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2009/11/22

“経済”に疲れ果て…

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20091121-OYT1T01012.htm
格差社会高まるストレス、高所得層も死亡率増(YOMIURI ONLINEより)
とか。

以前読んだ『リアルの行方 おたく/オタクはどう生きるか』(大塚英志+東 浩紀:著 講談社現代新書1957)
に気になる一節があったので引用します。

東 「反動といっても、大きな話だと思うんです。それこそ、産業革命以降、数世紀のあいだ人類はかなり無理をしてきている。」
大塚「楽な状態に戻ろうとしていることなわけ?」
東 「かつて人類は文化人類学的な記号を介して世界と繋がっていたけれど、近代はそれを脱魔術化してしまったので世界と人間が直にぶつかることになった。さすがにそれは問題なので、クッションとして持ち出してきたのが「大きな物語」や「象徴界」、つまり共産主義やナショナリズムのようなイデオロギーですね。しかし、この戦略も社会の複雑性がある閾値を超えると無理になり、ポストモダン化が始まる。そこで新たに登場するのが、前近代の神話的な世界観に似てはいるが、歴史というより「商品」に支えられた別の世界認識の方法だと。そういう捉え方です。(162p)

東 (前略)「今後の社会では、近代がやっていたことのうち、相当のものが消えていく。そのときに、何が無理じゃないことで、何が無理なことだったのかを、区別していかなきゃいけない。(284p)


現在の長引く不況は人々が経済発展に邁進するのに疲れきったせいもあるかと思ってます。無理をしてきたと。
"経済”の発展のため、いろいろなものを捨て去り、喪失感に苦しみながらも、経済が発達し、豊かになればすばらしい世界が待っていると信じて突き進んできて。
しかし、その先に待っていたものは…。

坂の上の雲は、(中略)1950年から1980年の昭和の人々も見ていた。前年より今年、今年より来年が豊かになっている時代だ。(中略)坂を歩くのはつ らいが、高みに登っていくくことが実感できる限り、気持ちがよかった。がんばれば上へ行けた。弱音を吐かなければ、いい生活ができるようになった。
それが僕たちの国だという信念があった。
たどりついた坂の上は、つるっつるに滑る不気味な灰色の平原だった。
(『若者殺しの時代』(堀井憲一郎:著 講談社現代新書)155~156p「1991年のラブストーリー」より)

ほんと、これから先どういう時代になっていくのでしょうか…
ある種の「ルネッサンス」(復興・再生)的なものが必要になってくると思いますが。

「絆-記憶を取りもどしながら親密な関係空間を作っていくこと。そんな素朴なことからはじめなければならないほどに、私の国は壊れている。そういう実感が、二〇世紀最後の十年間、あちらこちらの生活圏の町で起きた事件や出来事を見てきたあとのいま、私にはある。」
(『M/世界の、憂鬱な先端』(吉岡忍:著 文春文庫)604p)

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