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2011/02/16

『津山三十人殺し 最後の真相』

『津山三十人殺し 最後の真相』(石川清:著 ミリオン出版:刊)
読了。いわゆる「津山事件」(あるいは「津山三十人殺し事件」についてのルポルタージュです。

「津山事件」。昭和13年5月21日、都井睦雄という男がひと晩で30人もの人々を射殺・斬殺した“銃乱射事件”であります。
米国なんかで銃乱射事件が起きるとワイドショーのコメンテーターさんとかは決まって「銃社会アメリカは…」なんて言うけれども。70年以上前、米国で起きてるような銃乱射事件がこの国で起きていたことはご存知なのかしら?

私が津山事件の事を知ったのはいつだったか。それは良く覚えてないのだけど。

津山事件がつよく印象付けられたのは本田透さんの本から。「喪男の鬼畜ルート」として紹介されていたから。喪男、本田透さんの使い方によれば、本来の意味を拡げて「“現実”に絶望した人間」っていう意味になるのかな。そういう人物がセカイを逆恨みし、最終的には暴力事件を起こす。それを本田透さんは「喪男の鬼畜ルート」と呼んでいました。津山事件こそ「喪男の鬼畜ルート」の最たる例だと。

ただ、そうルポルタージュやモデル小説を読みふけったということはありませんでした。書籍としてはこの事件をモデルにした岩井志麻子の小説『夜啼きの森』を読んだことがあるぐらい。あとは書籍としてはルポルタージュもモデル小説も読んだことはありません。ネット情報をいくつか読んだくらいなのですが。そのくらいの興味ではありました。
あ、あと、大好きな母檸檬さんってインディーズバンドの持ち歌に『睦雄の数え歌』ってのがあります。好きな曲です。

で、某所で、どうやら本書が津山事件を扱ったルポルタージュとしては決定版になるっぽい事を知りました。じゃあ、改めてきちんとしてルポルタージュを読んでみよう。そして、犯人・睦雄の行動を辿り、心の軌跡を慮ることは、同種の事件を防ぐ言葉のためにも、また、自分の心に対して「喪男の鬼畜ルート」を辿らないための「予防接種」としても有効ではないか。そう思いました。それで本書に手を出してみました。

もちろんこの事件に対してキワモノ&ゲテモノ的な好奇心もあることは認めます。それを自分に対しても認めなければこの文章を書く資格はないと思いますし。

ま、そういう方向で。

本書の目次はこうなってます。
まえがき
序章 惨劇の断片
弟一章 「津山三十人殺し」との邂逅
第二章 遺書をめぐる謎
第三章 祖母いねと睦雄-禁断の関係
第四章 睦雄と性
第五章 三十人殺し
終章 後日談

著者の石川清さんは旅のエッセイ取材中、津山事件を地元の古老から知ったそうです。
それからご自身で色々調べるようになり。
2001年と2006年、著者さんは津山事件に関するルポルタージュを雑誌にお書きになったとか。それも再録されています。そして、本書がその津山事件研究の現時点での集大成になるようです。

本書は3つの特色があるかと。ふたつの資料とひとつの着眼点。

資料のひとつは司法省刑事局が作成した当時の「津山事件報告書」。これは戦後進駐軍が入手し、米国にあったそうです。もちろん日本にもあるはずですが、それはまだ機密文書だろうというお話。ほんとこういう文書をどうしてGHQが欲しがったのかしら?後に自分の国でも銃乱射事件が多発することを予期していたりして…。

これは本書中ではあいまいですが、たぶん、松本清張や筑波昭は報告書を見ているようです。それをもとにふたりは津山事件についての本を書いたらしいです。その米国にある報告書を見たのか、他の伝手で日本の、たぶん警察あたりが持ってるそれを見たのかは解らないですが。そして、類書はそれを元ネタにして書いてるものが多いと。

もうひとつの資料は睦雄が執心していて、標的のひとりにしていたようだけど、難を逃れることができた女性へのインタビュー。
ほかにもまだ関係者がご存命中であるようです。そういった方々の証言も入ってます。

そしてひとつの着眼点。そして著者は関係者の生没年を辿っていくうちにある衝撃的な事実に気がつきます。そして、それを元にした論考を展開します。ここも本書の特色となるかと。

現地を歩いてのルポルタージュ。私としては今も現地に残る「昭和13年5月21日」の日付が刻まれた墓碑銘というのに強い印象を受けました。なんか重いものがずしんと胸に落ちてきた感じ。そして睦雄がおもに銃を乱射した集落は人口が111人で、殺害されたのがその四分の一という事実。それも重いです。

生没年の資料から著者が気づいたあること。それは睦雄と祖母の関係なんですが。
ちなみに睦雄は両親を早くに亡くし、祖母と姉との三人暮らし、ただ、姉は嫁に行ってしまい、それから後、睦雄は急速に狂気へと向かって行ったようです。そこらへんは遊び相手の祖父が亡くなってから急速に狂気へ向かっていった宮崎勤を思い出させます。

