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2013/05/11

九條今日子『回想・寺山修司』

『回想・寺山修司 百年たったら帰っておいで』(九條今日子:著 角川文庫)読了。
寺山修司元夫人で、寺山との離婚後も寺山修司の劇団、演劇実験室◎天井棧敷の制作などをつとめ、寺山修司の活躍をその(早過ぎる)死まで支え続けてきた、九條今日子さんの寺山修司に関しての手記です。

2005年にデーリー東北新聞社から刊行された同名書を文庫化したもの。文庫化に際して本文の加筆訂正があったかどうかは判らないのですが、文庫版あとがきが加えられています。そして解説は天井棧敷の俳優として入団し、後に演出をおつとめになった萩原朔美さんがお書きになっています。

九條今日子さんの寺山修司に関する手記本は、『不思議な国のムッシュウ-素顔の寺山修司』を読んでます。寺山修司没後2年の1985年に刊行されたもの。
この文庫版『回想・寺山修司』の元となったデーリー東北新聞社版もその存在を知っていて、本屋さんで見かけたりもしたのですが、いつか買おうと思っているうちに手に入らなくなってしまっていて。まことにお恥ずかしい限り。そして、角川文庫版で手に入れることができて、とても嬉しかったです。ありがたかったです。

九條今日子(当時は九條映子)さんが松竹歌劇団に入団されて、そして映画にも出演されるようになり、寺山修司と出会い、寺山の熱烈なラブコールを受け、結婚。しかし離婚して、それでもパートナーとして寺山修司を支え続け。そして寺山修司の早過ぎる死まで。様々なエピソード。私が知っている寺山修司についてのエピソードの事情も色々書かれていて、「あれはああなってああだったのか!」と発見も多く、面白かったです。

数年前にフィルムセンターで拝見した篠田正浩監督・寺山修司脚本の『乾いた湖』についてのエピソード。
演劇実験室◎天井棧敷の旗揚げの時の、メンバーが学生服・セーラー服をまとって写っている、あの記念写真、学生服で撮るようになった話の流れ。
あの、天井棧敷と唐十郎率いる状況劇場との伝説的な乱闘事件も。そうか、今まで気がつかなかったけど、天井棧敷館のすぐ裏手の神社で状況劇場の赤テントのお芝居やっていた時のエピソードだったんだ。だから頭に血が昇ったまま乗り込んで行ったのかなぁとか。
この乱闘事件については状況劇場元団員で人形作家の四谷シモンさんも、御自著の『人形作家』(講談社現代新書)という本に、参加した状況劇場側のひとりとして思い出をお書きになられていました。つか喫茶部のガラス割ったのシモンさんみたい…。
寺山修司の、九條さんにぞっこんだったころの文章もありました。読んでる私までちょっと恥ずかしくなるぐらいののろけっぷり。

そして、寺山修司の元に集った、キラ星の才能たち。彼ら彼女らの無名時代、駆け出し時代。

とても面白かったです。寺山修司ファンなら必読!しかも文庫でお手軽!!でありますよ。

九條さんの寺山修司本の前作『不思議な国のムッシュウ-素顔の寺山修司』との比較ですが。そっちはもうだいぶ忘れていて、今回これを書くためにざっと眺めた限りですが。

『不思議な国の~』は寺山修司没後から2年の1985年の出版。まだ寺山死去の記憶が生々しかった頃のせいか、寺山修司の臨終の様子から筆が起こされ、葬儀まで。そしてそれから過去に遡り…、という構成でしたが。『回想~』の方ではその部分については書かれていません。寺山修司と最後に交わした会話で思い出話は終わっています。
また、寺山修司の実母、はつさんとの確執もかなり筆を押えていらっしゃいます。あの浴衣の事件も『回想~』では描かれていません。

うん、そういうのは省かれていていいと思います。そういう下世話な興味を持たれそうな部分は。
寺山修司、そして天井棧敷を巡るさまざまなエピソードを大変面白く拝読しました。
とてもいい読書体験でした。

