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2012/09/21

『対話の可能性』#12

昨日は渋谷のアップリンクさんへ。
日比谷カタンさんのライブ&トークショー、『対話の可能性』#12に行ってきました。
『対話の可能性』は日比谷カタンさんのライブとゲストをお迎えしてのトークショーと云う趣向なのですが、今回は法政大学非常勤講師/ジェンダー論・やおい研究の金田淳子さんをお迎えしてのボーイズラブ(BL)談義という趣向でした。

ボーイズラブ(BL)、う~ん、オタク界隈の知識として程度の知識はありますが。“腐女子”とかいろいろセンスの面白い用語も溢れているようでありますが。でも、そういう、”外の人”の解ったような知識は、一般人対オタクでも、一般人の解ったような言葉にオタクがムカッとするという事がありますから、中の人に対しては発するべきじゃないかもしれませんが。
つかBL者でもないオトコ(つかオッサン)が行ってもいいのかしらん。

BLコミックなり小説なりは実読はしてないのだけど。ただ、BLじゃなくてゲイ向けの漫画なんでしょうが、児雷也『五人部屋』はとても面白く読みました。なんていうのかな、ゲイの世界なんだけど、センスは70年代あたりまでの少女マンガ風な感じ、その「切なさ」がとてもよかったです。

じゃあ昔風のふつーの少女マンガなら私も読めるんじゃね?考えたりもしますが、でも、現代を舞台にした、っていうか、舞台じゃなくて、なんていうか、“現代”の70年代まで風少女マンガはたぶん読めないと思います。嘘くさくって。そういう“ゲイ”の世界を舞台にしてたからすんなりと読めたっていうか。つかこれ逆にゲイの世界に対する先入観や偏見があたしにはあるかもですが。

いや、閑話休題。

最初は日比谷さんのライブコーナー。

『いびつな月のはからい』、『ベビースキンの世界紀行』(BLver)、BL的カヴァー曲コーナーとかあって。
『Fake Fur bought by Summer Sale BOT』(BLver)もありました。日比谷さんは「歌じゃなくてデータ」とおっしゃっていたように記憶していますが、確かにサンプリングというかデータベース消費と云うか、音楽のMADというか、そういう趣向の曲であります。もちろんこういう展開を可能ならしめるのは日比谷さんの超絶技巧あってこそ、であります。

そして『対話の可能性』で〆。1時間ちょっと、普通のライブよりも長いステージ、それも『対話の可能性』が楽しみな部分。
以前あったひとり芝居コーナーとかはもうなくなってしまったようですが。

休憩を挟んで金田淳子さんをお招きしてのトークコーナー。

ちょっと失礼でありますが、金田淳子さんは地味な印象を受ける方でありました。黒のTシャツにジャージ、入ってる文字がアレでありますけど、地味目の印象。下は七分丈のパンツ。まとめられた髪、お化粧っ気もあまりない方でした。

今回のトークショーはBLの世界の紹介、その歴史、どんなジャンルがあるとか、おススメの作品と作家さんとか、そいう部分が多かったかと思います。日比谷さんとの四方山話的なBL談義。
BLの事は外部的にちょっと知ってる、とどのつまりは門外漢のあたくしにも面白かったです。その語り口。

金田さんはけっしてハイテンションタイプとかじゃないんですが、熱くなってどとーの会話を繰り広げるというタイプではないと感じました。ただ、淡々と、(ほんと、門外漢の私にも)面白く聞いていられる話をしてくださったと思います。それはたぶんものすごく深い知識と頭のよさが必要なスタイルじゃないかと。抑制の効いた知性であるなぁと。たぶん、同好の方同志だとめちゃくちゃハイテンションで熱すぎて触れないくらいの尽きない話もなさるのでしょうが。

金田さんの好みのBLのジャンルは、BLでもかなりマイナーっぽいですが。その世界でも色んな作者・作品を挙げていらっしゃいます。

そういえば思い出しました。あたしがライブハウス通いを始めたのは10年ちょっと前からなんですが。それまでは街中でライブハウスを見かけることはあっても、ふ~んって感じでスルーしていました。ぜんぜん興味なかったです。しかし、ライブハウス通いを始めて、その世界の豊穣さに驚きました。そしてその世界がつい目の前に拡がっているのに、その世界についてぜんぜん知らなかったことも。
たぶん、BLの世界も、その中に入れば豊穣な世界が拡がっているのだろうなと思います。

今回、そういう話はあまり出なかったのですが、「なぜ(一部の)女性がBLの世界に行ったのか?」という部分のお話もちょっと伺いたかったです。今の人々、若い衆のメンタリティの(BLの世界に留まらない)トータルな変化と併せて。「せいぞーんせんりゃくー!」(輪るピングドラム)って部分。

今回のトークショーでBLの開祖のひとりとして挙げられていた栗本薫さんも現代の若い衆のメンタリティの変化に気づいて『コミュニケーション不全症候群』って本を書いていらっしゃいますし。他の世界ではなく、BLのフロントに立っていると見えてくる物があったような気がします。