第四章の「睦雄と性」。ここらへんは私もあまり詳しくなかったのですが、津山事件は当時、夜這いの習慣が残っている乱れた性の結果の事件だと糾弾されていたようです。って言うか痴情のもつれ?
当時は夜這いの習慣を撲滅することが政府には必要だったと。それはひとつは兵隊さんが故郷に残した妻や許婚を寝取られる心配なしに心おきなく戦って欲しいということ。もうひとつは国家が“性”を管理して、無料の夜這いではなく有料の売春で税金を儲けたいということ。それで夜這い撲滅のスケープゴートとして本件は大々的に使われたと。

もちろん睦雄が事件を起こした原因は、今まで夜這いでヤレていた女たちが、睦雄が結核で、結核の家系(「ロウガイスジ」とか)の人間だということで袖にするようになった怨みもあるようですが。でもそれは睦雄が村から孤立した状態になってしまったことの一部にしか過ぎません。本書でも指摘されている通り、夜這いは事件の原因ではない。当時、夜這いが原因の痴情のもつれによる刃傷沙汰はあったようですが。

夜這い。話は逸れますが。

昔の日本の性に大らかだった時代の美風として「夜這い」を讃えている人も多いけど。しかしそれは「セックスしか楽しみのなかった」この国の貧窮っぷりもあったわけで。
たとえば、楽器を弾いて歌を歌いたい、となったら楽器を買うお金、練習する時間が必要でしょ。でも、そんな余裕はない貧窮の農村。しかしセックスならチ○コマ○コはたいていの人の最初からついている、特に練習も必要ない。だから夜這い。だと思うのだけど。その貧しさゆえのセックスしか楽しみのない状態というのは嫌ですな。

ちなみに歌を歌ったりするのには、楽器や練習よりもまずある水準以上の文化的リソースが必要だけど。睦雄はそれを持っている数少ない村人の一人だったようだけど。

第五章の「三十人殺し」は睦雄が次々と村の家を襲っていく姿を実録調で書いているのだけど。迫力です。私も息をつめてドキドキしながら読みました。この部分は「津山事件報告書」に直に触れ、それを下敷きにできた最高の強みだったのではと。

睦夫の銃。12番径だったそうですが。12番は普及品の散弾銃では大口径になるかと。10番以上も海外では市販されているようですが。ブローニングの5連発を9連発に改造してあったとか。マガジンエクステンションキットとか当時もあったのかな。散弾銃の弾倉は銃身の下にチューブ式でついてるのが多いんですが。そのチューブを延長して装弾数を増やしているかと。

本書では「実弾ダムダム弾」と書いてありますが。たぶん、ライフルド・スラッグのことかな?散弾銃ってのはバラ弾を同時に何発も撃つものですが。しかし、弾が1発だけのもあります。それを「ライフルド・スラッグ」と呼ぶのだけど。ダムダム弾ってのは鉛芯を覆う銅被の先端に切れ込みを入れて鉛芯を露出させたものをいいます。命中時に柔らかい鉛が変形して傷を大きくする弾丸です。今はともかく当時はライフルド・スラッグは銅被のない鉛の塊だったはず。ホローポイントとかになってたのかな?

睦雄の散弾銃は散弾もライフルド・スラッグも使えたようだから、チョークのあまりない銃だったのか。(散弾銃は散布界を調整するために銃身が先細りになってます。それを「チョーク」と呼びます)

睦雄はライフルド・スラッグをメインに使ったようです。散弾銃ってのは弾が散らばるから正確な狙いを必要とせず、とっさの接近戦に適しているのですが。そうでなく、狙いも正確だったようで。つか甲種合格じゃね。この腕前、この暴れっぷりなら。腕利き狙撃兵になれたかもしれない。

「津山事件報告書」を使うことができたおかげでしょうか、遺体の状況もある程度詳しく書かれています。あまり鮮明ではありませんが写真も収められていますが…。

終章は事件のあとの後日談。ここに前述の睦雄が執心していた女性のインタビューも収められています。特に新事実というのもないようですが。しかし、やはり、その重みは違います。私ごときが軽々しく慮ることすら許されない苦難があったようです。しかし、それを乗り越えて生きていらっしゃるようです。

睦雄を知るおばあさんの証言とかも入ってます。元来睦雄はとても優しい人だったようです。それが自身の結核(あれだけ暴れることができたのだから、結核も快方に向かっていた可能性が大きいようですが)、そして「ロウガイスジ」の噂を立てられ、村から孤立し、絶望の中、急速に狂気へと傾斜していったと。本当に悲しいことであります。

そして現代。

「無縁社会」といわれるように、孤立した人々があちこちにいて、人生もうまく行かず、そのせいで世の中を逆恨みするようになり、暴力衝動・破壊衝動を抱えて生きている。それが頂点に達した人々が、年に数回暴発し、通り魔事件、無差別殺傷事件を起こしている。
人はそういうダークサイドを抱えてしまいがちなもの、一歩誤れば「鬼畜ルート」を辿ってしまいがちなものと思っています。それから救済される方策が必要かと。

