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2013年5月

2013/05/31

エコール・ド・シモン人形展

ちょっと時間を戻しますが。

5月25日、土曜日に六本木ストライプスペースでエコール・ド・シモン人形展を見てきました。(5月18~26日の会期だったので、もう終わってます)
四谷シモンさんの人形教室、エコール・ド・シモンの教室展です。シモンさんや生徒さんたちの作品が展示されます。

例年エコール・ド・シモン人形展は3月ごろ、新宿の紀伊国屋画廊で行われているみたいですが。今回、3月あたりからエコール・ド・シモンさんのサイトをチェックしても、何も告知がないので、「今年はやらないのかなぁ」と思っていました。そしてサイトもチェックしなくなってしまったんですが。久々にサイトをチェックしたら5月に六本木で開催されると知って。

土曜日、引きこもりの虫をなだめすかして夕方やっとお出かけ。
しかし六本木はちょうアウェーでありますし、どうも虫が好かない街でありますが。

そのせいか少々迷ってストライプスペース着。

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2013/05/29

万有公演『架空庭園の犯罪《交声詩劇篇》』

昨日で3日目の笹塚ファクトリー。今度は演劇実験室◎万有引力の一回限りの特別公演『蜃気楼映画館映像劇 架空庭園の犯罪《交声詩劇篇》-闇の庭園俳優・ガーディナーたちの映像遊撃一夜』を観てきました。(いつもの事ながらタイトル長っ!)
『SUNA』公演に挟み込まれた特別公演。1983年5月の寺山修司の死去を受け、同年解散した演劇実験室◎天井棧敷の衣鉢を継ぐ演劇実験室◎万有引力の旗揚げ30周年記念特別公演のふたつめ。前日はそのひとつめ『羅針盤式気球船』を楽しみましたが。

定刻に勤務先を飛びだして、一服すると入場列をつくる時間(お腹、減ったけど…)。今回もいつもの万有の客入れと同じく、入場前のお客さんを整列させて一気に入場させる方式。そして、席自体は自由席です。かなり、むちゃくちゃ、前の方にしました。

『羅針盤式気球船』と同じく、舞台にはスクリーンが張られ、上手にはドラムセットとキーボードが設置されています。舞台前の一段低くなった台には小さな椅子と譜面台が数セット。

前日の『羅針盤式気球船』は万有引力の過去映像とトーク、そして団員の皆さんによる歌という、ある意味オーソドックスな回顧イベントだったのですが、今回はどういうスタイルなのかしら?と思っていましたが。万有公式サイトには「即興気ままに撮影された映像を、俳優弁士の試みとして構成した映像作品劇」とありましたが、いまいち想像できず…。

なんと、びっくり!スクリーンに映された映像と役者さんの掛け合いというかたちでした。
そうか、そういう事だったのか!!

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2013/05/28

万有公演『羅針盤式気球船』

そして昨日は演劇実験室◎万有引力の1回限りの特別公演『パノラマジオラマテアトラマ章劇 羅針盤式気球船-演劇実験室◎万有引力のイメージ・カルマな錬劇術史-』を拝見してきました。『SUNA』 公演に挟み込まれたふたつの特別公演の最初のひとつです。

終業後、会社を飛び出して笹塚ファクトリーへ。何とか間に合って…。

『羅針盤式気球船』もまた恒例の、観客を整理番号順に並ばせて、一気に客入れを行うという方式でした。そして、入場するともう俳優女優さんたちが蠢いています。

今回、舞台装置は『SUNA』のまま、舞台には大きなスクリーンが張られていました。

このの公演は、万有引力の公演の過去映像、そして、団員さんたちによる歌、それからJ・」A・シーザーさんともうおひと方(お名前は失念してしまいました、ごめんなさい)、そして団員さんたちも交えてのトークという趣向でした。

