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2012/02/06

会長帰天送別会

2月4日、土曜日は目白の椿山荘で開催された会長帰天送別会にお伺いしてきました。
長年お世話になった、コメディアン、ボードビリアン、おススメ屋、そして日本冒険小説協会、内藤陳会長のお別れの会でした。

お別れの会は献杯式と宴会の2部構成でした。こういう仏式とか神式ではない葬儀、お別れの会は初めてでどういう形になるのかよくわからなかったのですが。

会場の広間、入ると左手に祭壇がしつらえてありました。会長のお宅から運び込んだ本がうず高く積まれ、会長ご遺愛の小物たちも飾られています。日本冒険小説協会の若い衆の力作であります。たくさんの本、持ち込んで積むだけでもとても大変だったと思います。
そしてたぶんあの何倍もの量の本を会長はお読みになってきたのかなぁと思いました。

お酒を頂き、祭壇の前で飲み干しました。会長にゴチになる最後の一杯でありました。

その反対側の壁に会長ご出演の映画のシーンとか、会で行ったツアーの風景とか映し出されていました。
日本冒険小説協会ではたくさんのツアーがありました、DC-3(ダコタ)へ乗りにフィリピンへ、ハワイツアー、「深夜+1」の足跡を辿るツアー、米国へ南部連邦空軍のエアショーを見に行くツアー、etc..。私はどれも参加しなかったのだけど。行っておけばよかったなと今にしては思います。

会場にはお懐かしい顔がちらほら、ただほんと人の名前と顔を憶えられない鳥頭人間ですので、失礼がありましたら申し訳ありません…。

宴会も和やかでありました。ほんと大勢の人たち。会長のご人徳であったかと。

途中、古参会員でもある映像作家のかわなかのぶひろ先生の会長をモチーフにした映像作品がありました。かわなか先生のお得意の、スチルをムービーで撮るという手法の作品でした。会長の昔の写真を映像に、音楽は小林旭かしら?あのあたりの楽曲をチョイス。それとあるビデオシリーズの宣伝の?ショートムービーの上映もありました。

作家の皆様のご挨拶。ほんとうに大勢でありました。会員から作家になった方もいらして、そう、これは、会長のなさってきたことの果実のひとつでありますよ。

帰りにTシャツとブロマイド、追悼号の日本冒険小説協会会報・“鷲”を頂きました。この会報も突貫工事で会の有志がこしらえたものであります。なのにあのグレード、素晴らしかったです。

二次会は新宿でした。二次会途中でちょっと呑みすぎでヤバい状態になったので離脱しました。

つらつらと考えて…。

うん、「出会い」と「別れ」はセットのものって事は理解していたつもりでした。
日本冒険小説協会に入会して30年とちょっと、いつかはお別れの日がくるとは理解していましたが、ほんとにその日が来るなんて、思いもよりませんでした。
っていうか、会長ほんとタフだったから、たぶん私の方が先にクタバるんじゃね?と思ってました。

しかし、その日は来るのか…。

ただ、あたしは決してデキのいい会員ではありませんでした。
今となってはですが、会長に「よくやったな」と言われたかったなと。会長の誇りになるような人間になりたかったなと。なんか入会当時から今までずっとグダグダの人生でしたよ。

会長は時々、「ここはリハビリの場所」と仰るときがありました。まともに人と話せないような人間を更生させてきたと。確かに私も昔は人とまともに話す事もできない奴でしたし、いろいろ周りに迷惑かけてきました。それがまぁぎこちなくも人付き合いができるようになったのも会長と会のおかげかと。まだまだうまくやれてるとはいえませんが。

そして、ただ、やっぱり、残念だけど、「俺ってほんとに日本冒険小説協会会員の看板を掲げる資格があるのだろうか?」と実はいつも思っていました。またそれと同時に会員である事がかなりの、いやほとんど唯一の心の支えでもあり、でした。だからまぁややこしい会員であったと思います。
うん、やっぱ、近年は深夜+1にも顔をほとんど出さなくなって。会長と交わした最後の言葉も思い出せないほど。なんか忸怩たる思いもありますが。

いや、まぁ、こういう風にあんまりうじうじ書いていると真っ先に会長のお説教が始まるでありましょう。

とまれ、ほんとうに、日本冒険小説協会、そして公認酒場・「深夜+1」は稀有な“場”であったと思います。そしてそれは内藤陳会長あればこそ生まれえた“場”であったと思っています。
そしてその末席ながら、あの“場”の空気に触れさせていただけた私はとても恵まれた人間だったと思います。ほんとにその資格がどれだけあったかあまり自信はありませんが。

そして何もお返しができなかったなと。そしてもし何かこれからお返しができることがあるとすれば、それは会長から頂いた「よきもの」を伝えることではないかなと思います。若い衆や回りに。もちろん会長のタフっぷりの足元にも及ばない人間ですが。

そう、ちっとは会長を見習って、かっちょよくいけたらいいなと。

しかし、やっぱ、会長がいなくなってちょっと心細くて、戸惑い気味でもあります。
今の私が生きている人と人の関係、それはすべて会長が、日本冒険小説協会が起点であります。会のおかげで知り合った仲間もいますし、会の“リハビリ”でうまく作れたご縁もあります。ほんと、すべて、会長と会が起点であったと。

いや、だめだな、あたし…。

また深夜+1へ行って、「もうちょっと静かにしゃべれないか」とか「お前がいると店が下品になる」とか、会長からお小言を頂戴したいものであります。

さみしいのであります。

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