しかし、変な言い方ですが、暴力衝動・破壊衝動は多くの人が持っているのでは?それを人は「正義」というエクスキューズで時々発散している。勧善懲悪ものとか人々が楽しむ“物語”によくあるパターンじゃないですか。
そしてその最たるものが「戦争」。“正義”の名の下に殺しまくり、破壊しまくり、得意げな人たち。もちろんネットとかの「炎上」もそのパターンですね、正義に酔った人々がその暴力衝動を解放している。

その分、「“正義”なき暴力」を振るう人々は、ある意味正直な人たちだなと私の目に映ったりもします。“正義”というエクスキューズがない分ね。ただ、遺書からするとどうも、睦雄はなんとか「自分の“正義”」を構築しようとしていたようですが。

当時の農村の、とても濃かったであろう人間関係。それこそ穴兄弟や竿姉妹がたくさんいるような。それから孤立してしまう辛さは、現代の孤立してしまう辛さよりはるかに大きかったのかもしれない。
睦雄はもう故郷を捨てて、街に働きに出るべきだったかもしれないなと思います。そのくらいのお金は事件に使う銃とか刀剣類を買うお金を転用すれば何とかなったと思いますし。しかし、そういう発想はできなかったんだろうなぁ。長男だったみたいですし。

しかし、どうにかならなかったのか?

本当に恐いのは、強い悩みやストレスを長期的に抱えながらも誰にも相談できず、解決できないまま、孤立してしまうこと。その結果、哀しいことだが、独善的で反社会的な解決方法を導き出して、実行してしまうことではないだろうか。
考えてみれば、多くの事件の加害者も、こんな状況に追い込まれていたのかもしれない。
(本書238p「終章」より)

何度も書きますが、睦雄のような状況に置かれている人間はたくさんいると思います。現在でも。まぁ、そういう人は通り魔事件を起こすよりも自殺してしまう方がはるかに多いと思ってますが。
そして私もそのひとりかもしれません。そういう人間を見つけ出し、世の中から排除せよ、と言うのは簡単ですが。事件を起こしてしまった人間を、口を極めて罵ることもカンタンですが。そして私も彼らがやったことはひとかけらの弁護の余地もないと思いますし、裁判を受け、しかるべき罰を受け、罪を償うべしだとは思いますが。

ただ、それだけでは自分の中に収まらない気持ちがします。ただ、それだけじゃ何も解決しないと思います。
もちろん何らかの「公的支援」でそれを解決することは難しいと思いますし。ほんと、どうすればいいのでしょうか…。

とまれ本書は「津山事件」のよいルポルタージュになってると思います。おススメできると思います。もちろん猟奇趣味の方も手を出すだろうし、睦雄の姿に自分の心の“いたみ”を重ね合わせてしまう人もいるでしょう。それはあるとしても、できるならば、決して「鬼畜ルート」を辿らないための教訓として本書が読まれるといいなと思っています。

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コメント

使用弾丸は猛獣用アイデアル弾とあと大型獸用名前がちょっと…の散弾パチンコ玉大の鉛玉が数個は入ったやつですかね。銃はブーローニング自動銃今もほぼ同じ銃が買えますが高価です。チョーク絞りの無い散弾銃、ライェットガンは国内では無いですね。使い道が無いです。すぐに無差別殺人と一緒にしたがる人がいますが、本人の遺書からも本人の縁者の証言からも、動機が怨みの確信犯ですね。巻き添えを喰った被害者もいるが。最も類似した事件は、宇都宮の定年自衛官による主婦連続射殺事件ではないでしょうか。 死刑になりたいとか、誰でもよいから殺したいと言うのとは全く違いますね。怨み憎しみもない殺人は…

投稿: ゆーぼーと | 2011/03/24 02:58

◎ゆーぼーと様
猛獣用アイディアル弾なんてあったのですね。ライフルドスラッグのホローポイント系なのでしょうか。
散弾は鹿弾(バックショット)のたぐいかしら。32口径相当の球弾が9発入っているとかいう話を読んだことがあります。
銃はポンプアクションかセミオート、どっちだったのかしら。

相手がある程度定まった、動機ある殺人というご意見はそうであります。無差別殺人とは違うと。
ただ、コロンバイン高校銃乱射事件みたいに、恨みを抱く相手がいる場所で起こす事件もあるし、そういう意味では無差別かどうかという区分もちょっと難しいかなと思います。

ほんと、こういうことをしでかすか否かの線はどこにあるのだろうと考えます。その線は自分の中にもあるのかないのか。あるのかな?でもそれは一生発動することはないのでしょうが。

ルサンチマンの最悪のかたちでの発動。それは他人事ではないと考えたりもします…

投稿: BUFF | 2011/03/24 11:23

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