寺山修司率いる演劇実験室◎天井棧敷は、1983年5月4日の寺山修司の死去を受けてその年の7月31日に解散。そして、その衣鉢を継ぐ演劇実験室◎万有引力は8月1日の旗揚げになるそうです。そして旗揚げ公演は10月の『シナの皇帝』。ここらへんは万有引力公式サイトにも記載はありますが。

あのころ、天井棧敷館は麻布十番にあったとか。そのままそこで万有引力が産声を上げたのかなぁと思っていましたが、その旗揚げは違う場所のようでした。
その当時のその場所の映像もあって。

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2013/05/27

万有公演『SUNA』

昨日は笹塚の笹塚ファクトリーさんで、演劇実験室◎万有引力公演『2013年版 SUNA -わたしはあらんとしてあるもので、あるとはすべてであり、わたしはあらんとしてあるもの-』を観てきました。

今年は寺山修司没後30年、演劇実験室◎万有引力も創立30周年。つまり、寺山修司没後、その劇団、演劇実験室◎天井棧敷は解散したのですが、天井棧敷団員、J・A・シーザーがその衣鉢を継いで旗揚げしたのが演劇実験室◎万有引力とか。(私はそう理解してますが、詳しい事情はよくは知りません)
高橋咲『15歳 天井棧敷物語』によると、寺山修司は天井棧敷の頭脳、J・A・シーザーは天井棧敷の顔、という描写があったと記憶しています(記憶違いがあったらごめんなさい)。

今回、万有引力の『SUNA』公演期間中に、1日限りの特別公演が2本あります。3種類の公演、その準備の手間、ちょっと想像しただけでぼっとしてしまうのですが。

なんかもう万有引力のホームベースみたいな感じのする笹塚ファクトリーさん。…と言いながら、去年は笹塚ファクトリーでの公演はなかったようだけど。
いつもの通り、観客を整理番号順に並ばせ、一気に客入れする方式。よく考えたらこれも去年の公演ではなかったんじゃないかしら?

今回はいつも通りに手前に客席、奥が舞台という配置でした。開演前、いつもの万有スタイルでもう役者さんは蠢いています。ステージ奥には映像も。つかもう開演してると解釈すべきかしら。

(以下少々ネタバレゾーンにつき)

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2013/05/22

3DS LLを修理に出しました

3DS LLを修理に出した話をちょっと書いてみます。
これから3DS LLを修理に出そうとする人にちょっと参考になるかと思って。
故障箇所とかはぼかして書きます。ま、かなり私の使い方が荒っぽかったのが原因でありますが…

故障したのが木曜日の夜でした。だいたい修理というと購入店に持ち込んで、というものだと思っていたので、持ち込もうかと思ったのですが。
任天堂のウェブサイトをチェックすると、任天堂のサービスセンターに送付しての修理という事もできるようで、その方法をとることにしました。

で、その木曜の夜にまずメールアドレスを登録して、その登録メールに記載されていたアドレスからオンラインで修理の申し込みをして。
発送用のキットというのを送ってくれるサービスもあるようなので、それを申し込みました。
受付番号の記載された受付完了メールが届きました。

それからその発送用キットが着いたのが翌週の月曜日でした。3日ぐらいで到着するそうなので、順当かと。
その発送用のキットというのは梱包用の段ボール箱と緩衝材や袋、そして箱の組み立て方 と送り方を説明した取り説もついてました。あ、あと、必要事項が記載されたゆうパック用の荷札もついてました。荷札の発送主のところがバーコードになっ ていて、私の名前だけ小さく書かれていて、住所が文字で書かれてないのにちょっと驚きました。ここまで合理化されてるんだなぁって。
郵便局の人もこのバーコード荷札にちょっと戸惑われた様子でしたよ。

