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2010/03/17

『乾いた湖』

今、京橋のフィルムセンターでは篠田正浩監督特集をやっているのですが。
篠田正浩監督は寺山修司と組んで、寺山修司脚本映画を何本か撮っていらっしゃいます。
2007年の11月に早稲田大学大隈講堂であった国際寺山修司学会にも篠田監督がお見えになり、当時の思い出話を聴かせて頂いたのですが。

昨日は寺山修司映画脚本デビュー作、『乾いた湖』をフィルムセンターで見てきました。
寺山修司は25歳ごろ、篠田監督も20代の終わりごろ、『恋の片道切符』で監督デビューして2作目の作品になるようです。若いですな。

本作のフィルムセンターによる解説はこちら
日本映画データベースによるスタッフ&キャスト表はこちら

という訳で、寺山ファンとして見とかなきゃと思いつつ、何度か上映の情報も耳に入っていたのですが、なかなか重い腰が上がらず、やっと今回拝見することができました。

本作は岩下志麻の本格デビュー作とか。クレジットにも「入社1年」(だったかな?)と付記されています。
オープニングクレジットを見て驚いたのですが、寺山修司も出演しています。それと、寺山修司元夫人で、離婚後も寺山修司を支え続けてきた九條映子さんもご出演です。寺山修司はすぐ解ったんですが、九條さんはちょっとよく解らなかったのです。あの方かなと思ったのですが。「もてない男」は女性の顔もよく解らないもので…

本作はカラー作品です。60年くらいならまだまだ白黒作品も日本映画じゃ多いと思っていたのですが。

(後はストーリーに触れつつ書いていきますので)

トップシーン、海辺やヨットでいちゃつく若者たち。ビキニを着た女性もいます。60年当時にビキニを着るってのはかなり大胆だったと思いますが。男女一緒に風呂に入ったり。60年代ってのはまだまだというか、ほとんど「処女は嫁入り道具」だった時代だと思いますが。エエトコの坊ちゃん嬢ちゃんのよう。そのエエトコの坊ちゃん嬢ちゃんの享楽的な遊ぶ姿。

主人公は下條卓也という青年。大学生。その金持ち坊ちゃん嬢ちゃんの遊び仲間に入っているようですが、彼自身は安アパート暮らし。部屋にはヒトラーや独裁者系政治家のたくさんの切抜きと金髪外人のヌードポスターが貼られています。

その仲間の一人、まだそういう混浴とかはできない高級官僚の娘、桂葉子(岩下志麻)は父親が自殺したとの急報を受けて、家に帰ります。どうやら汚職事件の 口封じに自殺させられたみたい(これは今でも政治家がらみの汚職事件でよくあるパターンですな)。

どうやら卓也は委員をやってる大学自治会のお金を着服したり、バーのママのツバメをやったりしてそういう連中と遊ぶ小遣いを作っているようですが。
彼はジーンズを履いています。60年でジーンズというのもかなり最先端だと思うのですが。
んで、彼には彼女がいます。セックスもしているみたい。ほんと、あのころはまだまだ「処女は嫁入り道具」の時代だと思うのですが。

彼女のいる彼、しかし彼は桂葉子にも惹かれ始めていて。

自治会活動、60年安保を受けて、デモを行おうという話になり。しかし、彼はそういうことにも醒めていて、それじゃ何も変わらないと思っていて。自治会のカネを着服したこと、享楽的な暮らしを送っている事を自治会の人々に糾弾された彼は自治会をやめます。

他にも彼が見聞する出来事。貧しさのために自殺してしまった級友。父親が汚職で自殺したというので婚約破棄されてしまった葉子の姉。そして生活のため、父親を自殺させた政治家の愛人になってしまった葉子の姉。父親の会社が倒産しそうなので金策に来た女性を皆で辱めて悦ぶ遊び仲間の金持ちのボンボン。いったんは肉体関係になった葉子にも振られて。

そう煮詰まっていった卓也。彼はデモで世の中は変わらないと、彼は爆弾を作って、それで世の中を変えようと思って。
しかし、爆弾を持って出かけようとした矢先、彼は葉子の姉を婚約破棄した男に復讐した事件のせいで逮捕され。
デモ行進の繰り広げられる街をパトカーに乗せられて連行される卓也。青春、不発。
という感じのおはなしでした。(記憶違いがありましたら勘弁してください)

ま、デモで世の中変わらないと醒めているなら、爆弾ひとつでは世の中変わらないとも気がついていると思うのですが。よっぽどたくさん爆弾作って、この国の急所をドンドコ爆破するとかしない限り。いや、破壊するだけじゃ。破壊と破壊後のビジョンがないと。

寺山っぽいところは。う~ん、どうかしら?私自身それほど寺山修司の戯曲や脚本について詳しくないですが。もちろん後の天井棧敷や寺山修司監督作のようなアヴァンギャルドな作風ではないですし。

私が寺山っぽいなぁと感じたのは、アル中でパンチドランカーの在日韓国人のボクサーとか、主人公が寺山修司がエッセイによく書いてたアメリカの黒人詩人(名前は失念)の話をするところとか、そういうところだけですが。

しかし25歳くらいの時、寺山修司はもう映画脚本書いてたんだなぁ。凄いと思います。

そして、何度か書きましたが、映画の中で描かれる性モラルとか、60年にしてはススンでるなと思います。ほんと、まだまだ、「処女は嫁入り道具」の時代だと思いますが。
しかし、女性のヌードシーンではバストを映さないように、そういうシーンでは肩から下を映さないように苦しいカメラワークしてたり、そういうのも60年なんだなという印象も受けました。そして、ぼったりとした女性のズロースとか。そこは60年なんだなと。

寺山修司が出てくるシーンはすぐに解りました。自治会の委員役でした。学ラン姿でした。天井棧敷旗揚げ当時の記念写真の学ラン姿を思い浮かべました。ひょっとしたらそういう連関があるのかなぁ。
九條映子さんはあまりはっきりとは解らなかったのですが…。

という方向で、寺山修司ファンとしてやっとこさ本作が見れて良かったです。

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