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2011/01/28

「対話の可能性」第10回

昨日は渋谷のアップリンクで日比谷カタンさんのライブ&トークショー「対話の可能性」Vol.10でした。今回のゲストは精神科医の名越康文さんでした。

名越康文さんは『危ない恋愛-恋しても幸せになれない存在分析-』(智恵の森文庫)を読んだことがあります。ま、恋愛なんて関係ないキモメンのあたくしですが、書店でぱらぱらとめくっていて「基底欠損」という言葉が目に留まったからです。「基底欠損」とは「生きていく上で必要な、無意識的な信頼感の欠如」のようですが。

ここらへんは私のおぼろげな理解ですが。例えば、明日私が生きているという保証は何もありません。でも、「明日俺は死ぬかもしれない」と思っていたら、怯えて生きていたら、とても生きた心地はしないでしょう。んで、とりあえず、「無意識的な信頼感」でもって、明日自分は生きているということは無意識レベルで自明なこととして生きていってる。そんな感じじゃないかと理解しているのですが。

どうもそれが自分の中でもうまくいってない、「基底欠損」を抱えているのではないかと。

私は中学生のころ、初めて強烈な鬱状態を体験したのですが。その時「この世がこの次の瞬間終わるかもしれない」という妄想を抱いていました。それはその欝の原因か結果かは解らないのですが。
今でも私は夜中にふと目が覚め、強烈な恐怖感、“死に対する恐怖感”にとらわれる時があります。でもそれは分析すると、「これは“死に対する恐怖感”というより、このくらい凄い恐怖感だと、“死に対する恐怖感”じゃないかと脳が解釈しているのではないのか」と思います。そんな感じ。

とまれ、その中学時代の鬱状態、かなりきつかったです。例えば、頭の中にふと「128」という数字が浮かんだとします。頭にランダムな数字が浮かぶのは人として普通にあることでしょう。でもそれを私は「1月28日にこの世が滅ぶに違いない」という解釈をして苦しんだりしました。

だから、「明日自分は生きている」事を無意識レベルで自明とする機能がどうもうまく働いてないのかなと。といってもほんとちょっとだけ機能不全というレベルでしょう。まともに機能不全してたら人はとても生きていけないかと。

この「基底欠損」という言葉、磯部潮さんの人格障害の本にも出てくるし、自分にとって何か大切なキーワードのような気がします。(磯部潮さんは「基底欠損領域」とされていますが)

いや、自分の話をグダグダとしちゃいましたな。
まぁ、そういう方向で今回のゲストの名越康文さん、楽しみにしていました。

最初は日比谷カタンさんのライブパート。

最初の曲は『スキゾフレニイアパルトメント』。精神科医に通う女の子のトキメキを描いた歌。今回の趣向にぴったり。彼女はその精神科医に恋をしているようで。そういう、患者が精神科医に恋をしてしまうという事例はよくあると、この曲を知ってから読んだ人格障害の本に書かれていました。ま、精神科医によらず、患者が主治医に恋心や特別な感情を抱くのは自然なことかもしれないなとも思いますが。特に精神科医は患者の話をよく聞いて理解して適切なアドバイスをするのが仕事ですし。やはり心に病を抱えて回りから自分が解ってもらえないと思ってる精神病患者にとっては、精神科医は自分の理解者と映るだろうし、それで恋心を抱く場合も多いのではと理解します。

この歌詞に仄めかされている内容からすると、彼女が通っている医者はフロイドのようです。1938年、ナチに追われて英国に亡命する直前のフロイド。ただ、当時フロイドは82歳のおじいちゃんのようですが。って言うかロマンスグレー?

お次が『ヲマヂナイ』。これも大好きな曲。自傷を歌った曲。「細胞が流れて 意識を熔かす」。最近は『ヲマヂナイ』もあまり聴く機会がないのでとてもありがたいです。
『ヘテロのワルツ』も大好きです。「彼はいつも 独りだったので それに慣れてしまったのです」

『ウスロヴノスチ』前半から「対話の可能性」定例の日比谷さんのひとり芝居コーナー。今回はあっさり目かな。某アニソンカヴァー。オープニングでしたが、私はエンディングの方が好きなんだなと思っていたら、エンディングまで。私はリアルタイマーです。白黒テレビでね。

今回歌詞がスクリーンに映されての演奏でした。歌詞カード首っ引きでいつも聴いているということもないので、その趣向、よかったです。何度も何度も聴いているはずなのに、けっこう歌詞を勘違いして憶えているなと。

ラストは『対話の可能性』に『畸形認メ申ス』をミックスした曲で〆。
ややあって名越康文さんをお迎えしてのトークショー。

名越さんの本は先ほど書いた『危ない恋愛』のほかに、釈徹宗さんの内田樹や名越康文さんとの対談集、『現代人の祈り~呪いと祝い』を買ってあったのですが。名越さんパートに入る前までしか読んでいません。

う~ん、なんかちょっとうまく入れなかった。特に「腹で解る」というところには行けなかったなという感想です。やっぱりもっと名越さんの本を読んで、あらかじめいろいろ考えておくべきだったなと。そうなればその“場”の空気からさえいろいろ得られるものがあったのではないかと。

また逆の観点から言えば、この“場”にいるだけですっと楽になる“ミラクル”でも起きるかと身勝手な期待をしていたのかもしれないな。それはこつこつとやっていって、気がついたらどこか“高み”に立てていた、楽になっていた、というかたちが普通なのだろうなと。

しかし、いかんせん、たくさんの参考になる、示唆に富んだ発言があったのに、なんか自分の中にあまり残らなかったのが本当にくやしいです。何か少しでも残っているかなぁ…。

とまれ、本当に良いライブ&トークショーでした。

またいつか機会があれば、名越さんのトークショーにお伺いしたいと思っています。
そして、できたら、その時はきちんと名越さんやいろんな方の本をもっと読んで、知識を身につけて、トークの内容をいろいろ吟味して、腹に収めていくようになっていたいと思っています。

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