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2011/01/25

『フラクタル』第2話

さて、今期始まったノイタミナ枠のアニメ、『フラクタル』、第2話「ネッサ」も見ました。
見始めたのは東浩紀さんご出演のトークショーで本作の話題があったのがきっかけ。
東浩紀さんは本作でストーリー原案を担当されているようです。

第2話まで見たところでの、自分なりに理解してみた世界観。

まず、世界は「フラクタル」と呼ばれるコンピューターネットワークで覆われているようです。「フラクタル」は22世紀にできたとか。フラクタルは人工衛星を使って結ばれているようです。そして、人はフラクタルと脳を直結しているようです。ただ、パソコンネットも存在しているようです。PC経由で来ると意識した方が取り扱いやすい情報はPCから来るような習慣になってるのかしら?

それによって「拡張現実」が実現しているようです。つまり、実際の風景とコンピューターで描かれる画像が視界に混在し、わけ隔てなく存在している。私の説明は決して上手ではないけど、『電脳コイル』あたりを見ていた人なら解るかなと。あんな感じ。ただ、『電脳コイル』は拡張現実のためには「電脳メガネ」というガジェットが要りましたが、この世界ではマイクロマシンを使って脳とネットワークを繋ぐ、士郎正宗の用語を借りれば「電脳化」がされているので、そういう品物は必要ないみたい。

それにより、人は「ドッペル」というのを持つことができるようになってると。これは今の「アバター」がうんと進化したもののようで、拡張現実世界における自分の分身みたいなもの。この「ドッペル」は現実の人と間違えないためかどうかわからないけど、リアルな人とかの姿ではなく、抽象的で奇妙なオブジェのように描かれるようです。

社会保障的には「ベーシックインカム」が全面的に導入されているようです。早い話が人は働かなくてもある程度のレベルの暮らしはできるみたい。希望すれば働いたりもできるようですが。共産主義の目標とする「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」社会がある程度実現しているようです。それはテクノロジーの究極の発達によるのでしょうが。無人工場とか、ロボットが耕作する農場とか。
そして、その制度の下、人はなにものにも縛られず、自由気ままに生きていってるようです。

さて、第2話は。
(以下ネタバレゾーンにつき)

第1話のラストに登場したネッサを軸におはなしが進む回でした。
世界観の追加説明的な部分が多かったようです。

ネッサはドッペル。つまりフラクタルが生み出した“幻影”のようです。ただ、普通のドッペルが抽象的な姿をとるのに対し、彼女はリアルな女の子の姿をとっています。触ることもできるみたい。ま、フラクタルと脳は直に繋がれているようですから、五感すべてに干渉できるだろうし、触感もありえるでしょう。

今回、第1話に登場したフリュネはまったく登場しません。そこらへん、ボーイ・ミーツ・ガール物としては変則的かなと。
ただ、尼僧のような女性たちがフリュネを探す女子修道院みたいな場所が出てきます。彼女はそこにいたようです。そういう女性だけの場所だから、彼女は“異性”というものが理解できず、第1話でクレインに平然と裸体を晒したりしたのでしょうか。

この修道院の院長さんらしき人の声を当てているのが島本須美さんでした。「カメオ出演」ってやつでしょうか。『カリオストロの城』のクラリスや『風の谷のナウシカ』のナウシカ役の方。「声にときめく」って経験は島本須美さんが最初だったと思います。ここらへんやっぱりオマージュなのだなぁと。

修道院のシーンによるとネッサは「世界の鍵」だそうです。「フラクタル」に何か大きな影響を与える力を持っているのかな?

そうなると飛行船でフリュネを追いかけていたチンチクリンの金髪少女・エンリとその手下の「ブルースブラザーズ」はそれを狙っているのかな。今回、その少女の兄らしい人物も出てきます。たぶん彼が指示を出して、エンリはその大好きなお兄ちゃんに喜んでもらいたくて頑張ってるんじゃないのかなと。

その三人組のコミカルっぽさは、例えば『未来少年コナン』のダイス船長っぽいです。これもオマージュかもしれないし、さらに言えばダイス船長みたいに最後は「組織」を裏切ってクレインたちの味方をするのかもしれない。だとすればエンリの兄は「組織」に利用されて酷い目に遭う、最悪殺されたりするのかもしれないな。エンリが嘆き悲しむところは見たくないけれど。

2話のラスト、クレインとネッサはエンリたちに捕まるけど。このまま「インダストリア」的なところに連行されるのかしら。

ネッサの天真爛漫キャラっぷりもいい感じです。『けいおん!』の唯の性格をさらに煮詰めたような。好かれることが好き。好かれないことは悲しい。そしてネッサは自分のまわり全てを好いている。

