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2008/10/22

『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』

『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(町山智浩:著 文藝春秋:刊)
読了。先日海洋堂のリボルテックフロイライン『綾波レイ 包帯版』をバーゲン価格で購入したんですが、単品だと送料がかかってしまうので、いっしょに購入した本です。

町山智浩の本は色々読んでます。柳下毅一郎との「ファビュラス・バーカー・ボーイズ」シリーズも全部じゃないけど読んでます。好きなコラムニスト&映画評論家です。ただほんと、私は映画をたくさん見るほうじゃないのが残念ですが。もっと見る人ならもっと楽しめたかと。

本書はアメリカ合衆国の「困ったところ」などのアレコレをコラム形式で紹介した本です。
とても面白く読めました。

章立ては
序章 アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない
弟一章 暴走する宗教
第二章 デタラメな戦争
第三章 バブル経済と格差社会
第四章 腐った政治
第五章 ウソだらけのメディア
第六章 アメリカを救うのは誰か
終章 アメリカの時代は終わるのか
となってます。

序章では「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」という意外な事実についてから筆を起こし、アメリカ我執国の常民の無知について語り、その根っ子に「無知こそ善」とする思想、反知性主義があると語ります。さらにその根っ子にある「キリスト教福音主義」、福音、つまり、聖書の一字一句をその通りに生きようとする考え方、それに沿って生きようとする人々の存在。これがアメリカ合衆国の人口の3割に及ぶ、と。そしてその人口を票田として勢力を増してきた共和党。そして誕生したブッシュ政権。

「弟一章 暴走する宗教」ではそのキリスト教福音派の紹介など。行き過ぎた「純潔教育」、避妊や性病の予防の知識も教えることはタブーで、そういうことを知らないままセックスをし、妊娠しても中絶ももちろん許されず、不用意に子供を作る十代たち。

キリスト教原理主義とイスラム教原理主義のイラク戦争。「第二章 デタラメな戦争」ではその病理が描かれます。

雨宮処凛の『悪の枢軸を訪ねて』では、もともとイラクはイスラム原理主義国家ではなかった、だからアルカイーダを支援してもいなかったと指摘されていますが。なぜかというと、フセイン独裁体制にはイスラム教勢力も目の上のたんこぶだったので、フセインは、イスラム教からは距離を置いた体制、うわべだけはリベラルを装っていたそうです。
もちろん戦争が始まり、イスラム原理主義者たちが米国人たちを狩る場として、イラクが手ごろな場所になってしまったし、フセインが押さえつけていた宗教勢力も息を吹き返したのでしょうが。

「第三章 バブル経済と格差社会」では、アメリカ合衆国の経済の病巣について。
ここはほんと、「経済の亡者」と化した人々のありようかと。経済は人を幸せにするためにあったのであったのが、今では経済の方が最優先で、欲をむき出しにして、ヒトのことは考えず、無茶苦茶しながら進んできて。結果として人の不幸と引き換えに経済が肥え太っている感じがします。「経済の奴隷」「消費する家畜」と化した人のありよう。
そして格差社会。内田樹のいうように、今の自由競争社会は「小数の勝者」と「多数の敗者」しか生まないシステム。勝者は勝ち続け、敗者は負け続け、その格差は広がるばかり。

「第四章 腐った政治」。その、キリスト教原理主義を母体に生まれたブッシュ政権とその腐敗。
「第五章 ウソだらけのメディア」。エロとスキャンダリズム、そして右傾化で勢力を伸ばし、権力と結託したたメディア。しかし、下層民が右傾化するのは洋の東西を問わないものです。

「第六章 誰がアメリカを救うのか」そして「終章 アメリカの時代は終わるのか」。
アメリカはまだ“正義”って言葉に意味がある国と思うんですよ。自浄能力がまだあるとは思うのです。例えば、これは町山智浩の他の本の受け売りでもありますが、ハリウッドでは今の政治体制に対する告発物ってのがきちんと作られるし。

もし世界が大国がでかいツラしてのさばる場所で、日本とか小国は「長いものには巻かれろ」という処世術しかないとすれば、その“長いもの”はアメリカ合衆国であって欲しいなと、残念な部分もあるけど、思います。ロシアとか中国じゃ嫌です。
ロシアとか中国が世界を支配したら、被支配している小国を収奪するのが当たり前になりそうな気がします。アメリカ合衆国だってそういう部分があるかもしれないけど、ロシアや中国よりはマシだと思うのですが。

だってアメリカ合衆国はまだまだ「正義」とか「理念」という言葉を重んじている部分があると思いますもの。今はまだアメリカ合衆国が世界を支配しているから、「正義」や「理念」という言葉もロシアや中国なんかが口にしていると思いますが、でも、アメリカ合衆国の支配が終われば、彼らは簡単にそういう言葉を捨てて、被支配国の収奪に乗り出すと思います。

アメリカ人が「正義」や「理念」という言葉に重きを置くのは、アメリカ合衆国が歴史の浅い国であるから、単純にそのせいにしか過ぎないとは思うのですが。
歴史の古い国なら、建国神話や伝統や習慣、つまり、“歴史”といったものが国家を束ねる求心力になれると思うのですが。アメリカ合衆国にはそれがない、だから国家としての求心力として「正義」や「理念」を据えるしかなかったせいかと思いますが。

本書でもありますが、アメリカ合衆国はこのグローバリズムの失敗と自国の経済の崩壊を眼にして、モンロー主義に回帰するのかなぁ、それがひょっとしたらアメリカ合衆国の本性かなぁとも思いますが。そうなるとちょっと、ほんと、心配です。

アメリカ合衆国の進めるグローバリズムに反感を感じつつも、そうも思います。

最後になりますが、本書を通読して思ったのは、こういうスタイルで日本のことを書いた本はないかなぁということ。ちょっと外からの目線で日本の「困ったところ」をこういうコラム形式で面白く書いた本が読みたいなと。

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