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2012/03/27

今夜、世界のすべての三月に

(タイトルは今読んでるティム・オブライエンの小説と昔読んだ中島らもの小説のぱくりってことで)

24日、土曜日は第30回日本冒険小説協会全国大会に参加するために熱海へ。
昨年末、内藤陳会長がご逝去され、会長のいない全国大会になってしまいました。
去年の全国大会も会長はだいぶ無理をされてご主催して下さったのだなと今にしては思います。
第30回全国大会まではやりたいと仰っていましたが。

しのつく雨の中、東京を出発して。ネットで調べると熱海はお天気とか。
ほんまかいなと思っていましたが、熱海が近づくとだんだんと雨が上がってきました。
送迎バスに乗り込み会場の金城館へ。第20回全国大会からお世話になっている場所です。

受付を済ませて熱海駅頭へ。

第1回全国大会から顔なじみの駅頭の観光案内の方から「内藤陳さん、死んじゃったね」と声をかけてくださったり。気にかけていただいてたのかなと。

30年。熱海の駅頭の風景も変わらないようでいて、変わっていたり。

駅前にコンビニやファーストフードのお店ができた時は、ちょっと無粋な気もしたりして、でもしばらく経つと便利に利用したりして。熱海駅頭の足湯も面白そうですが、なんか利用せずしまいだったなぁとか。駅前に並ぶ土産物屋さんもだいぶ整理されてしまって。

今回いちばん驚いたのはバス停のあったところが囲いができて工事中だったこと。観光案内の方に伺うと、バスとタクシーのターミナルができるそうです。2階建てで、どっちかがバス停で、どっちかがタクシー乗り場になるようですが。

ほんと、変わらないと思っていたことも、知らない間に少しづつ変わっていって、気がつくと驚くほど大きく変わっているものです。

5時半の送迎バスに乗って金城館へ。
部屋に戻って荷物を整理していると宴会場へとのメッセージが。

今回、宿泊は金城館本館で、宴会は南館の宴会場でというかたちでした。
第10回全国大会から28回までは宿泊も宴会も南館だったと記憶しています。去年は宿泊も宴会も本館で、そして今回はそういうかたちでした。

宴会場に着くと記念撮影の準備の真っ最中。
いつもは会長のせかす声が響いていたのですが。
まぁ今年も少しグダグダ気味で。

そして第30回日本冒険小説協会全国大会の始まり。会長のいらっしゃらない初めての全国大会。
舞台には会長の大きなパネル、会長最後の映画ご出演作『これでいいのだ!!映画★赤塚不二夫』のスチルが飾られていました。酒杯がお供えされていました。

今回の大賞受賞作は日本軍が大沢在昌『新宿鮫Ⅹ絆回廊』と西村健『地の底のヤマ』、そして外国軍はジェフリー・ディーヴァー『007 白紙委任状』でした。
大沢在昌さんと西村健さんは会場にお見えで、スピーチを頂きました。
ジェフリー・ディーヴァーさんからはメッセージを頂き、会場で読み上げられました。

120327_1

今回の投票結果はこの通り、日本軍は同点1位が2作。
これも会長の置き土産でありましょうか。

今回恒例のビンゴ大会はなく、くじ引き大会でした。
そして、作家の皆さんのご挨拶など。
最後に事務局からの発表があり、全国大会は終了しました。

お風呂に入って本部へ。大勢の人いきれ。
交わされるたくさんの会話。

本部で会の若い衆から写真を貰いました。本部脇の通路に、会長のご自宅にあった会の写真がたくさん掲出されていて、ご自由にお持ちくださいとあったのですが。その若い衆が私の写真に気がついて、持ってきてくれました。

私と北方謙三さんのツーショット写真。たぶん第1回か第2回の全国大会で撮った写真です。
財布に入れて大事にしていたのですが、10年近く前、財布ごと失くしてずいぶん気落ちしたものでした。その写真を撮ったころ、私は故郷にいて、撮った写真をぜんぶ事務局にお送りしたと記憶していますが。それが巡り巡って自分の元に戻ってきたと。そして若い衆がそれを見つけてくれたと。会長の粋な計らいでしょうか。

ややあって、かわなかのぶひろ先生の映像作品上映。かわなか先生は会発足当初から映像を撮っていらっしゃって、会長の面白本エッセイ『読まずに死ねるか!』刊行記念パーティーとか、過去の全国大会の映像、そしてコメディアンとして活躍される会長の映像なども。懐かしい映像でありますし、そして、30年以上撮り溜めていたことの重さを感じさせました。

私が初めて全国大会に参加したころ、そのころはなんとなくなんか会も全国大会もずっと続くもの、会長もいらっしゃるものと考えてました。もちろん世の中に永遠なんてないって事は解っています。そして、いつかは終わりがくるって事も頭では理解しているつもりでした。でもそんな時はうんと先のことで、あまり考えもしなかったなと。

もう私は30年以上何かの会やサークルに籍を置くこともないでしょう。
いや、だいたい、あと30年生きていないだろうなと。

思えば、故郷で息苦しさを感じ、東京に脱出できて息をつくことができたのも日本冒険小説協会のおかげでした。
そして今は過去を振り返り、あの息苦しさがなんであったかも少しは解り、それによって望郷の念も強くなってきていますが。もちろん今の故郷も変わってしまって、今の望郷の念を感じる「故郷」は自分の裡にしかない「故郷」だということも解ってはいますが。

ずっと起きていたかったです。ずっとたくさん話していたかったです。
寝てしまうと「終わり」になってしまう。だからずっと起きていたいと。

でも、人いきれにのぼせて、ちょっと休むつもりで部屋に戻って、そのまま寝てしまったようです。

120327_2

翌朝、気がつくと朝日が昇っていました。
青空、朝焼け、水平線から顔を出したばかりの太陽。
とても美しい光景でした。

朝食を食べ、着替えて、荷造りをし。
それでもまだ立ち去りがたく。
しかし時が来たこともまた解っていて。
本部にご挨拶をして、金城館をあとにしました。

いくつかの巡り合わせ。そして今私が生きているご縁のほとんどは、日本冒険小説協会にいた事が元になってます。ほんとうにお世話になったなと。いや、ほんと、ほぼ引きこもり体質だった私がここまで生きてこれて、何とか今まで生きてこれたのも、会長と会の皆さんのおかげだったかと思います。深謝。

ただひたすらに深謝…。

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