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2013/05/20

森田智子さんのワンマンコンサート

土曜日は新大久保の東京労音R’sアートコートという場所で、森田智子さんのワンマンコンサートVOL.6「繋ぐ」というのを拝見してきました。

昔、独パンなんかをよく見ていたころは、大久保~新大久保もよく行っていたのですが。今回はほんと久しぶりの新大久保。そこからコリアンストリートの賑わいを横目に見ながら明治通りに向かってしばらく行ってちょっと入った所に東京労音R’sアートコートはありました。

東京労音R’sアートコートは地下にあるコンサートホールでした。ちょっと古い感じはしましたが、どこか懐かしさも感じさせる場所。規模としては中程度でしょうか。もちろんライブハウスなんかよりもっとずっと広くて、席数もたくさんです。

その座席がほぼ満席になっていました。

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2013/05/13

2013年5月の国際寺山修司学会@東京

5月11日の土曜日と12日の日曜、国際寺山修司学会のイベントをちょっと拝見してきました。
国際寺山修司学会、愛知学院大学の清水先生が主催されている寺山修司研究の学会です。恥ずかしながら詳しい事は私もよく解っていないのですが。
年に数回大会が開かれ、寺山修司研究の発表が行われ、そしてまたイベントなどもあるようです。

通常大会は愛知学院大学で開催されているようですが。出張されての大会もあるようです。寺山修司の出身地、青森とかでも。そして今回は東京での大会のようです。

国際寺山修司学会の出張版は2007年、早稲田大学の大隈講堂で開催された寺山修司最後の映画『さらば箱舟』の上映と、寺山修司と親交のあった、その活動の初期に、寺山を脚本に迎えて映画を作っていた、篠田正浩監督をお招きしてのトークショーがあったと記憶しています。

今回の東京での国際寺山修司学会の大会は、11日土曜日の多摩美術大学での研究発表会と12日の早稲田大学大隈講堂での寺山映画上映会とトークショーというかたちでした。

土曜日、出勤日。夕刻、かねて考えていたてけとーな理由をごにゃごにゃと口にして職場を離脱。上野毛の多摩美に向かいました。
発表会の終盤、ちょっとだけ拝見できました。面白そうだったんですが。見られなくて残念。
それからどなたか外国の方が制作した寺山修司ドキュメンタリーの予告編があって。おぉ!びっくり!!三上寛さんがホスト役でありました。この本編は5月25日、愛知での国際寺山修司学会の大会で上映されるようです。

そして多摩美の学生さんたちの劇団による小公演。舞台で行われるパフォーマンス、それに声をかける観客席に紛れこんだ役者さん。そのやり取り、どこか自然で、時折客席から上がる笑い声も役者さんかなぁとか感じられて、その紊乱、不思議で面白かったです。
5月4日、昭和精吾さんたちの「われに5月を」公演でも拝見した詩の一節の朗読もありましたよ。

そして、終了後の懇親会にちょっとずうずうしく混ぜて頂いてきました。
雑魚のトト交じり…

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2013/05/11

九條今日子『回想・寺山修司』

『回想・寺山修司 百年たったら帰っておいで』(九條今日子:著 角川文庫)読了。
寺山修司元夫人で、寺山との離婚後も寺山修司の劇団、演劇実験室◎天井棧敷の制作などをつとめ、寺山修司の活躍をその(早過ぎる)死まで支え続けてきた、九條今日子さんの寺山修司に関しての手記です。

2005年にデーリー東北新聞社から刊行された同名書を文庫化したもの。文庫化に際して本文の加筆訂正があったかどうかは判らないのですが、文庫版あとがきが加えられています。そして解説は天井棧敷の俳優として入団し、後に演出をおつとめになった萩原朔美さんがお書きになっています。

九條今日子さんの寺山修司に関する手記本は、『不思議な国のムッシュウ-素顔の寺山修司』を読んでます。寺山修司没後2年の1985年に刊行されたもの。
この文庫版『回想・寺山修司』の元となったデーリー東北新聞社版もその存在を知っていて、本屋さんで見かけたりもしたのですが、いつか買おうと思っているうちに手に入らなくなってしまっていて。まことにお恥ずかしい限り。そして、角川文庫版で手に入れることができて、とても嬉しかったです。ありがたかったです。

