゲーに合う場所のような気もします。

ほんと、面白かったです。

『超クソゲー』に出遭って。最初はやっぱり業界ゴシップも含めた下世話な興味もあって、それで手を出して。当時からとてもコアゲーマーとは呼べない私でしたが、面白く読んできて。そして、十数年、今は「ゲーム愛」にあふれた『超ファミコン』、そこに導かれた私の軌跡、そしてそれはたぶん著者さんたちの軌跡でもあると思うのですが、面白く思ってます。

ファミコン生誕30年。1983年。

それは「入って行ける虚構」、東京ディズニーランドの開園した年でもあり、「虚実のあわいの紊乱者」、寺山修司が亡くなった年でもあり、そして「虚構のブースター」と呼べる(かと)ファミコンが産声を上げた年であり。他にも探せばひょっとしたら「83年論」が書けるだけのネタがあるかもしれませんな。

そして私もまた、僭越ながらですが、「ファミコンと出会えてよかったなぁ」と思っています。
『超ファミコン』、おススメ本でありますよ。

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