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2013/06/18

『自己愛過剰社会』

『自己愛過剰社会』(ジーン・M・トウェンギ&W・キース・キャンベル共著 桃井緑美子:訳 河出書房新社:刊)読了。米国で猖獗を極めつつある「ナルシシズム」について語られた本であります。
前日読了した大野左紀子『アート・ヒステリー』に本書が紹介されていて、ちょっと興味を持って買ってみました。3千円近い、ちょっと厚めの本であります。

まずは目次の紹介から

第1部 自己愛病の診断
第1章 自己賛美は万能薬か
第2章 自己賛美の弊害とナルシシズムの五つの俗説
第3章 ナルシシズムで競争社会を生き延びる?-ナルシシズムのもう一つの俗説
第4章 いつからこんなことになったのか-自己愛病の起源
第2部 自己愛病の原因
第5章 王様の子育て-甘やかしの構造
第6章 病気をばらまく困った人々-セレブリティとメディアのナルシシズム
第7章 見て、見て、わたしを見て!-インターネットで注目集め
第8章 年利18パーセントで夢の豪邸-放漫融資、そして現実原則の放棄
第3部 自己愛病の症状
第9章 アタシって、セクシー!-虚栄
第10章 暴走する消費欲-物質主義
第11章 70億のオンリーワン-個性重視
第12章 有名になれるならなんだってやってやる-反社会的行動
第13章 甘い罠-人間関係のトラブル
第14章 我慢も努力もお断わり-特権意識
第15章 神は汝を凡庸につくらず-宗教とボランティア活動
第4部 自己愛病の予後と治療
第16章 自己愛病の予後-どこまで、そしていつまで、ナルシシズムは広がるのだろう?
第17章 自己愛病の治療
謝辞
訳者あとがき
参考文献
となってます。

三千円近い厚めの本(ま、学術書と考えるなら薄い、安いほうなんでしょうが)でありますが。その大部を著者が(健全な自信や自負心を持つことはよいとしつつ)、いかに近現代の米国でナルシシズムが跋扈しているか、心理学者の統計研究や社会現象、そして著者たちの見聞を大量に並べ立てて、さまざまなジャンルにおいて紹介しています。そして、その間に、著者たちのそのナルシシズム社会に対する慨嘆、そして、それを良くないこととし、その「治療法」を提案しています。まぁそれの淡々とした繰り返しなので、ちょっと読んでてしんどかった部分もあったなと。

新書サイズにまとまらないかしら?ま、アタシって、新書サイズの「知性」がやっとついていけるレベルだって部分もあるのだろうけど。

本書の紹介というか、本書を読んでの感想でありますが。

ま、著者さんたちはモラル的には旧守派であるようです。かつての、質実剛健なモラルを尊び、現代人がナルシシズムに走ってそれをないがしろにしているのを嘆き、あまつさえその「治療法」を提案していると。
それはまぁ、分るんだけど。そして自分も著者さんたち側の人間に近いだけど。
ま、それが世の中の流れなら、仕方ないんじゃね?っていうのが正直言って読後感でした。

この「ナルシシスト社会」が、どのような弊害をもたらそうとも。たとえば身の丈に合わないローンを組んで破産する、それが2008年のリーマンショックのように経済にダメージを与えたり、また、自己顕示欲から暴力行為を自慢げに動画サイトにアップしたり、行き着いた果てに銃乱射事件を起こしたり、確かに「実害」は出ているのだろうけど。
でも、ほんとに、ナルシシスト化がもっと行き着いてしまって、大変に困ったことに人々は陥らないとそれを何とかしようと人は思わないんじゃないか。そこから抜けることはできないし、やろうとしないんじゃないのかなぁと思います。そういう人たちに向かって「治療法」を訴えても無意味なんじゃないかなぁと。

もちろんそういう人たちはいつか「裁きが下される」のかもしれないけど、その日までほとんどの人はナルシシズムに酔い痴れ続けるんじゃないかなぁと思います。
それが最後に大混乱を招き、人類が滅亡するんじゃ?とかいっても、「じゃあ滅亡すればいいじゃない」としか思えないんだけど。
人類だってこの地球上に栄枯盛衰してきた種のひとつ。いつかは滅亡するでしょう。恐竜の化石がアルマーニのスーツをまとっていたり、エルメスのバッグを提げていたり、BMWに乗ってないのは、そういう物はすぐに風化してしまい、化石としては残らないせいかもしれないしね。

まぁ、なんていうか、新書に良くある、新しい風潮にぼやく本、「○×が国を滅ぼす」「○×化する若者たち」みたいな本の亜種のような気がしました、その部分は。

せんじつめれば結局は、このナルシシズム社会化は「エコノミカル・コレクト」なんだろうと思います。「特別なあなたに、この特別な(高価な)商品を」って消費社会的な戦略。この消費社会がさらにヒートアップするために、必要なものだったんじゃないかと。
消費を促進する方法なら、どんな方法でもいい、やれってのがこの社会の行き着いてしまった姿じゃないかしら?
著者さんたちはナルシシズムを諌める提案をしてるけど、そうなれば経済は低迷し、失業者が溢れるかもしれません。そして、このままナルシシズムの拡充でいっても、それはいつか崩壊し、この時代では唯一我々を生かすものとなってしまっていた経済は破綻し、また阿鼻叫喚かもしれませんけどね。