九條今日子(当時は九條映子)さんが松竹歌劇団に入団されて、そして映画にも出演されるようになり、寺山修司と出会い、寺山の熱烈なラブコールを受け、結婚。しかし離婚して、それでもパートナーとして寺山修司を支え続け。そして寺山修司の早過ぎる死まで。様々なエピソード。私が知っている寺山修司についてのエピソードの事情も色々書かれていて、「あれはああなってああだったのか!」と発見も多く、面白かったです。

数年前にフィルムセンターで拝見した篠田正浩監督・寺山修司脚本の『乾いた湖』についてのエピソード。
演劇実験室◎天井棧敷の旗揚げの時の、メンバーが学生服・セーラー服をまとって写っている、あの記念写真、学生服で撮るようになった話の流れ。
あの、天井棧敷と唐十郎率いる状況劇場との伝説的な乱闘事件も。そうか、今まで気がつかなかったけど、天井棧敷館のすぐ裏手の神社で状況劇場の赤テントのお芝居やっていた時のエピソードだったんだ。だから頭に血が昇ったまま乗り込んで行ったのかなぁとか。
この乱闘事件については状況劇場元団員で人形作家の四谷シモンさんも、御自著の『人形作家』(講談社現代新書)という本に、参加した状況劇場側のひとりとして思い出をお書きになられていました。つか喫茶部のガラス割ったのシモンさんみたい…。
寺山修司の、九條さんにぞっこんだったころの文章もありました。読んでる私までちょっと恥ずかしくなるぐらいののろけっぷり。

そして、寺山修司の元に集った、キラ星の才能たち。彼ら彼女らの無名時代、駆け出し時代。

とても面白かったです。寺山修司ファンなら必読!しかも文庫でお手軽!!でありますよ。

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2013/05/06

2013年の寺山忌

5月4日は寺山修司の御命日。今年も高尾霊園の寺山修司のお墓にお参りしてきました。
4日の高尾霊園はいいお天気。そう暑くもなく。だいたいの年はいいお天気で暑いくらいの陽気で、汗まみれになるのですが。そこまでは暑くもなく、いいお日和でした。

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しかし、なんか、高尾駅のツバメが近年激減してるような気がします。高尾駅入り口にあったツバメの巣も去年あたりから見当たらないような?私はツバメの餌やりをぼんやり眺めるのが大好きなんですが。ほんの数年前までは京王線高尾駅のプラットフォームに立つと、行きかうツバメの鳴き声がうるさいぐらいだったんですが、それもあまり聞こえません。自然破壊とかあるんでしょうが、ちょっとさみしいです。

帰宅して、一服して。んで、、お次は新宿POOでの昭和精吾さんたちの「われに5月を」公演。
昭和さんの公演もほんとうに久しぶり。
こもだまりさん、イッキさん、そして昭和さんのお三方での公演でした。昭和さんの久しぶりの公演のせいか会場はちょうすし詰め。
こもだまりさんとイッキさんの「李庚順」、昭和さんの鞍馬天狗など、楽しみました。

昭和精吾さんは寺山修司の劇団・天井棧敷の団員でいらした方です。あの伝説の「力石徹の葬儀」で弔辞を読まれた方、というのがいちばん分かりやすい説明でしょうか。
最近オタクの間で、アニメやゲームの大好きなヒロインを「オレの嫁」と呼んだりするようですが。そういう風に、二次元の、虚構の世界の人物を、三次元の、現実世界の人物のように扱い、その死に際して現実世界で葬儀を執り行った、そういう意味で寺山修司はそういうオタクのメンタリティの嚆矢でもあったと思っています。また、その他にも虚構と現実の垣根を越境しようとする、解体しようとする行為を寺山修司は行ってきました。市街を舞台にした「市街劇」とかも寺山修司は行っています。

