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2010/11/08

西崎義展死す

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101107-00000594-yom-ent
「「ヤマト」プロデューサー西崎さん船から転落死」

西崎氏はもちろん『宇宙戦艦ヤマト』の生みの親のひとり。『宇宙戦艦ヤマト』はアニメブームのはしりとなった作品。
いや、アニメブームというより「アニメは大人も見ていいもの」という新しい一般常識を作ってくれた作品とだ方がいいかなぁ。

『宇宙戦艦ヤマト』当時、アニメは(いや、アニメなんて呼称もなかったな、テレビアニメは「テレビマンガ」、劇場アニメは「マンガ映画」って呼んでました)子供の見るもの、そしていつかは「卒業」するものって常識がありました。
ここらへん大人文化と子供文化が明確に分かれていた時代ですな。漫画はもうだいぶ大人も読んでいいものって感じになってたけど。

まぁここらへん“卒業”したかしなかったかがオタク第一世代と呼ばれる年代の人たちのジレンマだったんだけど。まぁ私はどっちつかずだったですね。アニメを見てるって言う同級生を「幼稚」ってバカにしつつ、コソコソとマンガ映画見に行ったり。ひどいですな。
そいや「幼稚」って言葉もほんと死語になりましたな。これもまた子供文化と大人文化の区切りがなくなったせいでしょうか。

ま、最初はアニメ雑誌じゃなかった「OUT」って雑誌がヤマト特集をやって、本屋さんでもいい場所に移って行ったり、アニメの話する同級生とかいたり、そういう時代の流れをリアルタイムで見てました。「テレビマンガ」「マンガ映画」って呼び方が「アニメーション」になっていくのもね。

私的な行状でいえばほんと結局どっちつかずだったんだけど。あのころ自分に正直にアニメ好きのままいたら、今頃は煮〆たようなオタクライフをエンジョイできたかもしれない。あるいはキッパリ捨てて「オトナ」やれてたら、もちっとマシなサラリーマンやれてたのでしょうけど。

『宇宙戦艦ヤマト』シリーズは『さらば宇宙戦艦ヤマト』まで見ました。だからけっこう早いうちに見るのやめたんだけど。『さらば~』以降、ご都合主義的に死んだキャラを生き返らせたりするのがどうも腹に据えかねましたし、「『さらば~』は特攻礼賛じゃないか」という新聞コラムを読んで、そうだよなぁと思って見なくなりました。

まぁそれ以降も西崎氏の行状、ヤマトシリーズについて、いろいろテレビとか雑誌とか、後にはネットとかでも仄聞しておりましたが。ほんと「ヤマト」にとりつかれた人生だったのだなと。畳の上で死ねない人生だったのだろうなと。

ある方とヤマトの話をしていて、「『ヤマト』がなくてもアニメブームの機は熟していたし、『ヤマト』がなくても他の作品が起爆剤になってただろう」と言う方もいて、そうだったのかもしれないなとも思います。

ま、初めて胸ときめいた二次ヒロインが森雪(その次は「カリ城」のクラリスというお約束ルート)だった者として、やっぱりちょっと感慨深いなと。

そういう方向で。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

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