寺山修司の周辺にいらした方の手記、色々拝読してきました。

九條今日子『不思議な国のムッシュウ』『回想・寺山修司』、田中未知『寺山修司と生きて』、萩原朔美『思い出のなかの寺山修司』、寺山はつ『母の蛍』、渡辺尚武(棧敷団員当時のお名前は網走五郎)『網走五郎伝』、あと、著者さんも書名も失念しましたが、寺山修司に英語を教えいていらした方の手記も読んだと記憶しています。あと、高橋咲『15歳◎天井棧敷物語』。こちらは寺山修司に関しての、というより、天井棧敷に関しての手記小説ですが。あと、高取英『寺山修司 過激なる疾走』は評論本ですが、挟み込まれる著者が体験した寺山修司に関するエピソード、面白かったです。

私が拝読した範囲でもこれだけありますから、他にもたくさんあるんじゃないかと。
ひとりの人物に関して、その方の周囲にいらした方が、その回想を手記としてつづる。それがこんなにたくさんある、それは普通のことかとても珍しいことかは判らないのですが。凄いなぁと思います。

寺山の秘書だった田中未知の『寺山修司と生きて』。寺山修司の死にまつわる驚くべき事実、そして寺山の死に自己陶酔する人たちへの激しい抗議。トークショーで田中未知さんを拝見した事がありますが、そういった本の印象があって、とてもピリピリとした方を想像したのですが。実際に拝見する田中未知さんは穏やかな印象の方でした。そして、寺山修司の遺されたものを丹念に発掘する仕事をなさっていて、その成果の書籍もまた楽しく拝読させていただきました。

寺山はつ『母の蛍』。寺山修司の実母の寺山はつ。寺山修司関連の書籍などを読むと、異口同音にとてもおっかない方と描かれていていましたが。しかし『母の蛍』を読む限りにおいては、その怨嗟は抑えられ、穏やかな語り口に驚いたという記憶があります。(いや、ほとんど忘れているのだけど)

萩原朔美『思い出のなかの寺山修司』。これは

たとえば芝居の演出や映画の監督といったスタッフ・ワークの場合、他のスタッフの労働状態を無視しないと、いい作品は生まれないという教訓を、下の立場から理解したからである。上に立つ者が、なかば強引に自分の思ったことを押し付ける。下の者の健康状態など考慮して作業すれば、チームワークは作れるかも知れないけれど、観客は現場のチームワークなど観に来ている訳ではない。出来上ったものがいいか悪いか。それだけなのだ。だから、どんなにスタッフが疲労困憊していようとも、何日徹夜が続こうとも、やりたいことを現実化してしまう。思いやりなどは創作活動の足を引っ張るワナなのである。

という、萩原朔美さんの「悟り」を説明したくだりに頭をぶん殴られたような衝撃を受けました。ハードボイルドだど!
『回想・寺山修司』にも、寺山修司のムチャ振りにあたふたする九條さんをはじめ天井棧敷の方々の姿が描かれていますが。

渡辺尚武『網走五郎伝』。こちらは天井棧敷時代のエピソードは冒頭少しぐらいで、あとは著者が泳いで北方領土に渡ったり、手漕ぎボートで尖閣諸島に渡ろうとした(それはできなかったようですが)エピソードが大部を占めるのですが。
本書に描かれた寺山修司の姿、競馬場に向かう電車の中でほかの乗客を挑発しようとしたりといった、他の本にはあまりない寺山の姿がとても興味深かったです。

こういった手記本を色々読み比べ、つき合わせていけば、とても面白いまとめ方もできるかもしれませんが。それは億劫で、やっていなくて。ただ、それぞれの本をとても面白く拝読しただけなのですが。

最後にもう一度書きますが、『回想・寺山修司』、とても面白かったです。
そして今年は寺山修司没後30年という事で、寺山修司に関する本も色々出ているようであります。なるべくたくさん読みたいなぁと思ってます。

懐具合と相談ですけど…

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コメント

(Blog主謹告)
九條今日子さんの御逝去を知りました。
謹んで御冥福をお祈りいたしております。

投稿: BUFF | 2014/05/02 15:57

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