『遭難のしかた教えます』
『遭難のしかた教えます-安全登山のための辛口レクチャー』(丸山晴弘:著 山と渓谷社NEW YAMA BOOKS)
読了。新書です。
サブタイトルの通り、長野県で山岳遭難防止活動に携わっている著者が、著者が見聞した山岳遭難の実例と統計を引きつつ、遭難防止について辛口の解説した本であります。
本書は8月、白楽に惑星ムラリス公演を見に行った時に、白楽の古本屋さんで買いました。
並べられている書籍がほぼぜんぶハトロン紙で包まれている古本屋さんでしたが、本書はハトロン紙に包まれてなかったせいか、目にとまりました。で、刺激的なタイトル。おっと思って衝動買いしました。
店のおっちゃんはハーレーに跨ってるのが似合いそうな硬派な雰囲気の方でした。
さすが横浜と思いましたよ。白楽もちょっとおしゃれな空気が漂っていて。
山の世界、憧れます。もっと体と心の強さに自信があれば、登山を趣味としたいものです。
しかし私はデブ、ちょっと山に登れば息が上がります。高尾山で死ねます。
そして、心が弱い事も自覚しています。山道で心細くなればもう耐えられないかなと。パニックを起こして遭難するタイプじゃないかと。
そして協調性はないです。ひとりがいちばん気楽です。パーティーを組んで登山とかできないかと。
ま、どんなキャラタイプかとてっとり早く説明すれば、デズモンド・バグリィの大傑作冒険小説『高い砦』に出てくるピーボディみたいな奴でありますよ。
まぁ、そういう者がこういう本に手を出すのってどうよと思いますが。
本書の目次は、
まえがき
1章 遭難とはどういうことか
2章 人はなぜ遭難するのか
3章 助けたい遭難、助けたくない遭難
4章 遭難が周囲におよぼす迷惑
5章 年代別に見る遭難実例
6章 遭難データから分かること
7章 やっぱり山じゃ遭難したくない
8章 遭難者を救い出す
9章 遭難しないために
10章 ピンチから逃れる法
といった按配です。
「書かれた遭難者だって人権はある。分かっているが、過去の筆者の筆致より一歩進んで人権侵害まがいを承知で書いた。真意をお分かりいただけるだろうか。だめならお許しをいただきたい。
真意とは、あまりにバカバカしい命を大切にしない遭難が多発するので、がんがんと警鐘を鳴らす必要があったからだ。」(「まえがき」より)
弟1章「遭難とはどういうことか」では概論として山という“場”で起きる遭難についての概論。
遭難が発生するプロセス。筆者によればそのプロセスはいたって簡素とか。
「まずトラブルが発生する。対処しきれなくなってピンチとなる。そして遭難する。」(18p)
また、ヘッドランプと非常食に手をつけずに下山できた登山がつつがない、成功した登山だと説明する部分も解りやすいです。(逆に言えばヘッドランプと非常食は登山の必携品という事かしら?)
そして、遭難を美化する風潮を批判し、著者が経験したむごたらしい遭難現場の経験を語ります。遺体の写真も添えて。凍りついた凍死体の写真、搬出のためでしょうか、毛布で包まれ、ロープでグルグル巻きにされた遺体。
山の遭難がロマンチック、というセンスは私も持ってるかもしれない。
山岳冒険小説とかも好きだし。『北壁の死闘』『アイガー・サンクション』『遥かなり神々の座』etc…。
山岳冒険小説となれば自然の脅威、困難、それに立ち向かう者たち。そして、山で死んでいく者たちへの挽歌、など描かれますし。そういう闘い破れ死にゆく者への挽歌に感動する部分もあります。もちろん準備不足で遭難とかいうまぬけな遭難は描かれませんが。
第2章「人はなぜ遭難するのか」では長野県と全国での遭難発生状況についての統計が紹介されます。
そして、遭難の元凶となる“心”の問題について語られます。遭難とは「心の遭難」であると。
「人はなぜ遭難するのかは冒頭でふれた“人”であるからだ。人は心があるからである。
(中略)
気力、知力、体力、装備、食料のどれかひとつ欠けても山では生きていけない人間が勉強不足、準備不足で遭難する。言うなれば当たり前のことである。人間は入山前の心がすでに遭難しているのである。
遭難原因すべての、本当にすべての元凶は心の遭難なのである。」(46p)
第3章「助けたい遭難、助けたくない遭難」。救難活動に携わってきた著者だからこそ言える部分かと。
まず助けたい遭難として「マナー付き遭難」を挙げています。そのマナーとはきちんと登山届けを出す事。登山届けが出ていなければどこを捜索していいかも解らないし、救援者泣かせとか。
もちろん救援要請、助けられた時のマナーも大切。
未届け登山の遭難を筆頭に、その他救援者のやる気をそぐ遭難として、制止を無視した挙句の遭難とか、威張りかえった人物の遭難とか。
