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2009/04/23

“共生”という事

池田信夫 blog(http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo)はよく拝見します。経済学者さんのWeblogなんですが。
経済学理論とかはちんぷんかんぷんですが、主張されている事で私の判る範囲では、良い事が書かれていると思っています。

「さかさま」感覚なんですよね。つまり、世間一般的な常識から見れば、それに反する「さかさま」な事が述べられている。でも、論旨を読むと、そっちのほうが至極当然のことに思える。そういう感覚。
寺山修司から、最近は内田樹、そしてこの池田信夫、そういう「さかさま」感覚の感じられる論ってどうも私は好むみたいです。

例えば「終身雇用制」について。今世間的には「終身雇用を守れ」の大合唱ですが。
しかし、池田信夫は、終身雇用制の縛りで人が余ってる分野から人が足りない分野への労働者の移動が阻害されている、そして、企業は解雇リスクが高いから、正規雇用をやめて、派遣などの非正規雇用を使うようになっている。結局発展すべき産業に人が集まらず、また、非正規雇用が増大し、「派遣切り」などを助長している。だから、企業の解雇リスクを低め、雇用を促進し、労働力の流動性を高めなるべきである。そして、労働者の再教育やセーフティネットの構築というかたちでそれを政府は支援すべきである、というような事を述べられています。(これは私の受け売りですから、勘違いがあったらごめんなさい)

世間一般の風潮より、池田信夫の論の方が“経済学的には”正しい解であると私も思います。もちろんそれは経済学的な、つまり、「経済の最大限の発展を求める」解、“エコノミカル・コレクト”な解であり、「人を幸福にする」解ではないかもしれません。そして私は「人は“幸福”になるために生きている」と思っていますが。

そこらへんのことはもちろん池田信夫も理解していらっしゃるようで、「希望を捨てる勇気」(http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/6f12938eaad206d10b7629456f0a051e)というような記事もお書きになっています。来るべき長期停滞社会に備える幸福論。「今日より明日の方が豊かになる」という希望を捨て去った上での幸福論。それがこれから必要になってくると。ここらへんの、長期停滞期における幸福論のあり方というのも、私は興味を持っています。

そして、池田信夫 blogの4月18日付の記事「動的平衡」(http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/c60d863a6b8755c53048d08c5bb6a7ae)にはっとさせられる指摘がありました。

(前略)「競争から共生へ」などという話がよくあるが、これは間違いである。

大きな生物Aと小さなBが生存競争を行なうとき、両者の関係はいろいろなケースが考えられる。一つはAがBを捕食する場合、もう一つは逆にBがAに寄生する場合である。このときBがAに感染して宿主を殺してしまうと両方とも死亡するが、たまたまAもBも生存する微妙なバランスがあり、これを共生という。つまり共生というのは「みんな仲よくする」ことではなく、競争によってどちらも相手を殺しきれない特殊な状態なのだ。

私はこれからの社会、「競争から共生」だと思ってました。そして、「共生」感覚の源は、思いやりとか優しさとか、つまり「みんな仲良くする」という事だと思ってました。そういう“ヌルい”わたしの感覚にガツンと来る指摘でありました。

内田樹の論によれば、自由競争社会は「勝つものは勝ち続け、負けるものは負け続ける、小数の“勝者”と多数の“敗者”を生み出すシステム」に過ぎないそうです。
社会制度の設計から考えると、「競争によってどちらも相手を殺しきれない特殊な状態」を人工的に作り出すことが大切なのかしら?例えば「独占禁止法」とかそういうものなのかもしれないです。

ま、私の今の暮らし、飢餓よりメタボが気になる暮らし。それは言い換えればどこかの誰かの飢餓と引き換えにしているのかもしれません。

ハードボイルドだど!なんだろうけれど…。

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