そして、フリュネはどう動いているのか?彼女がネッサを封じたブローチを持ち出したのだし、それは何か彼女なりの思惑があってのことでしょうし。そのために動いているはずだし。

ところ、で。

本作の東浩紀的部分はどうなってるのかなと、本作を見始めたきっかけが東浩紀だった私としては考えます。例えば以下のように考察するのだけど。

この世界の人々の自由を愛すっぷり、印象的です。今、この時代、「無縁社会」が叫ばれていますが。この時代の人々は「無縁社会」を謳歌しているようです。街に住む人はおらず、管理機関の出先だけが置かれ、人々は町の外のトレーラーハウスに住んでいて、好きな時によそへ移動する気ままな暮らしのようです。クレインが崖の上の家に住んでいるのも、クレインの好みからのようです。

私たちはかつて“縁”、逆に言えば人を縛る“しがらみ”を捨てることで自由な生き方を手に入れたのだけど。今、その縁を捨てた人間が年老い、孤立してしまっていることが問題視され、「無縁社会」と呼ばれているのだろうけど。
『フラクタル』の世界では、そういった葛藤はもう乗り越えられ、人は自由気ままに生きることを謳歌し、死んでいくことも受け入れ、それに対応する社会システムもできているって事かな。

この「無縁社会」時代、我々は“縁”を取り戻そうとしていくのか(もちろん“しがらみ”も一緒についてくるでしょうが)、それとも“無縁”を生きる術を手に入れるのでしょうか。

ここらへんの世界観、東浩紀さん原案の部分なのだろうと。人々の「動物化」が進めば、人々は「無縁社会」を平然と生きられるようになると思うのだけど。“縁”とは、「動物化」以前の「他者の欲望を欲望する」ということだろうし、「動物化」はその「他者の欲望に対する欲望」が薄れていくってことだと東さんの著作を理解したのだけど。ま、アタマ悪いしね、オレ。

とまれ『フラクタル』世界では東浩紀のいう「動物化」がだいぶ進んでいるのではないかと。

ところでクレインはどう育てられてきたのでしょうかしら。両親がある程度までいっしょにクレインを育て、あとは自分達のドッペルをつけて放置状態。そういう世界で子供はうまく生きられるように育つかどうか解らないのだけど。クレインが赤ちゃんのころはリアル両親がいたようですが。クレインのコレクションのビデオ映像を見ると。

そして、クレインはフリュネが現れたせいで、ひとり生きていくことにさみしさを感じるようになったようです。

そんな感じで現代社会で進行する「無縁社会」が『フラクタル』の隠れたテーマになっていくと思います。

ま、『フラクタル』世界は「ハッピーな“滅び”が進行している世界」だと思います。人は「縁」(=「しがらみ」)から自由になり、気ままに生きている。しかし、人は社会的動物である以上、それは滅びへの道ではないかと。

例えば夫婦を組んで子育てするのだって。夫婦となって四六時中顔を突き合わせていれば、それはお互いの「自由」の障害になる場面が多々ある。ガマンしなきゃいけないことがいろいろと生じる。「子育て」なんて我慢の連続じゃないですか。夜中眠いのに、遊びに行きたいのに、赤ちゃんのオムツを替えたりオッパイをあげたりしなきゃいけない。我々はそのために「子育てのヨロコビ」という“物語”を発明してそれに耐えているけど、ひょっとしたらそれは幻想かもしれない。
人はそれさえ捨てて生きていく事を選んだのではないかと。だから出生率もかなり下がっているのではないかと。人類はそうやって緩やかにその数を減じているのだろうと思います。

まぁ、私は「苦痛にまみれた繁栄」より「ハッピーな滅亡」の方がいいと思っていますけど。
(ちなみに東浩紀さんご自身は結婚していらしてお子さんもいらっしゃるようです。ツイッターのアイコンをちょっと前まで子供さんにしていたくらい子煩悩なお方のようですが(そしてあたしはそういったものが手に入らなかったor手に入れなかった側の人間ですけど))

とまれ…。

本作は空気がとてもいいです。ちょっとのんびりとした感じ、少年冒険活劇といった空気。
この空気のままおはなしが進んでいくのなら、大傑作にはなれないでしょうが、ウェルメイドな桂作として楽しめると思います。そうやって進んでいって欲しいなと思います。
そして、この空気を敢えてぶち壊そうというのなら、突き抜けた傑作か、どうしようもない駄作になるかと。作り手がケレンを求めるタイプなら、そういう方向に行くのだろうなと。

なんか「まどか☆マギカ」3話でショックを受けた身としては、王道ほのぼの少年冒険活劇に行って欲しいなと思ってます。王道がいちばんよ…。

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