しかし、不倫登山とかもけっこうあるみたいですね。それで遭難して救助してもらってもドロンとか。
救助者の心のケアの問題も論じられています。墜死などで無残な状態になった遺体の収容。そういうのはやはり救助者にも心の傷を残すようです。
そして、遭難者にも心のケアを。つまり、山登りへの心構えがなってない心にケアを。
「乱暴な言い方だが、いまや多数の遭難者は、山へ来る前にすでに遭難しているのである。」(71p)
4章「遭難が周囲におよぼす迷惑」。こちらは山岳遭難がどれだけ周囲に迷惑をかけるか、そして、どのくらい金銭的な負担がかかるかについて実例を挙げて解説しています。
5章「年代別に見る遭難実例」。こちらは10代から70代にかけての年代別による遭難事例。分けてもらったおにぎりが傷んでいて食中毒から、29人パーティーでもひとりの負傷者を搬出できず救難要請を出した事例、春山で雪崩に遭う死亡遭難、そして道迷いまで。
6章「遭難データから分かること」。こちらは遭難の統計の紹介と分析です。
7章「やっぱり山じゃ遭難したくない」。まず、遭難しやすいタイプの分析。挙げられたタイプ、「マイペース志向が強すぎる人」「単独を好む人」「超お気楽な他力本願の人」「肥満と超痩せ体型」に当てはまってますな、私。山向きじゃないとつくづく思います。
あと、“体力”についてのお話。鍛え方など。
それから季節ごとの山の危険性についてのお話。
遭難しやすいタイプに「日本百名山信奉者」というのがありました。特に中高年、あと百名山いくつ登れるか焦りがあるタイプ。そして、百名山登山を公言している人より公言せずにコツコツやってる人のほうが危ないとか。公言してない人にアドバイスできないからだそうです。
「日本百名山」マニアが無理をして遭難するという話は他でも見かけたことがあります。そして、私自身コレクタータイプの人間だから、できる限り登りたい、できたらコンプしたいという気持ちも痛いほど解ります。
8章「遭難者を救い出す」。こちらも救出の事例を挙げて解説されています。
そして、ヘリコプターについての解説。近年の進化著しいヘリコプターは山岳救難にもなくてはならぬものとなっているとか。
「官のヘリは無料。民間のヘリは有料」という話は聞いていましたが。民間ヘリのチャーター料は30分で50万、1時間で100万円くらいかかるそうです。大きいお金で、ヘリを使わずに救出して欲しいという人も出るでしょうが。
しかし、救助の人を雇うとすると日当は5万円以上。だから、ヘリを使わない救助を頼んだほうがむしろ高くつく場合が多いそうです。そしてヘリは何よりすぐに搬出してくれるから、傷病で苦しむ時間も短くて済むし。
どっちにしろ後述される保険の加入は登山に必要かと。(あと、登山届けですね。それがあるとないとでは捜索にかかる人件費が段違いみたいだから)
9章「遭難しないために」。パーティーの規模別の注意点など。やっぱり単独行は、その魅力について理解しつつも、避けるべきだと語られています。少人数のパーティー。そしてツアー登山などの注意点など。登山届けについての簡単な解説とか。
そして登山保険の紹介。昔大学の先輩が「登山保険は高い」と言っていたので、登山保険って高いものかと思っていましたが。年額1万ちょっとくらいのに入っとけばだいぶ役に立つようです。まぁ、保険に入るぐらい用心深い人は遭難する事も少ないのでしょうが…。
それから用具の選び方にちょっと触れています。そこらへんはもっと充実した入門書がたくさんあるでしょうが。でも、ベテラン山屋さんらしいちょっとしたコツが参考になりそうです。
登山靴は土踏まずに切れ込みのあるタイプじゃないと下り坂でブレーキがききにくいとか、ポケットのたくさんあるザックはどこに何を入れたか忘れてしまうのでかえって使い勝手が悪いとか、ツェルトの中で傘をさすとスペースが確保できるとか。
あと、食料の話もちょっと。
10章「ピンチから逃れる法」。これもあまり紙幅を取らず、ちょっと触れられているくらいですが。まぁ自動車での移動が主になると登山靴を忘れたというトラブルもけっこうあるのでしょうか。対処法は「登山を諦める」だそうですが。
というような内容でした。
「遭難とは「心の遭難」である」「いまや多数の遭難者は、山へ来る前にすでに遭難しているのである」という物言いは、登ってもせいぜい高尾山な(という舐めた言い方は事故に遭う元なんでしょうが)私でも、山に登らなくても当てはまるかなと思います。
しかし、山登りもしたいなぁ。
などといいつつ、駅の階段を上るのも億劫に感じる今日この頃でありますが…。
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