私見を述べれば。偏見があるかもしれませんし、ぜんぜん浅い考えかとも思いますが。
本田透『電波男』、堀井憲一郎『若者殺しの時代』、松谷創一郎『ギャルと不思議ちゃん論』あたりを浅薄な理解でつくねた受け売りでありますが。

やっぱり自分の性的部分からまったく離れた世界での性的ファンタジーなのかなぁと思っています。女性にとってのBLは。
それは近年、女の子を「お姫様」と規定し、その獲得競争を市場化した消費社会のエスカレーションに対する叛旗ではないかと思ってます。

たぶん、元凶は、(行き過ぎた)「消費社会」。

80年代に入って、女の子を「お姫様」として持ち上げ、女の子には自分の値段を吊り上げるため、男はその吊り上がった「お姫様」を獲得するためにカネを遣わせるという消費社会の戦略。その中で打ち出された「恋愛は素晴らしい。キミにも恋愛は手に入る。それにはカネを使え」というテーゼ。

「お姫さま」になった女性を嫌悪するミソジニー的な方もいるようですが、私は女性は悪くないと思います。おだてられてそれに乗らないってのはなかなかに難しいかと。問題はそれがどういう結果をもたらすか後先考えず、(「恋愛」という意味に限らず)人間にとって大切なものを「商品」にしてしまった事かなと。ま、人間も基本的に目先の損得で動くもの、それがどうなるかなんて、それがもたらす未来なんて、あまりよく解っちゃいないものなのでしょう。目の前の儲け話に乗っちゃうものなんでしょうが。バブルのころみたいに。

そういった競争社会で、自分の性的な部分も含めて、うまく立ち回れる、立ち回りたい、楽しみたい、楽しもうって人々がまぁ過半だったんだろうけど。どうもそういう時代にうまく立ち回れない、そういう「恋愛(セックス)資本主義」世界でうまくやっていけない、恋愛もどうも苦手。そういう人たちの生存戦略、オルタナティブなものとしてのBLの世界なのかなぁと思ってます。

かつて、「リアル恋愛」ってのはできるやつだけ楽しめばいいって物だったかと。リアル恋愛できない事が決して引け目ではなく、リアル恋愛できなくても、焦燥を感じたりせずに、無邪気に本とか映画とか音楽の中の「物語」としての恋愛を楽しみ、恋愛に憧れていればいい時代であったのではと。ま、そういった「物語」を楽しみつつ、時期が来ればお見合い結婚でもして所帯を持って、子供を作って、育てて。そういう人生を送ればいいと思っていればよかった。ま、だいたい、80年代に入るあたりまではそうだったのではないかと。

しかし「恋愛(セックス)資本主義」時代が始まって。結婚して所帯持つことさえも「恋愛」ができることが前提になって。
そして「恋愛(セックス)資本主義」推進のため、「見合い結婚」は旧弊なもの、ダサいもの、不純なものとして糾弾され、あっという間に消滅し。ほとんど「恋愛結婚」しかない世の中になってしまって。
そしてそのおかげで「恋愛(セックス)資本主義」でうまく立ち回れなかった喪男喪女はまた結婚して所帯を持つ、「家族」という最低限の自分の拠り所も手に入れず、自我の不安定さに苦しみながら、生きざるをえなくなってる、と。

つまりその恋愛(セックス)資本主義がたくさんの「あぶれ」、つまり喪男喪女を生み出していったということ。その結果が婚姻率の減少、離婚率の増加、その結果としての少子高齢化、つまり「滅びゆく日本」になっちまって。まぁ滅びちまえと思いますけどね。こんな世界に誰がしたって思いますけど(笑)。

ま、私はそういう見取り図でいるのですが。

そういう世界で、ふつーの男女間の「恋愛物語」は「恋愛」が手に入らない(と思っている)喪男喪女にとって、その欠落感、引け目、「恋愛しろ」という強迫で、かつてできたようにナイーヴにその世界を楽しめない。だから、「恋愛物語」は新しい地平を目指さざるをえなくなった、その「新しい」地平がBLじゃないかなと。

だから私は、喪男として、「恋愛(セックス)資本主義」をひらりとかわしている、新しい「恋愛物語」の地平を開拓し、その世界に行って遊んでいるBLの世界になんとなくの好意を持っているのかもしれない。いや、けっきょく「部外者」に過ぎませんけどね。

変な方向に話が転がりましたな。閑話休題。

トークは2時間ぐらいあったでしょうか。どとーのように言葉が交わされるというのではなく、淡々としていましたが、まるで何者にも止められない滔々たる流れのような感じで、続いていってました。2時間が過ぎました。さすがに見ているだけの私も終盤はヘロヘロになってきましたが。

んで、終演は11時回って、帰宅は午前様。
BLで午前様って、あたしけっこうBL者と名乗っていいかもしんないなぁ。

いや、ほんと、もう三次元は嫌だよ。二次元に行きたいよ…。
私ゃどっちかというとロリだな。親子みたいな感じで性的関係もあるのがいいな。
そういう「物語」が。

どかね?

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