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2010/04/20

そして詩学校

で、日曜日は久しぶりに三上寛さんの詩学校に行ってきました。
詩学校は1月11日以来です。2月はなくて、3月は熱海での日本冒険小説協会全国大会明けできつかったので。強行軍しようかと思いましたが、さすがに帰宅するのがせいいっぱいでした。

お昼は市ヶ尾のマクドナルドで食べて。
もう2時過ぎだったし、その時間帯はいつも結構すいているのですが、今回お客さん保母満席状態。部活帰りの高校生っぽい集団とか。
で、どうやら市ヶ尾のマクドナルドは今月一杯で閉店のようです。マクドナルドが事業立て直しのため店舗閉鎖を進めているという話は知っていましたが。こういう私鉄沿線のベッドタウンの店舗はコーヒー一杯でずっと駄弁っているような、客単価の低いお客さんしか来ないのかしら?
詩学校の会場の道すがら、お昼を食べられそうなお店はいくつかあるのでそうダメージはないのですが、しかし、駅前の一等地と言っていい場所のお店がいきなり閉店というのもちょっと困ったもの。つか、マクドナルドとかアブラ飯はあまり食べちゃいけない私ですけど…。
そういえば市ヶ尾駅前って本屋さんはあるのかな?あると便利なんだけど。

で、久しぶりの詩学校。

しかしやっぱり1月以来、3ヶ月も間があいてると勘が鈍っているのが自覚されます。
三上さんがいつも仰っているように、普段から1日少しでも、書けなくてもいいから、原稿用紙を前にする習慣を身につけるようにしていたら、ぜんぜん違ったと思うのですが。

表現活動ということ。

例えば、「俺は歌に命かけてる」という人たちもいます。私はそこまで表現活動に身を入れる覚悟はないです。私はそういうタイプの人間じゃないとも思います。
しかし、現状、このままだとほんと、生きている意味が何もないままダラダラ生きていくのがずいぶんきつくなってきているのは自覚してます。このままだとほんと、ある時ちょっとしたきっかけで命を手放してしまうんじゃないかと思ってます。それはそれで構わない、しかたないことかもしれないけど。今の生き方なら。

まぁ、私は歌ったり詩を書いて発表したりというより、もっとごく普通の、ありふれたことで生きる意味を持っているべき人間だったと自覚しています。それはつまり家庭を持ち、子供を育てたりすること、あるいは「仕事が生き甲斐」な人間になることだったんだろうけど。
かまやつひろしの『我が良き友よ』みたいに、「女房子供に手を焼きながらも」、それが生きていく意味で、生きていく。あるいは仕事人間サラリーマンみたいに、仕事が生き甲斐だったり。そういう生き方をすべき人間だったと痛感していますし、そう生きていくはずだったと思います。特に特別な人間になる事を望んではいなかったと思うのだけど。
しかし、何で、どこで、ドロップアウトしてしまったのかね?あたし。

ほんとに、ごくごく一部の特別な人間は、家庭とか仕事以外の生きていく意味を見つけて、積極的にそれを受け入れて、生きていくようになるのでしょうが。
歌とかの芸術・芸能、神や真理を求める宗教的、あるいは哲学的な生き方、あるいは革命に身を投じたり。ほんとごくごく一部の選ばれた人間はそう生きていく適性があって、そう生きるように運命付けられて、自分の意思でそう生きていくのでしょうが。残念ながら私はそういう人間ではないのですが。

ほんと、なんでだろうね?

もうほんと、生きているだけで生きていくことがずいぶんきつい時期にさしかかっていて、何とかしたほうがいいなと思っていたりするのですが。この詩学校通いもその悪あがきの一環なのかもしれないです。

詩学校終了後は三上寛さん、主催の大塚さん、そして詩学校五さん課の皆さんを交えて呑みながら、食べながら、おしゃべり。楽しかったです。
「食べることと話すことは生者の世界に戻ること」って確か『パリ、テキサス』って映画にあった台詞ですが。楽しかったです。

皆様どうもありがとうございました。

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