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2008/07/27

ノギオおじさんの映像祭

土曜日は東京造形大学へ。かわなかのぶひろ先生のパフォーマンス、「つくられつつある映画」があるというので。それにかわなか先生が教鞭をとっていらした造形大もちょっと覗いてみたかったもので。

中央線で八王子、八王子から横浜線で相原。相原からは造形大の無料送迎バスで造形大へ。会社のお使いで時折行くのですが、八王子山奥系大学ってたくさんあるみたいですね。造形大もそのひとつみたい。ほんと、山奥に忽然と大学があるので驚きます。“自然”というのは好きであり、怖くもあり、なんですが。“学生街“という風情もないのはちょっとさみしい感じもしますが。

造形大に着いて。どの校舎が会場かチェックしてなかったのに気がついてあわわと思いましたが、会場はすぐに見つかりました。造形大自体、森の中のこじんまりとした大学みたいです。

この上映会、題して「ノギオおじさんの映像祭」という上映会だそうです。造形大の生徒さんによる、造形大の生徒さんの作品の上映会と思っていたら違いました、いろいろな会場でいろいろな大学の方の作品の上映というスタイルのようです。そういう趣向で何度目かの上映会になるようです。

学生さんの作品の上映があって、それからゲスト作家の宮崎淳さんの作品上映、そしてトリがかわなかのぶひろ先生の「つくられつつある映画」というプログラムでした。

まず、学生さんの作品から。今回はぜんぶストーリー系の作品でした。

「トワイライト」(小林翔太 目白大学)
夜の街を行く青年、探し物をしている男と出会う。なぜだか青年は男の探し物に付き合う、というお話でした。青年が携帯で話していた相手は誰か?とか、なぜ探し物につきあうのか?といった事はよく解りませんが。

でも、探していたバッグが見つかったのに隠してずっと青年をつきあわせようとする機微とか、煙草を巡るエピソードとか、そこらへんの機微が、言葉でうまく説明できないけど、なんとなく解るような気がしました。いろいろ説明してない謎が多いですが。そういうのって“商業映画”だと通らない部分でしょうが、今回の上映会、そういう意味では“商業映画”の模倣ではないかたちでの、ストーリー映画であります。

「しめすへんにアニ」(篠原彩子 武蔵野美術大学)
結婚する兄が住んでいた家を片付けにきた妹と両親。そこに兄の“恋人”だった“男性”がやってきて愁嘆場というストーリーの作品でした。

父親役は作者さんの実の父親だそうです。私は親父にそういうのを頼むことはできないでしょう。そういうことができる作者さんと父親の関係っていいなと思いました。
それに、私は私の日常の荷物を決して親とかには触られたくないし…。

あと、喫煙に関する世間一般的なスタンスってこうなのかぁと思いました。

「あおぞららいおん」(柄沢大二郎 東京造形大学)
大学に通う女性、妹に付きまとう別れた父親のホームレスの兄、という作品。
商業映画とは違う方向性ですが、いい感じにまとまっていると思いました。

作者の方のトークがあって、お昼休み。はたと困って。学校の周りには飲食店なんかありません。夏休み中で学食開いてるかなぁと心配だったのですが、営業中で一安心。いちばん高いカツカレーを大盛りにして食ってやりました。ついでにカフェテリアも営業中だったのでプリンをデザートに。

それからいろいろアクシデントがあったのですが。とりあえずプログラム通りに。

「未完成な二人」(横山拓矢 武蔵野美術大学)
彼氏と同棲中の彼女を迎えに自転車でアパートに迎えに行く青年。三角関係ですなぁ。今ひとつ煮え切らない彼女、それでも彼女は青年とベッドインし、彼氏はまた彼女を彼女が彼氏と同棲しているアパートに送り届けます。

その、煮え切らないかったるさ、なのかなぁ。作品が描きたかったのは。
なんかややこしいね。ま、あたしは女性経験皆無ですけどね(涙)
いまどきの若い衆はこういうのって当たり前なのかしら?

やっぱり私はやりきれないや…。それでも深みにはまっていくのかなぁ。
刃傷沙汰になった方がいっそ楽と思うくらいでした。

「10年前の」(丹山浩克 武蔵野美術大学)
ストーリーはよく解らなかったです。女性と同棲している男性が、同棲しながら他の女性にも逢ってる、のかな?
ただ、スタイリッシュな画づくりでありました。

「あんあまりにあんまりだ」(市川祐太郎 多摩美術大学)
これは“フリチン映画”でありました。ドキュメンタリーなのかストーリー映画なのかよく解らなかったのですが。“フリチン映画”ってのは、エネルギーを持て余して、どうしていいのかよく解らずに、わぁ~~っとフリチンになってしまうような映画です。イメージフォーラム付属映像画研究所の卒展でよく見かけたのですが、近年はあまり見かけません。そういう意味では稀有だし、貴重だしと思います。かわなか先生の講評でもあったのですが、当人は「いっぱいいっぱい」だったでしょうが。

私はフリチンにもなれなかった奴なので…。

それからゲスト作品として宮崎淳さんの「フロンティア」
宮崎淳さんはフィクストで様々な、どうやって見つけたんだろうと思う“風景”を映す映像作家さんなのですが。本作は団地の風景をモチーフにした作品。モノクローム作品です。

なぜ「フロンティア」なのかというと、団地はある日、つぶした田畑とか野原から忽然と姿を現す存在ということだからだそうです。確かにまとまった空き地に団地ができるわけで。

その、宮崎淳さんの団地原体験が私の故郷に関係があって。また不思議なご縁でした。

さて、大教室に移動して、いよいよ「つくられつつある映画」であります。
「つくられつつある映画」というのはなんていうか、映像や生演奏とかのコラボレーション・パフォーマンスです。
画像もちんまりとスクリーンに、ではなくて、壁面とか、壁面にぶら下げられた布に映写します。それも動いていったり。

今回は映像、生演奏、ライブペインティング、それから粘土塑像作りのライブ、とかありました。

そして大目玉は三角みづ紀さんのポエトリー・リーディング。みづ紀さんはリーディングはあまりなさらないと伺っていましたので、大貴重であります。ポエトリー・リーディングはライブの演目とかでなんどか拝見した事がありますが、どうも言葉がうまく私に入ってこなくて。みづ紀さんのリーディングは、ことばが比較的すっと入ってきて、いいリーディングでありました。
みづ紀さんの映像作品の映写もありました。

それから八王子に移動して打ち上げ。いや、私って、学生気分が抜けてないのを痛感しました。つうか学生さんの親の世代だぞ、私。

飲み放題だったので、久しぶりにビールも思うだけ痛飲。ありがたかったです。

そして終電で帰宅。どうも人が多いと思ったら、いろいろあちこちでお祭りだったそうですな。こちらも世間一般とは違いますが、いいお祭りでした。

080727_1 080727_2 080727_3 あ、あと、教室の落書きが面白かったので載せときます。さすが造形大の生徒さん、うまいです。天使のがトイレの扉、あとは机です。いまどきの若い衆もラムちゃん好きなんでしょうか?ちょっと嬉しかったです。

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