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2011/04/26

『魔法少女まどか☆マギカ』最後まで

関東地区では第10話から放送延期になっていた『魔法少女まどか☆マギカ』、先週の木曜深夜10話~12話(最終話)までの放送がありました。(第10話はニコニコ動画で配信済み)

数日経ちましたし、自分なりにちょっと振り返ってみようかなと。
(以下ネタバレもあると思いますのでご注意)

終わらせ方、鹿目まどかが神になってすべてを解決するという結末。なぜそうなれたのかという理由付けもありましたね。良かったと思います。
ただ、私は宇宙の話になるとなんか吸い込まれそうな怖い感覚がしますし、時間の話はタイムパラドックスとか考え出すと頭がややこしくなるし、ちょっと苦手なのですが。だいたい宇宙にとってはチリアクタ以下の存在である人類が宇宙のルールとなる、いや、それ以前に宇宙の熱的死を防ぐエネルギー源になるというのもちょっと不可解な感じです。これは私の感覚なのでしょうがないけれど。

お話的にはどうだったかなぁ。

次々あと出しジャンケン的に出てくる鬱設定。突っ込みどころがあってもパッチを当てるようにあとから説明される。それは決して上手い話の持って行き方じゃないとも思ったりもするのだけど。でも、やられちゃいました。ほんとに上手く作ってあります。

やっぱがっちりと掴まれたのは3話の巴マミ戦死でしょうか。そりゃ確かにミンキーモモみたいに魔法少女、魔女っ子が死ぬという展開もありました。魔力を失うという鬱展開もいくつかあったと思います。っていうか、昔の魔女っ子物は魔女っ子が魔力を失うか魔法の国に帰ってしまうというさみしい結末が多かったと思いますが。まぁそれはたぶん「大人になるため」のステップをひとつ昇るという意味だったのでしょうが。

しかし冒頭でいいキャラがいきなり死ぬというのはね。しかも死そのものは至極あっさり。仲間を庇ってとか、鎬を削りあった挙句とか、そういうのではない。もしマミの死に原因があるのなら、能力不足、あるいは慢心。まどかたち魔法少女仲間ができるという嬉しさで慢心したとか。

そう、孤独なキャラが多かったなと。

巴マミは事故で両親を失い、魔法少女になることと引き換えに彼女だけ助かったようで。だからひとりぼっち。逆に佐倉杏子は彼女の父親が彼女が魔法少女であることに絶望したために、彼女は家族を失ったと。

ふたりはひとりぼっち設定が理由とともにあるけど。美樹さやかと暁美ほむらもひとりぼっちぽく描かれていました。ふつーに考えればふたりは家族がいるはずだろうけど。でも、それが描かれてないぶん、ふたりのひとりぼっちぷりは強く印象付けられました。片想い相手の男の子、恭介へのさやかの執心っぷりとか。あともちろんほむらのさやかへの執心と。

ほむらが、家族とかいたとしても、描かれなかった。それがほむらのさやかへの執心をさらに切実にしていましたね。だからあそこまで行ってしまったと。ほむらのそこまでの頑張りがなければあの結末にはならなかったのだし。

逆にまどかだけは家族が描かれてますな。それが壊されることもあるのかと予測したりしていましたが、それはなかったですな。そして最後、まどかの母はまどかを行かせる、と。いい山場になっていると思います。
家族を失ったりまったく描かれない他の魔法少女達と違って、まどかだけは暖かい家族。それが作品解釈のキーになったりするかな?

劇団イヌカレーの魔女の結界はもとより、背景や大道具、小道具類のセンスも独特でしたね。ハイセンスでアートちっくと言うか。日常慣れ親しんでいるものとは違う、どこか非日常を感じさせるもの。美的センスを感じさせるもの。芸術品っぽい感じ?それこそまどかの家の洗面所からガラス張りでメカっぽい折り畳みの机と椅子が備えられている教室とか。そういうものがどういう効果を作品に与えたかなぁ。こういうのをシャフト作品で意識させられるようになったのは『化物語』あたりかな?3DCGI化とも関係がありそうな気もします。

まぁ、そういう部分、なんて説明すればいいのかな「表現のための表現」って感じがしました。自然な表現ではなく。“様式美”と呼べるかな?呼べないかなぁ。(まぁすべてのアートは表現のための表現という側面はあるんだろうけど)

プロローグ-オープニング-Aパートと、提供テロップをちょっと挟むだけでCMなしで畳み掛けるように見せていく構成も良かったです。緊張感を持続させてくれるというか。私はそんなにアニメを見てる方じゃないのでこういう構成が以前にあったか記憶がないのですが、本作が私にとっては初めてだったと思います。

なんか二次創作も盛んだそうですね。やっぱ元ネタ作品が鬱展開だとファンアートでハッピー展開を作るものなのでしょうか。

しかし、不思議な作品でしたな。震災直後放送中止。確かに10話や11話を見ると津波あとにも見えるし。物語ではスーパーセル(超強力な嵐)だったそうですが。
しかし、放送延期のせいで前期のアニメにしてはL字被害には遭ってない。ちょっとだけテロップが出ましたが。そんな妙なめぐり合わせもありますな。

まぁほんと、1クールちょっと楽しませてもらいました。ありがとうございます。です。

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