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2008/07/09

げんかいちう

という訳でサミット警備、大変そうであります。
駅の自動販売機まで停められているのにはびっくりでした。
自販機の中に爆弾を仕掛けるというテロでもあったのかしら?

だったらコインロッカーはどうなのかしら?
それこそ一時期コインロッカーは爆弾の定番設置場所だったんですが。
そこまでは見かけてはいないのですが。

ただ、新宿駅あたりだと、人通りの多い通路に面してコインロッカーが設置されているというのはあまり見かけない気がします。コインロッカーコーナーとか、狭い通路に対面式に設置されているとか。万一爆弾が爆発しても被害を最小限にとどめる工夫かと。

いや、どんなに警備を厳重にしたって、テロリストグループがその気になれば、一般市民へのテロは起きてしまうと思うのですが。要人警護ぐらいならできるでしょうが。

この国はアメリカ我執国のテロとの戦いに協力している以上、戦争をしていると私は理解していますが。ある程度の警戒心をいつも持ち合わせていなくてはと思っていますが。
「新宿の紀伊国屋裏でも戦争が起きている」(三上寛『屯田兵』)

テロリストたちはこちらが思いも寄らない手段で、こちらの油断をついて、いくらでもテロを仕掛けてくるんだろうなぁと思ってます。テロに対する最大の対策はテロの母体となっている宗教なり民族なりに属する人たちの「皆殺し」しかありえないと思ってます。でもそれは「正義」をうそぶく被テロ国には無理な相談でしょ?

結局はテロを押さえつける世界じゃなくて、テロの起きない世界に持っていくのが大切だと思うのですが。そういう対策はどうなってるのかしら?

富を独占せず、分け与え。自分たちのやり方を押し付けたり、自分たちとあり方の違う人たちを差別せず、人のあり方の多様性に理解を示し。「共生」の精神で。まず一番大切なことは“愛”をもって。
そして、暴力を受けても、たとえ血を流しても、「憎しみの連鎖」に加担しないように、最大限の自制心を発揮して。

いや、絶対的な価値観の対立なんて解消のしようがないし、それがぶつかり合う所に暴力が発生してしまうのもわかってはいますが…。

最後にろみさんの歌の好きな一節を。
「「テロに屈しない」なんて言いながら 自分は殺してばっかりか 自分は殺してばっかりか」

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