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2009/12/28

万有実験公演『ロスト・ブルーバード』

昨日は祖師ヶ谷大蔵のイタリアンレストラン・ローマキャフェーさんへ演劇実験室◎万有引力の特別公演『ロスト・ブルーバード』を観てきました。本公演ではなくて、劇団によってアトリエ公演とか実験公演とか呼ばれる、有志による小規模の公演になります。

ここ数年ローマキャフェーさんでの万有公演は定例になってたみたいです。私が初めて行ったのは2005年の『練劇降誕祭』だったかな?それからしばらく行かなかったのだけど。
カップルが盛り上がってるクリスマス時分の外出は苦手です。まさに三上寛さんの『小便だらけの湖』の一節、「街へ出ると、口惜しくなるから」ですな。
ま、去年久しぶりに『トーフ、西へ行く』を観に行って。
今年も万有のある知り合いの方の最後の舞台になりそうだというので観に行きました。

しかしローマキャフェーさんも年末の書き入れ時によくお店を提供するものだと思います。
土用丑の日はお店を休む老舗の鰻屋さんみたいなものかしら?硬派な雰囲気のお店でありますが。

去年の『トーフ、西へ行く』はテーブルとか出したレストランスタイルでの公演でした。その趣向が面白かったです。
今年はテーブル類が片付けられ、フロア中央が舞台、お客さんがそれをかこむように座るというスタイルでした。
客入れは普通のお芝居みたい客入れが始まると三々五々お客さんが入場するという方式。本公演みたいに直前までお客さんを入り口に並ばせといて、一気に客入れ、そして開演というスタイルではありませんでした。
もうちょっと早く着いておくんだったな…。

ややあって開演。

お店にやってくる女性、カウンター越しのウェイターさんとの会話、そういったごく自然なお店っぽいやり取りからお芝居は始まりました。
こういうお店の調度をそのまま使ったスタイルのお芝居、大好きです。“演劇”による“現実”の侵食。“市街劇”的な部分というか。

いつもの万有スタイルで、ちょっと不条理がかった寸劇集という趣向でした。
それを横糸とすると、今回の『ロスト・ブルーバード』をつらぬいている縦糸は「青い鳥」かなぁ。タイトルそのままの解釈ですが。

ハートウォーミングな結末へ行くかと思っていたら、ドンガラガッシャンと屋台崩し。
あえて“甘口”に行かない潔さ、かと。

そしてラストは“虚構論”になるのかなぁ。

私は高校時代、寺山修司と出会いました。鬱屈していたあのころ、“常識”を軽やかに「さかさま」にして見せる寺山修司の筆、一服の清涼剤でした。
そして「作りかえられない過去なんてない」とうそぶく寺山修司、凄いこと言うなぁと思ってましたが。

それから「所詮すべては幻想」という考え方に傾倒していくのだけど。岸田秀の『唯幻論』とか。

そういうのを読んでいくうちに、「記憶の改変」ってのは別に凄いことでもなんでもなく、人が生きていく上で自然にやってることじゃないかって思うようになりました。無意識的にせよ意識的にせよ。そして意識的にやった「記憶の改変」も、時が経つにつれて改変したこと自体を忘れ去り、「ほんとうにあったこと」として認識されるようになると。

「人は”虚構”を生きている」。最近そう思うようになってきました。そしてそれ故に人は人であるのだろうと。文化を生み、ここまで“発展”なるものをやってきたと。
それは凄い事かもしれません。
でも一方、もちろん人は“現実”がなくては生きていけません。それを“虚構”として認めることに耐えられないのだろうけど。だから世の中ややこしくなってるのではないかと。そうも思っています。
私自身も「唯幻論」そのものでは生きていけないと思います。だから自分で自分を少し誤魔化して生きていると思ってます。

まぁそうかんがえている人間があのお芝居を観たってこと。

お芝居のあと、スタッフさん、キャストさん、そしてローマキャフェーの大将のご挨拶がありました。
ローマキャフェーの大将のお話。この時分・ここでの万有公演が始まったいきさつもありました。

そして退団される万有の方。
退団公演としてもいいものであったと思います。
知り合ったばかりでもうお別れというのは残念でありますが。

“演劇”を、“虚構”を生きるということ。

いつか私のところに可愛い女の子がやってきて。「これから私があなたの恋人、そして妻となるお芝居を始めます」なんて言ってくれないかな?
もう無理か…

(爆)

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