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2011/12/12

『ラーメンと愛国』

『ラーメンと愛国』(速水健朗:著 講談社現代新書)読了。
ラーメンを通して見た戦後日本の社会史、になるでしょうか?

ユニークな、面白い視点や語り口を持った評論系エッセイいうか、そういうのが好きです(ま、「評論」となるとややこしくなってあまり解らなくなります故)。予想もしなかった視点から眺めることで、物事が鮮やかに見えたり、論点を少し変えただけで軽やかに今までの物の見方や考え方を変えさせてくれる本が好きです。本書も「ラーメン」を通してみた戦後日本の社会史についての解説とかで興味を持ちました。
速水健朗さんは以前に『自分探しが止まらない』(ソフトバンク新書)を読んでます。他に食指の動いている本が何冊かありますが、手元不如意な部分もありますゆえ、なのですが。

さて、『ラーメンと愛国』の目次はこんな感じ
まえがき
弟一章 ラーメンとアメリカの小麦戦略
第二章 T型フォードとチキンラーメン
第三章 ラーメンと日本人のノスタルジー
第四章 国土開発とご当地ラーメン
第五章 ラーメンとナショナリズム
あとがきにかえて
ラーメン史年表
主要参考文献

語っていく対象物は章毎に変わっていきます。ラーメンを通して戦後社会の諸相を眺めるという感じかな。

弟一章「ラーメンと小麦戦略」。まず、「ラーメン前史」といったもの。ラーメンは戦前に「支那そば」として都市の下層民の夜食だったとか。そうまだ今のように爆発的に普及する前。

そして戦争。第2次世界大戦、アメリカ合衆国の小麦の生産量は飛躍的に向上し、国内では消費しきれず、海外にその販路を求めていったと。そして、まず、敗戦直後の飢えていた日本に対しては、救援物資というかたちで小麦を支給し、小麦食を浸透させていったと。その小麦食のひとつがラーメンであり、戦後の闇市ではラーメンは人気の食べ物になったと。

第2章「T型フォードとチキンラーメン」。その、闇市のラーメンに行列を作るのを見ていた安藤百福。彼は「いつでも安価に食べられるラーメンを、工業製品としてつくる」事を思いつきます。そして生まれたのが初のインスタントラーメン・『チキンラーメン』。『チキンラーメン』は大ヒット商品になるのですが。
その、大量生産志向を、米国のT型フォードに擬して。そして、戦後日本に「大量生産」の手法が持ち込まれた歴史など。

もうひとつがその「大量生産」された「工業製品」を捌くための手法ですね。ひとつは全国津々浦々に「工業製品」を届ける物流。もうひとつがたくさんの人にその商品の魅力を紹介し、買ってもらうための宣伝手法。マスコミの利用。

第3章「ラーメンと日本人のノスタルジー」は間奏曲的な章でしょうか。「ラーメン」(お店で食べるのも、インスタントのも)という料理の普及。ラーメンが彩る昭和の風景。若くて貧乏な若者達の食べ物、ラーメン。夜食としての受験生の友になったインスタントラーメン。そして浅間山荘事件とカップヌードル。昭和33年ノスタルジー。

第4章「国土開発とご当地ラーメン」からおはなしの方向性がちょっと変わります。若干毛色が変わります。

田中角栄の『日本列島改造論』。中央から吸い上げたカネを公共工事のかたちで地方にばら撒くシステム、金権政治の時代の到来。地方の時代、レジャーブーム。その中で「ご当地ラーメン」というのも生まれた、と。

しかし「ご当地ラーメン」とは、郷土料理のように、ある地方の人々から親しまれ、他所の人には知られてないが、普及していたラーメンではないと。ご当地ラーメンというのは、名物作りのために大なり小なり“捏造”されたものであると。
逆に言えば「ご当地ラーメンは、多様化が失われ画一化した、戦後日本の食文化の象徴でもあるのだ」(168p)と。

この指摘には驚きました。そうか、そうだったんだなと、目からウロコが飛びました。

そして、ファストフードやファミリーレストランが日本でも誕生するとともに、ラーメンのチェーン店も登場します。そしてモータリゼーションの普及とともに、郊外のロードサイド、自動車じゃなきゃ行けないような場所へのラーメンチェーン店の進出、「ファスト風土」化。郊外の画一的な風景のひとつとして。(ここらへんをきちんと論じた本は読んでないのですが)

そして、「ラーメン本」がぼつぼつ刊行され始め、「行列して食べる」ラーメンブーム。その流れが次章に続きます。

第5章「ラーメンとナショナリズム」。私がいちばん面白く感じた章です。

ラーメングルメがTVなんかのマスコミに取り上げられるようになり(そこらへんは制作費安くあがって視聴率がそこそこ稼げるって理由もあったのでしょうが)、さらにラーメンブームは加速します。
そして「ラーメンスター」の誕生。有名ラーメン店の店主がマスコミに祭り上げられる時代になり。「作務衣系」ラーメン店の誕生。

「作務衣系ラーメン」。「創作系ラーメン」という感じかな。店長や店員が白衣のコック服を着てるんじゃなくて、作務衣やお店のオリジナルデザインのTシャツを着て、被り物はコック帽じゃなくてタオルやバンダナを巻く。
そして供されるラーメンはチェーン店のセントラルキッチンとか、ありきたりのレシピじゃなくて、店主が独自に拘りきったもの。「ご当地ラーメン」から「ご当人ラーメン」へ。
そして彼らはラーメンの出自の中華から、和の意匠を装いだす、と。

ここらへん、ちょうど本書の前に大野左紀子『アーティスト症候群』を読んだのでさらに面白く読めました。そういう『作務衣系ラーメン』も「アーティスト症候群」だなぁって。
もちろん速水健朗さんの『自分探しが止まらない』的な部分もあるかと。

「アーティスト」としての、「特別な私」としての、「被承認欲」を抱え込んでしまった人々。それは地縁血縁が崩壊し、社会、世間、自分の回りの世界といったものの中で「自己の定位」が困難になってしまった人々が抱え込んでしまうものなのでしょう。
「アーティスト」志向という部分で、「ラーメンポエム」(ラーメン店に貼り出された店主の言葉など)なんかの存在も理解できるかと。

私見ではありますが、そしてそれは「食べる側」にも蔓延していると思います。今、ラーメン食べ歩きブログなんてのもたくさんありますが。若くて、貧しくて、そして「被承認欲」も人一倍切実な年代でもあろう若い衆、彼らにとっても、高くなったと言っても千円も出せば食べられるラーメンは、「表現活動」の手軽なネタではないのかなと。「特別な私」を演出できるお手軽なアイテム。そうしてラーメンブームはさらに盛り上がると。

そしてそういう創作系ラーメン。なんだかなぁと思う部分もあります。それと逆に行って食べて常連面できたらとても楽しいんだろうなぁと思う部分も。両方私は思います。私も「被承認欲」の強いほうであります故。

また、「ご当地ラーメン」のような、「現実」に「虚構」を被せる手法というのも、先日やっと読了した宇野常寛『リトル・ピープルの時代』に出てくる「拡張現実」という言葉のひとつの実装例と思いますし。また、私の好きな寺山修司の、「作りかえられない過去なんてない」という言葉にもリンクしてくるかと思います。そういった部分でも面白い指摘でありました。

とまれ、本書はラーメンから戦後日本を眺めた、ユニークで面白い本でありました。
オススメであります。

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