そいや、三次元から二次元のスクリーンの中に入っていくという、オタクの夢みたいなネタも寺山修司は実験映画『ローラ』でやってたなぁ。(いや、閑話休題)

今年は寺山修司没後30年です。節目の年のせいか、本屋さんでも寺山本をよく見かけますね。

私は高校時代、演劇部の部室に転がっていた、角川文庫版の寺山修司の戯曲集で寺山と出会いました。そして、寺山修司死去のニュースは故郷で知りました。寺山修司の棺を載せた黒いライトバンの映像、まだ憶えてます。
「家出」すれば、天井棧敷の末期ぐらいには間に合ったかもしれません。でも、そういう事をする根性もまたないのもわかっています。
しかしそれから数年後、いろいろあって、故郷にいたたまれなくなって、別ルートで上京しましたが。「家出」というにはちょう甘っちょろい行動でしたが。

そしてそれから幾星霜、このままじゃ近いうち人生詰むなぁと思いつつ、どこか焦燥感を感じつつ、まだ東京でふらふらやってます。ま、そんな人生を送っていますが。

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2013/05/02

映画『痕跡imprint -内藤陳がいた-』

昨日は新宿パークタワーホールで、かわなかのぶひろ先生の『痕跡imprint -内藤陳がいた』を拝見してきました。
東京では毎年ゴールデンウィーク期間中に開催されている映像作品の祭典・イメージフォーラムフェスティバルのGプログラム、「パーソナル・パースペクティヴ」の1本になります。

2011年末に逝去された、内藤陳・日本冒険小説協会会長をモチーフにした作品です。

私がかわなか先生と知り合ったのも日本冒険小説協会がきっかけでした。
日本冒険小説協会は毎年3月の終わりから4月のはじめにかけて全国大会があったのですが。

かわなか先生は、第1回全国大会でビデオ撮影をなさってました。あのころはでっかいビデオカメラで、確か肩に担ぐカメラ本体と、肩から提げるデッキ部分が分かれてるタイプだと記憶しています。そして、照明係の助手さんがついてました。

かわなか先生はご多忙なせいもあり、毎年ではありませんが、全国大会にお見えになり、カメラを回していらっしゃいました。
その、でっかかった、二人がかりのビデオカメラがだんだん小さくなり、片手で気軽に持てるサイズになっていったのも面白かったです。

初期のころは故郷から全国大会に参加していましたが、上京して、日本冒険小説協会公認酒場・深夜+1にも顔を出すようになり。
んで、ふとある日、かわなか先生の実験映画上映会のチラシが置いてあるのを見つけました。
行ってみようかなと思いました。あのころは四谷三丁目にあったイメージフォーラムにお伺いしました。

まぁほんと、その時は「おつきあい」のつもりだったんですが。「実験映画なんて退屈だろうなぁ」と正直言って、そのときは思ってました。
でも、その予想は裏切られ。

なんか不思議な経験でした。美男美女が出るわけでなく、ハラハラドキドキのストーリーが展開されるわけでも、スペクタクルな非日常的な風景が展開されるわけでもない。日常的な映像を断片的につなぎあわせていくという手法の作品だったのですが。不思議と退屈せず、魅かれて見ることができました。

それから実験映画を見るようになって。それからしばらく四谷三丁目時代のイメージフォーラムに足しげく通うようになって。
それからかわなか先生主催の実験映画上映会とかもお伺いするようになりました。
系統立てて実験映画を見たり学んだ経験はありませんが、少しは知ってるほうになったかなぁと。

2011年末に内藤陳会長がご逝去され。会長のいない、2012年3月の第30回全国大会で日本冒険小説協会も正式に解散しました。
そして今回、かわなか先生の会長追悼作が公開されると。

感慨深いです。

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