« 新しいキーボード | トップページ | 地震行状記@東京 »

2011/03/11

『フラクタル』第8話

さて、『フラクタル』第8話「地下の秘密」を観ました。
簡単に感想など。

(以下ネタバレゾーンにつき注意)

前回最後、重傷を負ったクレイン。その傍に寄り添うフリュネ。ふたりはけっきょく僧院の飛行船に収容され、フリュネが僧院に戻ることと引き換えにクレインは治療を受けることになったようです。

クレインは正面から撃たれて背中にも血が滲みていたから体幹部に貫通銃創を負ったようですが。よく助かりましたな。やっぱあの時代の医療は凄そうですね。まぁ『ルパンⅢ世 カリオストロの城』でもルパンは貫通銃創を体に受けても簡単な処置で生きてたみたいですが。
貫通銃創は体内に弾が残る盲貫銃創よりはいいとは言いますが。きれいに抜けてくれれば。ただ、あの位置だと内臓も傷ついてるはずなんですが。

僧院の飛行船は僧院に戻る前にある地下基地に入ります。病室で目を覚ますクレイン。そこには星祭りで見かけたネッサそっくりの、ただドッペルではない生身の少女に出会う、と。そして彼女もまたフリュネと名乗ると。(以下、ネッサそっくりのフリュネは小フリュネ、クレインと行動を共にしてきた年かさのフリュネは大フリュネとします)

彼女は地下基地内のある場所にクレインを連れて行きます。そこは培養カプセルに封じられた小フリュネがたくさん存在する場所だったと。つかカプセル内で服着てるのか?全裸じゃないの、ふつー。
どうもその小フリュネは小フリュネのクローンではないようです。「クローンじゃなくてフリュネよ」だそうですが。

たぶん、縦穴式の地下基地が暗示しているように、アリみたいなシステムになってるんでしょう。大フリュネが女王蟻みたいな役目で小フリュネを生んでいる。どういうかたちで「産んで」いるかは解らないけど。受精卵として取り出され、後は人工子宮で育ててるとか。いちいち十月十日かけて産んでるとは思えない生産量だし。

だとするとフリュネに精子を与えて受精卵を作っているのか、それとも何らかの操作でフリュネは単為生殖して受精せずとも成長可能な卵子を生んでいるのか。精子が必要だとするとタネ元はあのオッサンでしょうかね。あるいは代々受け継がれてきた精子があるのか?

あの産婦人科の診察台みたいなのはもともとはフリュネから卵子を取り出すためのものだったのでしょう。ヴァギナ経由で取り出すとなると受精卵かな?未受精卵を取り出して体外受精ならお腹に穴を開けて取り出したほうが効率的でしょうし。

そして大フリュネから取り出した受精卵を分割してフリュネを生産してるのでしょう。大フリュネの子宮に精子を注入し(別にタネ元とふつーにまぐわってるかもしれませんが)、受精卵を取り出し、卵割が始まったあたりで複数に分けて、人工子宮で育てると、そういうシステムだろうかと。まぁこれもクローンの一種かしら?

そして、大フリュネが歳をとって受精卵を作るのに適さなくなると、小フリュネを成長させて新しい大フリュネを作ると。ハチは幼虫時は働き蜂と女王蜂は同じもの、ローヤルゼリーを大量に与えると女王蜂、そうしなければ働き蜂になるそうですから、類似のシステムなんでしょう。

だから、あのオッサンはクレインの子種が大フリュネに注ぎ込まれてないか大フリュネをチェックしようとしたと。

さて、あの小フリュネの用途ですが。やっぱフラクタルシステムを支える生体コンピューターのパーツとしてだろうかと思います。例えばバルーンには小フリュネ(丸ごとか脳髄だけ取り出した状態かは解りませんが)が搭載されているのではないかと。

大フリュネが大元だから、大フリュネの精神が小フリュネとシンクロすると。そうやって大フリュネはフラクタルシステムをコントロールできると。そのシンクロのためにフラクタルシステムに入るためのツールがネッサであると。そう解釈したのですが。どうかな?

となるとクライマックス、大フリュネがフラクタルシステムの鍵であることをやめ、フラクタルシステムを崩壊させるために、フラクタルシステムが与えたものではない「子種」を得るため、大フリュネが「抱いてください」ってクレインに迫ったりして。クレインとフリュネがまぐわうシーンがクライマックスになったりして。

クレインもネッサが封じられたペンダントからネッサを取り出せたのだから、なんらかの「資格」があると思うんですが…。

ところで、私自身はこのフラクタルシステムを悪いとは思えないんですよね。
何もしなくてもベーシックインカムで最低限+ちょっと遊べるくらいの生活は保障されているし。人間関係に煩わされずにひとりで生きていけるし。

「社会的生活」を送るためには煩わしい人間関係のいくつかは抱え込んでしまうじゃないですか。会社づきあい、親戚づきあい、隣近所のおつきあい。そういった付き合いの中で不快な事態は必ずいくつか発生する。それを何らかの形で処理していかなきゃいけない。そうしないと「社会」で生きていかなきゃいけない人間は生きていけない。

ま、この時代、人は地縁血縁社縁からはだいぶ解放されているけど。そしてそれはありがたいと思っているけど。さらに進んだフラクタルシステム統治下の世の中は「社会」から「人間」をほぼ完全に「解放」したわけで。

煩わしい人間関係はスパっと切れる。例え親子でも子供にドッペルをあてがって当人は自由気ままにやっていける。
ま、人は孤独では生きられないから友人関係とかはある程度は持っとくとしても、その関係が煩わしく、キナ臭くなったらスパっと切ればいい。

そういうのってちょっと理想だったりします。だいたい私はいじめられっ子タイプですからね。いじめられるよりは孤独がいいです。(別に被害者面するつもりはありません。だいたい私はいじめた経験もありますよ。)

さて、だから、フラクタルシステムを存続させるか崩壊させるか、それが本作を考える上で大いに興味を持つのです。作り手が、それは原案者の東氏か監督の山本氏か、それとも他のスタッフさんかはわかりませんが。こういった社会を善しと考えるか悪しと考えるか。たぶん、原案者の東氏の思考実験的な部分が大きいとは思いますが。その価値観を知りたいと思います。

ところでストーリーに戻りますが。そう設定を考察すると、大フリュネは非処女&経産婦になるかなぁ。非処女&経産婦がヒロインのアニメってむちゃくちゃ珍しいと思いますが。
まぁ山本寛監督の『かんなぎ』もヒロインのナギは神木に宿る地母神の化身で、そういう意味では大いなる母。非処女&経産婦と言えるといえば言えると思いますけど。

|

« 新しいキーボード | トップページ | 地震行状記@東京 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 新しいキーボード | トップページ | 地震行状記@東京 »