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2011/04/04

『フラクタル』最後まで

昨日、録画してあった『フラクタル』の10話と11話を見ました。
これで『フラクタル』を第1話から最終回まで見たことになります。
全体を振り返りつつ感想など。

(以下ネタバレゾーンにつき)

私の予想としては、フリュネとネッサの関係を、「フリュネはフラクタルシステム再生のために組み込む人格の持ち主、ネッサはそれを組み込むためのソフトウェア」と思っていましたが、違いましたね。
フリュネはフラクタルシステム再起動のための「肉体としての“鍵”」、ネッサは「精神としての“鍵”」だったようです。ふたり一組でフラクタルシステム再生のための鍵。そして、それは、千年前のフラクタルシステム起動時に人格を組み込まれた少女、フリュネの似姿。(以下、千年前の最初にフラクタルシステムに人格が組み込まれた少女を「オリジナルフリュネ」、作中登場する16歳のフリュネを「現フリュネ」と呼びます)

肉体が16歳の少女で精神が10歳の少女、なんでかなと思ったのですが。某所の解釈によると、このオリジナルフリュネは父親から性的虐待を受けていて、そのために精神年齢が10歳に退行していたののではという話ですが。あるいは虐待のために解離性障害を起こしていて、彼女の中にネッサという10歳の少女の人格が形成されていたのかも。

そして、たまたまバローが現フリュネに性的虐待を加えていたから、奇しくも現フリュネがオリジナルフリュネと同一の状態になっていて、だから現フリュネとネッサがフラクタルシステムを再起動させる“鍵”たりえたのかもしれない。そう考えると辻褄が合いますね。

しかし、オリジナルフリュネに性的虐待を加えていた父親が何で娘の人格をフラクタルシステムに組み込もうと考えたのか。それは一種のナルシズムなのかな?
澁澤龍彦がある人から「なぜ子供を作らないのか?」と訊かれた時、「娘だったら犯しちゃうから」と答えたと聞きます。あるいは桜庭一樹の『私の男』に描かれる花と淳悟の関係。ナルシズムの延長にある父娘相姦。もちろん当の父親には性的虐待の意識はない、あるいは意識することを回避している、のでしょうし(ひょっとしたら娘の側にもある程度はそういう傾向があるかも)。

そのナルシシズムの延長でフリュネをフラクタルシステムを組み込んだ、と。“神”にした、と。

そいや、現フリュネは「すぐ脱ぐ娘」だったのだけど。それは性的に無知という意味じゃなくて、性的虐待を受けているから、自分の“性”を軽く扱うってことだったんですね。傷つけられた自分の“性”が自分にとって大したものではないというようにわざと振舞う。性的に傷ついた経験を持つ者がAVに出たり、売春をしたりする場合があるように。自分の傷をさらに深くしながら。

私が本作にいちばん興味を持っていたのは、登場人物たちがフラクタルシステムを終わらせるか存続させるかでした。
私はそう悪いものには見えなかったんですが、「フラクタルシステム」が。

たぶん、フラクタルシステムは人類のある種の“ダイナミズム”を去勢するシステム。洗脳によってダイナミズムを去勢し、しかし、それでは人類の存続は不可能なのでベーシックインカム制度によって生活の保障はする。基本的な衣食住と少々の娯楽は与える。

ダイナミズム、人々が集団を作り、“社会”を形成し、その勢力を伸ばそうとする“ちから”。それは人類の“発展”に不可欠だったのだろうけど。でも、それはもう一方では集団内や集団間の争いも生じさせた。差別、あるいは戦争といったもの。
少なくともフラクタルシステム統治下の人類に戦争はなかったのではと考えるのだけど。(はっきりとは描かれませんが)

翻ってロストミレニアム運動はその人類が失った“ダイナミズム”をふたたび取り戻そうという運動だったと理解してるのだけど。

ダイナミズムは取り戻せる、でも、たぶん、そのダイナミズムの犠牲者は出てくるでしょう。
そう考えるとロストミレニアム運動側のグラニッツ一家が僧院側、フラクタルシステム側の「星祭り」を襲撃し、僧院の人間を殺戮するシークエンスがあったのも理解できます。彼らが取り戻したい“ダイナミズム”は、それが行き過ぎ、殺し合いに繋がることもある、と。

犠牲者が出るようでも、人類はそのダイナミズムを取り戻すべきか?それが『フラクタル』における最大のテーマであり、たぶん、原案者の東氏、山本監督の価値観、世の中をどう見ているか、が現れる所だったのではないかと。

ま、本作では玉虫色の解決でしたな。とりあえずフラクタルシステムは再起動させた。あと千年は大丈夫、ただ、フラクタルシステムをメンテナンスしてた「僧院」は消滅したので、千年後にフラクタルシステムが崩壊するのを止められる者はいない。
そしてそしてクレインはロストミレニアム運動の側になり、自らの手で畑を耕し、フラクタルシステムから糧を得る、頼る生き方を捨てる、と。グラニッツ一家も仲間が増えたようですし、ロストミレニアム側の人間も増えたようです。落とし処かしら?

さて、結果的に本作はどうだったか、ですが。

取り上げてるモチーフとかテーマは好きなんですよね。上記したように「フラクタルシステム」というアイディアは人類がこれから進むべき道的な課題でしょう。また、描写とかも好きですよ。
ただ、もうちっと練りこんでいればと思いますが…。

まぁ、最終的な評価はわかんない。山本監督はネット雀の餌食になりやすい方で、そういう騒ぎも目にしているし。そういったバイアスが私にかかっているのも認めます。

光る描写もいろいろあったし、ラストもいい感じでしたけど。でもふと我に返ると???だったり。
音楽に例えると解りやすいかな。ロマンチックなメロディーでいい曲なんだけど、ふと歌詞をよく聞いてみるとデタラメな言葉の羅列だったり。セットリストがバラバラでまとまりがなかったり。
(私はさらにデタラメな言葉の羅列に見える歌詞がよく吟味してみると深い、ってのが好きなんですけどね)

某所で見たけど、「2時間くらいのアニメか、2クールぐらいやるアニメにすべきだった」という意見もいいなと思います。もっと切り詰めて短くするか、もっと長くして描写を丁寧にするか。

ま、ほんと、わかんないけど。

面白くない作品を作る監督は自然に仕事が減ってフェードアウトするもの、引退など言挙げする必要はないと思います。まぁ、つまらない作品を作っていても世渡りが上手で作品を作り続けられる監督もいますし、逆に世渡りが下手で面白い作品を作っていても消えてしまう監督もいるものでしょうが。

う~ん、やっぱ、傑作になる種を持ちつつ、どこかそれを生かしきれなかった作品、と思います。
そういう部分においては『宇宙をかける少女』と同じ評価になりますが。

ちょっと惜しかったなと…

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