さて、本書は現代人のメンタリティの変容を「ナルシシズム」という観点から論じた本と理解していますが。
またたぶん同じ事が、ちょっと見方を変えれば、「孤立化」と言えるんじゃないかしら?わたしはそういう論じ方の方がしっくり来るのだけど。
日本では「ナルシシズム」はどれだけ広まっているか分らないけど(広まってるぽいと感じたりもするけれど)、「孤立化」はもうだいぶ広まってるんじゃないかと思ってます。

みんな星の王子さま。ちっぽけな星のひとりぼっちの王子さま。ただ、彼ぐらいの心の優しさ、美しさは持ち合わせていないだろうけど。
(「星の王子さま症候群」って呼び方もアリかもしれんね)
だからこそ、「ナルシシズム」が必要になってくるかもしれませんね。虚空に浮かぶちっぽけな星のひとりぼっちの王子さま。だから光り輝いてその存在をアピールしたい、誰かの注目を浴びたい、と思う人も現れるのかも。たとえその輝きが「虚飾」であっても。

もうこれまで何度も何度も書いていますが。この、地縁血縁といったコミュニティが崩壊し、個人がバラバラになった現代社会。それは一方では、個人がそのコミュニティの「くびき」から自由になることだったのだろうけど。
そのコミュニティは、セーフティーネットとして、そして「わたしは何者であるか?」という人が生きていく上での大きな問いに回答を与えてくれるものでもあったのだろうけど。

しかしそれはまた人が生きていく上での大きなくびきでもあって。たとえば無一文になって転がり込んできた親戚がいれば、面倒を見なきゃいけない、家を出てどこかよその土地で働きたいという夢を持っても、家業を継ぐために諦めざるをえなかった。そういう事もあったでしょう。

しかし現代、地縁血縁といったコミュニティは崩壊し、人は思うがままに自由に生きていいってなっています。そのひとつは例えば故郷を捨て、都会の工場で働き、工業化社会に貢献せよという時代の要請でもあったでしょう。

そしてまた孤立化は、エコノミカル・コレクトでもあります。そういう風に都市労働者として経済発展に寄与するという部分、そして、消費者としても、孤立化したほうが消費は進むかと。つまり、4人が家族となってみんな同じ番組を見るなら、テレビは1台しか売れませんが、4人全員が違う番組を見たいとなったら、テレビは4台売れます。そんな風に消費は促進される。経済は回る。

まぁ、人の自分が思うままに生きたいという欲望と、経済の発展という、ふたつの目的が合致して、人は孤立化したと。そしてコミュニティが持っていたセーフティネット機能は、経済が発展し、福祉にカネがかけられるようになることによって、代替できると思われていた、と。ま、生活保護を巡る状況を見ても、それはどうやら崩壊しそうですけど。
そしてそういう孤立化した人は、「自分はセカイにとって何者であるか?」という自分の存在の意味が分からなくなり、苦しむようになったと。

いや、閑話休題。

そして昔の、「コミュニティ」」がまだ存在していた社会であれば、たとえ人がナルシシズムに走ろうとしても、それはある程度は食い止められるのかもしれません。だいたい虚飾で自分を飾ろうとしても、コミュニティの人々は、もともとの当人の人となりを知っているわけだし。ナルシシズムに走り過ぎたら一斉に回りから突っ込まれますな。
そう、本書を読んで気がついたのですが、「ナルシシズム」って「自己幻想」なんですね。「現実」から遊離した。孤立して、各々てんでばらばらの「幻想」を生きる現代人。

いや、ただ、ほんと、しかし、「ナルシシズム」が経済を加速させてる以上、社会はナルシシズムをそそのかす事をやめないでしょう。それでやっていけなくなるくらい経済、そして社会が崩壊でもしない限り。そして、そういう社会は、ナルシシズムが猖獗を極める社会よりも生き辛いんじゃないかと思います。

あ、あと、本書では「個人としてのナルシシズム」を取り上げていますが。「国家としての」「民族としての」ナルシシズムもあるんじゃないかと思います。そして、それが元になってるトラブルも多いように見受けられるのですが。
個人の精神病理と社会の精神病理は反映し合うという話も読んだことがあります。米国で個人のナルシシズムが盛んになってるなら、米国それ自身のナルシシズムも増長しているのかもしれないと思うのですが。本書でも米政府の借金まみれの姿が描かれていますが、そのナルシシズムはもっと広範に、根深くあるのではと。それは米国に限らず。

ま、とまれ、本書を読んでの自分の中の世の中を見る見取り図をせんじ詰めれば。
米国で(そしてたぶん日本でも)、ナルシシズムが跋扈している。
それは、個人が孤立し、自己幻想に耽られる時代が関係しているのではないか?(←これはだいぶ私見)
ナルシシズムは、最後には個人の破滅をもたらし、社会を住みにくくするのだろうが、経済を回すという意味ではプラスの機能があり、その機能が経済発展に有効である限り、それを止める手立てはないであろう。ま、なるようにしかならねんじゃね?(←ちょう私見)
てな風になるかと。

本書は現代人の自意識、メンタリティについていろいろ知りたい&分りたいと思ってる私にとって、とてもよい本でありました。

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