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2009/08/06

「エンドレスエイト」考

私の住んでいるところでは今夜、『涼宮ハルヒの憂鬱』があるんですが。「エンドレスエイト」が8回で終了か、9回目以上続くのか、今からちょっとドキドキしています。
といっても私はエンドレスエイト、3回目で挫折したのですが。今はネット上の騒動を眺めています。録画はしてますので、エンドレスエイトがひと区切りしたら視聴は再開しようと思っているのですが。どうも毎回「今週で終わるのか、次週も続くのか」とドキドキしながら見るのは辛くなってます。(以下、“エンドレスエイト”を“EE”と略します)

しかし、今いちばん興味があるのは、「何でこういう企画が通ったのか?」ということです。
何でこうなったんだろう?
もちろん原作が時間ループネタをテーマにしたエピソードというのもあったのだろうけど。しかし、7回以上も同じ話を繰り返そうなんて企画は、何で通ってしまったのでしょうか。

なんていうのかなぁ、作り手側に「視聴者をあっと言わせるものを作りたい」という気持ちがあったのかなぁ。つまり、ケレンを見せたいと。
もちろん本当のケレンとは、視聴者を驚かせた上、喜ばせるものであるべきなんでしょうが。今回のEEは決して視聴者を喜ばせるものではないと思うのだけど。
(いや、私の感覚のほうがおかしくて、本当のハルヒファンは喜んでいるのか?)

今回の件、ほんとなぜなんだろうと色々考えて。やっぱり“京都アニメーション”という、地方の、しかし、歴史ある場所にある会社が作ったからと思ったりもするんだけど。

京都にどれだけアニメーション会社があるかどうかは知りませんが、やっぱり京都にあるアニメーション会社ということは、どこか孤立している、言葉を変えれば閉鎖的な、更に言葉を変えていえば、「カルト化」しやすい部分があったのではないかと思います。失礼な書き方かもしれませんが。

カルトが暴走して無茶苦茶な事をしでかす事がままあるように、同じような事が京都アニメーションにも起こったのではないかと。
「それが周りからどのように見られるか」という“外部”の視点を欠いたまま、彼らが、彼らの閉鎖的な価値観に閉塞したまま、暴走してしまったのではないかと。私はそのように思うのですが。

そのような暴走は今や日本のあちこちで見られますね。企業や役所なんかでも、第三者の目から見れば汚職なのに、その社員や役人の間ではごく普通の商慣習になってしまってる例とか。だから最近、“コンプライアンス”なんて言葉が流行るのだろうけど。

そして、やっぱり京都という“地方”であるが故に、暴走しやすい部分があったのかとも思ったりします。
外部のアニメーションスタジオさんやスタッフさんたちと交流の多い、東京のアニメーションスタジオより、そういう外部との交流の機会が少なそうな地方のアニメーションスタジオの方が、孤立しているぶん、外部の考え、「外から見た私たち」という視点が入りにくくて、暴走しやすい部分もあるのではと。

また、京都という歴史を誇る古都のプライド、というのもあるかと思います。そういうプライドを持ち合わせえているから、「俺たちは凄いんだ、素晴らしいんだ」というプライドが、閉鎖的な状況のまま、暴走してしまったと。それこそ、自分をエリートと誇るカルトの信徒がとんでもない事件を起こしてしまったように。

確かに京都アニメーションはとてもレベルの高い会社だと思います。色々ヒット作も作っているし、『けいおん!』も大ヒットですし、私もとても面白く拝見しましたし。
でもそのレベルの高さが、プライドが、暗黒面を晒してしまったのではと思ったりもします。

そして、レベルが高いからこそ、面白いものを作っているからこそ、逆に、“ケレン”を見せたいという部分もウズウズしていたのでと思います。ただ、そのケレンに、「観客にどう思われるのか?」という視点が欠けていただけで。

私は実験映画、映像作品も時折見るのですが。
「アイディアは凄いけど…。あんまり面白くないですね」って思う作品は、そういった映像作品にたくさんあります。まぁ言ってしまえば「アイディア倒れ」という作品ですが。
でもほんと、アイディア倒れの作品でも、アイディア的にはとても面白く感じ、作品自体の評価は別として、それはそれとして評価したいという作品もあります。もう2度と見る気はしないけど、面白いアイディアとしては評価したい作品というの。

『涼宮ハルヒ』という作品も、もうEEを見る気は誰もしないけど、そういった「伝説」は語り継がれていくのでしょうか。そういう作品のあり方も“アリ”なのかなぁ。ちょっとそれはおかしいと思いつつ、それもアリなのかなぁと思う部分も自分にはあります。

あと気になるのは収支決算ですかね。まず金銭的な収支決算。

EEが話題になって、ハルヒを見ようという人が増え、そしてEEのセルソフトの売上も増えるのかしら?それはちょっとよく解らないというか、売れないんじゃないかなと思ったりもするのですが。
でも例えば、アニメ版ハルヒのほかの作品が売れたり、原作に手を出したりする人は増えるかな?
また角川レーベルまで関心は波及して、他の作品の売上も増えたりしたりするかなぁ。また、そういうことをやらかした会社として、京都アニメーションの注目度も上がって、京都アニメーションの他の作品なら売れたりするのかなぁ。
EEが売れないとしても、そういった効果でカバーできるかしら?

そして、ひょっとしたら、そういったことまで考えてのEEなのかしら?
だとしたら、前段の京都アニメーション(&あるいはor)角川暴走説は間違いになるのだけど。

もちろん、金銭的な部分を離れたところでの“利益”というのもあるだろうと思います。
つまり「俺たちは誰もやらない凄い事をやった。“伝説”を作った。」という満足感、プライドですね。それは決してお金に換えられないものかもしれません。
ほんと、人はオノレのプライドのために、時に破滅的なことをしてしまうものではあるのだけど。

しかし、その満足感が、京都アニメーションや角川グループの士気の向上につながり、将来的には利益になる、金銭的な損失を補って余りある、という考え方もできるかもしれません。

いや、やっぱり私はどうしてそうなったのか、よく解りません。そして結局ハルヒはこの“伝説”により、更にセールスを伸ばしていくのかもしれませんが。

しかしまぁほんと、なんか色々あることないこと考えさせられますな、EEは。

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